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第二十二話 幻竜からの呼び出し

 シャルロットがトルキアの大地に来てから、一カ月が過ぎようとしていた。

 一カ月の間に目まぐるしく変わる状況の中、シャルロットは目的に向けて邁進を続けていた。


 トルキアの情勢を学ぶ一方で、アレスの気を引くことも忘れない。

 アレスの喜ぶ言葉を選び、アレスの喜ぶ動きを心がける。

 その成果か、アレスのシャルロットに対する熱量は下がるどころか上がるばかりだった。


(アレス様はよいとして、問題は竜族です。幻竜派と暴竜派の争いが想像以上に激しいご様子……)


 バルコニーに出て外を見ると、空には数多のドラゴンが飛翔しているのが見えた。空飛ぶドラゴンの下には広大な森が広がっている。シャルロットがトルキアに来た初日に、アレスと共に狩りに出掛けた森である。


 森を半分に分かつ位置で、二頭のドラゴンが睨み合いをしていた。

 まるで互いの領地に入るなと威嚇し合っているかのように見えて、シャルロットは呆れたように肩を(すく)めた。


(狭い領地に固執して。ドラゴンであれば他の領地の占領も容易(たやす)いでしょうに。……私が、そうさせてあげますのに)


 森が締める面積は、トルキアの大地の半分を占めると言っても過言ではない。

 とは言え、ドラゴンという巨体を持つ生物にはいささか狭い住処(すみか)と言える。



 現在、森に住むドラゴンを纏めているのは、齢一万年を生きていると言われる老竜タイフォーンだ。

 長寿なドラゴンの中でも一際長命であり、現在のトルキアで彼以上の古参は存在しない程である。しかしその長命故に心身共に衰えており、今では森の奥深くに鎮座して、自ら動くことも少なくなったと言う。


 穏健なタイフォーンの元、ドラゴン達は元来の獰猛な性格が抑えられ、丸い性質に変わりかけていた。

 それに待ったを掛けたのが若きブラックドラゴン、ヴァイオレンだ。


 ヴァイオレンは元来ドラゴンが持つ苛烈さこそが、一族の誇りであると考えていた。故に、老いたタイフォーンの考えに反発を示し、離反を企てる。

 血気盛んな若きドラゴン達はヴァイオレンに賛同し、集団でタイフォーンの元を去っていったという。


 若きドラゴン達は皆攻撃的ではあるが、その胸には誰もがドラゴンの誇りを秘めていた。その秘めた輝きに魅せられる若者が後を絶たず、ついにはタイフォーン派とヴァイオレン派でドラゴンは二分されたのだった。



 吹いた風の冷たさに目を細め、シャルロットは室内に戻る。

 その足で自室まで戻り、鏡台の前に腰かけた。

 鏡に映る自身をじっと凝視して、シャルロットは心を決めた。


「シャルロット様。アレス様がお呼びです」


 部屋の外からメイドに声を掛けられ、シャルロットは静かに立ち上がる。

 その顔には小さく笑みが浮かんでいた。




 シャルロットが向かったのはアレスの政務室だった。

 机を前にして難しい顔をしたアレスに、シャルロットが声を掛ける。


「お待たせいたしました」


「ああ! すまない、急に呼び出してしまって……」


「構いません。何かおありでしたか?」


 それがと言い淀み、アレスは黙り込んでしまう。

 暫く一人で唸り続け、それから深い溜息とともに意を決して口を開いた。


「タイフォーンが君に会いたいと言っている。しかも、君一人で来るようにと……」


(わたくし)、一人でですか」


「もちろん、俺が行かせやしない! いくら幻竜王の頼みとは言え、君を一人で向かわせるなんてそんなことはっ!」


「承知いたしました。行ってまいります」


「んぇ~!?」


 シャルロットがあっさりと承諾するものだから、アレスから奇妙な叫び声が上がる。そんなに驚かなくも良いのにと内心で思いながら、シャルロットはアレスをじっと見据えた。


「幻竜王タイフォーン様は穏やかな御方とお聞きしております。私に危害を加えるおつもりでしたら、そもそも連絡など寄越さず、直接手を下しに来ているでしょう」


「そうかもしれないが……けれど、最近あの森一帯は物騒なんだ」


「存じております。アレス様」


 シャルロットは名前を呼んで、困った様子のアレスの側に寄った。

 触れ合うほどに近しい距離で、シャルロットはアレスを安堵させるようにやわい笑みを浮かべた。


「ご安心ください。貴方のシャルロットは、必ずや務めを成して戻って参ります」


「しゃっ、シャルロット~~っ!」


 わっと声を上げてアレスはシャルロットを抱きしめる。

 力強く抱きしめられることに、シャルロットは未だに少し慣れずにいた。

 抱きしめられながら、シャルロットはアレスの背に手を回した。


「ご安心ください。タイフォーン様もきっと、あちらの世界から来た私とお話しがしたいだけでしょう」


「そうだとは思うけれど……。俺が心配しているのは、君がドラゴン同士の争いに巻き込まれないかということなんだ」


「幻竜派と暴竜派ですね」


「ああ。いいかい、シャルロット」


 シャルロットを離したアレスは、いつになく真剣な顔でシャルロットを見る。

 釣られてシャルロットもまた真剣にアレスを見つめ返していた。


「もしもドラゴン同士の争いが起こったなら、すぐに逃げるんだ。異変を感じたら俺もすぐに駆け付ける! いいね?」


「はい」


「君なら大丈夫だとは思うのだけど……心配だなァ~!」


 繰り返し何度も不安を口にするアレスの背中をシャルロットは何度も撫でた。



 しかしアレスの不安は現実のものとなる。

 シャルロットの手によって。


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