第二話 シャルロット・ダークロウズ
シャルロット・ダークロウズは仄暗い愉悦を好む。
破滅――。人であれ、組織であれ、国であれ、大小は問わない。
他者が破滅する際に見せる、この世の終わりにも似た絶望に悦びを見出す女である。
ティタノ帝国皇帝家の分家であるダークロウズ家に生まれたシャルロットは、物心がつく頃からそうであった。
人生で初めて他者を陥れたのは五歳を過ぎた頃で、それまで健気に尽くしてくれていたメイドを宝石泥棒に仕立てたことに始まる。私じゃないと、必死に弁明を重ねるメイドの絶望にまみれた顔を、シャルロットは生涯忘れられない思い出だとしている。
結局この件は、当主である祖父オーガス・ダークロウズが怒りのあまりメイドの首を刎ねようとするものだから、自ら隠した宝石をあたかも探し当てたかのように振る舞うことで、シャルロット自ら解決へと導いた経緯がある。
シャルロットの演技力は天性の才のものであり、幼い彼女による自作自演を疑う者は誰もいなかった。合わせてメイドの命も救うことで、聡明で慈悲深いシャルロットお嬢様という評価をも手にしたのだった。
現にシャルロットは賢く、慎重であった。
本性を出せば面倒が起こる事を早々に理解し、決して自身の痕跡が明るみに出る事がないように立ち回り続け、破滅を味わい続ける。
シャルロットが偽りの涙を流せば、その涙を流させた誰かが処罰される。
偽りの情報を流せば、それがやがて真実となり、罪の無い誰かの首が締まる。
それらは全て自然とそうなったかのようで、誰一人として事実を疑う者はいなかった。
他者の全てが奪われる刹那の絶望を目にする為ならば、シャルロットは手間も努力も惜しまない。あらゆる分野の学問を身につけ、武道をも身につける。
シャルロットにとって破滅を生む行為とは、生きがいそのものでもあった。
次第にエスカレートしていくシャルロットの行為は人から組織へ、そして国へとターゲットを広げていく。
高齢で病を患った祖父から家督を継いだシャルロットは、皇帝陛下と帝国を守るという名目の元、数多の敵対国を滅ぼし続けた。
滅ぼす為の手段は問わない。
策謀に掛けて、自滅していく様を見るのも楽しい。
圧倒的軍事力により国一つ蹂躙するのもまた一興。
その全ての滅びをシャルロットは最前列で眺めていた。
最早シャルロットにとっては、帝国すらも自身の欲望を満たす為の手段に過ぎなかった。
しかしそんなことを続けていれば、その内に滅ぼしても構わない相手すら失ってしまう。
シャルロットは考えた。
どうすれば更なる滅びを観測することが出来るのかを。
ある考えが浮かんだシャルロットは唯一無二、自分を理解できる相手の元を尋ねた。その相手こそが、皇帝アルカイオスその人である。
「アルカイオス様。どうかこの大陸ごと、私の為に滅んではいただけませんか?」
玉座に座するアルカイオスに恭しく跪きながら、シャルロットは平然と告げた。
アルカイオスの唇が二ッと吊り上がる。
「愉快だ。詳しく話せ」
アルカイオスと言う男もまた、仄暗い破滅を好む男であった。
頭を上げたシャルロットは、アルカイオスという理解者を前に嬉しそうに笑んだ。
「私は、より深い絶望をこの心に焼き付けたいのです。それは帝国の滅亡という歴史を変えるほどのものでなければ成し得ないでしょう。そのために、私は異界へ参ります」
「異界か。成程、異形共を手名付けるつもりか?」
「はい。異界を制圧し、その戦力の全てを帝国へ向けようと考えております」
「ハハハッ! 面白いことを言う! 異界の制圧と成れば、お前とて相当の苦労が伺えよう」
「万全の準備を整えて参ります。必ずや、陛下にもご満足いただける結果をお届けいたしましょう」
「良い。ならば貴様の策の全てを話せ。乗ってやる。良い退屈しのぎになろう」
許可を得たシャルロットは、アルカイオスに自分の考えの全てを話した。
異界へ赴くために、自ら皇帝暗殺を企てた大罪人となること。
その身に魔導コアと呼ばれる魔道具を埋め込み、肉体強化及び武器を異界に持ち込むこと。
魔導コアとは手の平に乗る程度の大きさの宝玉の事である。
この世界の人間には大小差はあれど、誰しも魔力と呼ばれる魔道の力が流れていた。魔導コアは魔力増幅装置としての役割を持っており、本来であれば武器に装着して武器の強化を図る道具だ。
シャルロットはそれを自分の体に埋め込むのだと言う。
異界へ向かうために、自らの肉体を改造することすら厭わぬ覚悟をシャルロットが口にすると、アルカイオスは感激のあまりにシャルロットを抱きしめた。
「お前は本当に良い女だ! 一年の猶予を与える。お前が異界へ赴いた一年後、こちらから門扉を開く。攻めてくるが良い」
「仰せのままに」
アルカイオスの腕の中で、シャルロットはうっとりと目を細めた。
脳裏に描いた甘美な未来に向けて、シャルロットの行動は加速する。
半年の準備期間を経て、シャルロットは皇帝アルカイオスに正式な謁見を望む。
異例の速さで設けられた場にて、シャルロットは玉座に座するアルカイオスに剣を向けた。
アルカイオスの頬を剣先がかすめ、血が流れる。
大罪人となるには、それだけで十分だった。
こうしてダークロウズ家当主シャルロット・ダークロウズは、皇帝殺害を企てた大罪人として捕らえられたのだった……。
――滅びる瞬間の絶望は、静寂の中にあってとても美しい。
――飛び散る閃光が消えた直後の切なさにも似た、胸の締め付けが欲しい。
――だから、私は行く。
門をくぐり抜けたシャルロットの眼前には、荒廃とした景色が広がっていた。
剥き出しの岩肌に囲まれて、シャルロットは吹く風に髪を押さえた。
風に巻き上げられた乾いた大地の砂が舞う。
「これが異界……」
見上げた視線には、暗雲ひしめく空が映る。
息苦しさを感じる程の殺風景な光景に、無感動さが募っていった。
どこへ向かうかと周囲を見渡すシャルロットの頭上を影が覆う。
一瞬視界が陰ったかと思えば、次の瞬間、シャルロットを覆う巨大な影の持ち主が舞い降りた。
「早速の歓迎でしょうか」
それは翼を持った巨大な蜥蜴だった。
蝙蝠を彷彿とさせる巨大な両翼をはためかせ、巨大生物が上空を旋回して降りてくる。ズンと地を揺らす音を立て、異界の巨大生物はシャルロットの眼前に降り立った。




