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第三十話 帝国皇帝アルカイオス

 薄暗く、寒気すら覚える玉座にアルカイオスは一人、腰を掛けていた。

 耳が痛くなるほどの静寂の中、アルカイオスは近く訪れる戦乱を脳裏に描き、密かな興奮を覚える。


 アルカイオスにとってシャルロットは良き理解者だった。

 オーガスタ・ダークロウズに連れられた自分と同じ年頃の、幼い少女のシャルロットを一目見てアルカイオスは確信した。


 あの娘は、自分と同じ絶望を好む存在なのだと。


 アルカイオスの直感は見事に当たった。

 シャルロットと二人きりの際に、アルカイオスは自分が他者を潰すことでしか幸福を感じられない壊れた人間であることを明かす。するとシャルロットも同様に、他者が潰える破滅の時にのみ喜びを感じる……つまりはアルカイオスと同じであるのだと、はにかみながら伝えて来たのだった。


 壊れた人間性を抱えた二人はみるみる内に親交を深め、互いを誰よりも理解し合っていく。

 しかしそこにあるのは決して、友情や愛情などと言った優しいものではない。

 同類であり、同志であるという共感なのだ。

 どれほど第三者が下世話な噂を立てたところで、二人の間にそういった出来事は一切起こることはなかった。


 互いに仄暗い愉悦でしか満たされない哀れな存在と認識しているからこそ、アルカイオスはシャルロットに全幅の信頼を寄せていた。だからこそ、シャルロットの計画はアルカイオスにとってもひどく胸が躍るものだった。


 アルカイオスはシャルロットが異界へ旅立った後、即座に軍備増強の決定を下し、戦力の拡大を図っていた。

 既に大陸を支配する帝国に敵はない。

 しかしアルカイオスには確信めいたものがあった。

 今の戦力では一年後、シャルロットに帝国は蹂躙されて終わると。


「一年の間に全武装を最新装備に変更する。魔導コアの強化も怠るな」


 過剰戦力であると誰もが疑問に思えど、アルカイオスの命に逆らう者はいない。

 逆らえば死が待っていることを誰もが理解しているからだ。


 アルカイオスは兵そのものの質の向上もまた急務とした。

 練度を高め、最新鋭の武器に対応できるように鍛えていく。

 訓練を積む兵達の様子を観察しながら、アルカイオス自身もまた来るべき戦いに向けて準備を進めていた。


 皇帝の居城には、皇帝のみが立ち入ることが許される部屋が幾つか存在している。

 その中でも城の中心部にありながら、代々皇帝のみが辿り着ける場所があった。

 アルカイオスは単身、従者も連れずにその場所へ足を踏み入れる。


 三重に封じられた扉の先に、鋼鉄の壁に囲まれた殺風景な部屋が広がっていた。

 部屋の中央には台座が置かれ、アルカイオスが前に立つ。

 台座の上に置かれているのは白銀の輝きを放つ、人の頭部ほどの大きさがある球体だった。

 それこそが皇帝にのみ使用が許される特殊魔導コアである。


 アルカイオスが魔導コアに手を伸ばすと、放つ光がいっそう激しさを増す。

 目を焼くほどの閃光を真正面から受け止めて、アルカイオスは口角を釣り上げた。


「お前も暴れたいか。案ずるが良い。貴様の期待に応える時がすぐに来る」


 まるでアルカイオスの言葉を聞き入れたかのように、魔導コアの光が収束する。

 柔らかな光を纏う魔導コアをひと撫でして、アルカイオスはその場を去った。




 シャルロットが去ってからの日々は、帝国にとっては忙しないものとなった。

 通常であれば年単位で行われる軍備増強を、一年にも満たない期間で押し進めるのだから国の経済は大きく傾く。それすら厭わない皇帝の強引さに異論の声が上がるも、それらは全て新規戦力の実証実験と称して物理的に消されていた。


 帝国はかつてないほどの力を手に入れた。

 大陸全土のみならず、その脅威は海を越えて知れ渡る。

 だがしかし、その力の全てはたった一人の女がもたらす脅威に向けられるということを知る者は、アルカイオス以外にはいないのだった。


 長くも短い一年の時が過ぎる。


 異界に繋がる門を開く日が訪れた。


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