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第二十一話 オーガスタ・ダークロウズ(夢)

 賑やかな一日が終わりをつげ、トルキアに夜が訪れる。

 客室に戻ったシャルロットは鏡台の前に座り、自分の唇に二度、三度触れてみた。


(こんなものですか。感慨も湧きません)


 指先で触れる唇は、ただの柔らかな脂肪でしかない。

 初めての口付けにも関わらず、シャルロットには何の感情も湧かないでいた。

 しかしながらシャルロットの脳裏には、接吻の直前に見たアレスの顔が浮かんでは消え続ける。真面目で真剣な顔つきは、まさに誠意と言うべきものの塊であるとシャルロットは思う。


 だからこそ、哀れでならないのだ。


(アルカイオス様の操るデウス・エクス・マキナ相手では、アレス様も良くて相打ちになるでしょう。ですが……もしもアレス様が生き残れば、ファラ様との約束を叶えて差し上げても良いかもしれません)


 自分にしては随分と甘い考えだとシャルロットは自嘲する。

 目的を果たせれば、それで良い。

 その後のことは、今日まで考えてもいなかった。


(最大にして最高の破滅を味わった後の(わたくし)は、きっと満たされ、それ以上を求めなくなるでしょう)


 だから全てが終わった後にアレスが生きているのならば、それはもはや自分が気にする領域の話では無いのだとシャルロットは結論付ける。終わった後であるのならば、アレスが誰と結ばれようと構いはしない。


(しかし、ここまで調子よく進んできましたが、この先は厳しそうです。聞いた話ですと竜族は現在、幻竜王タイフォーン様を頂点に置いた幻竜派と、暴竜ヴァイオレン様率いる新進気鋭の暴竜派に分かれているとのこと。さて、この派閥争いをどう利用致しましょうか)


 シャルロットは指を口元に当て、思案する。

 目的はただ一つ。あちらの世界に攻め込むための、竜族の力の確保にある。

 そのためにはより好戦的な相手が好ましいとシャルロットは考える。


(まずは、タイフォーン様とヴァイオレン様のことを知るところから始めましょう)


 より自分の目的に見合う方を味方に付ければ良い。

 頭の中を満たす(よこしま)な思考がシャルロットを満たしていく。

 これこそが自分の性に合うのだと、立ち上がったシャルロットは心躍らせながらベッドに横たわった。





 目を瞑り、暫く。

 シャルロットは懐かしい声を聴いた。

 ゆるゆると目蓋を持ち上げて、揺れる視界の中。

 姿を見せたのはシャルロットの祖父オーガスタ・ダークロウズだった。


 晩年のオーガスタは病魔に侵され病床に伏していた。

 だが、いまシャルロットの目の前に立つオーガスタは自分の足で立っている。

 在りし日の威厳ある祖父の姿に、シャルロットは思わず感極まる。


(ああ、お祖父様。お懐かしい……これは夢ですね)


 既に他界した祖父の姿を目にして、シャルロットは少しばかりの郷愁の念を抱く。

 これが夢であると分かっているからこそ湧く感情だった。


 祖父オーガスタは、両親を早々に亡くしたシャルロットにとって唯一の肉親であった。オーガスタはシャルロットを大層可愛がり、シャルロットもまたオーガスタを尊敬し、慕っていた。


 それこそ、シャルロットがオーガスタだけは滅ぶことのないようにと祈るほどに。


「シャルロット、お前は強く聡明で美しい。我が自慢の孫だ」


「身に余る光栄です。私にとっても、お祖父様は自慢の王でした」


 そうかそうかと嬉しそうに、オーガスタがシャルロットの頭を撫でる。

 オーガスタの昔からの癖である。

 シャルロットは恥ずかしく思いながらも、夢であるのだからと大人しく受け入れた。


 一頻(ひとしき)りシャルロットの頭を撫で、満足したのかオーガスタの手が離れていく。

 離れていく手を追うように、シャルロットは顔を上げた。

 するとシャルロットの視界に、少し困ったように笑うオーガスタが映った。


「お前は素晴らしい女王だ。だがな、それ故お前は孤独であることが、余の心残りなのだ」


「私は……孤独など恐れてはおりません」


「そうだ。お前は孤独も恐れぬ強き王だ。だが、人は一人ではいずれ滅ぶ。……そうだ。お前の好きな滅びだ」


「お祖父様……」


 夢の中とは言え、オーガスタに自身の性質を指摘されてシャルロットは戸惑いを覚える。現実にオーガスタがシャルロットの滅びを好む性質を知っていたのかは定かではない。

 しかし、オーガスタにだけは知られないように立ち振る舞っていたのもまた事実だった。


 動揺を悟られないように、これは夢だとシャルロットは自身に強く言い聞かせる。


「死者に挟める口はない。だがシャルロットよ。余は今も尚、願っている。お前の前に、真の理解者が現れることをな」


「真の、理解者」


シャルロットの脳裏にアルカイオスとアレスの姿が浮かび上がる。

それがどうしてなのかは分からないまま、シャルロットの視界は歪み、意識は遠くに溶けていった。



(おかしな話です。私には既に、アルカイオス様という理解者がおられます。今更、理解者など求める必要がありません。そもそも夢とは記憶や感情の反復、再構築を行う脳の活動に過ぎない。こんな夢を見たのは、無垢な少女のようなファラ様と関わったから? 哀れなアレス様の口付けを受けたから? ああ、そうに決まっている。そうに違いありません。だからこの夢は決して、私の深層心理を映したものではないのです。それでも……そう、それでも、お祖父様にお会い出来たことは、嬉しく思うのです)


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