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第十九話 (偽りの)愛しいあの人

 広い客間に備え付けられたテーブルを囲み、ファラとアレスが隣り合って座っている。座っていてもファラはアレスの腕を取り、対面のシャルロットに見せつけるようにした。

 ファラの子供染みた独占欲を目の当たりにしても、シャルロットは涼しい顔をしたままだった。


「アレスの隣はファラの場所なんだからね!」


「おいおい、ファラ。しっかり座るんだ」


「イヤよーだ! アレスと離れないんだからっ!」


「全く……すまない、シャルロット。ファラは昔からこうなんだ」


 少しバツの悪そうにするアレスに、シャルロットは優しく微笑みかける。

 それがファラの癇に障ったのか、ファラは更に強くアレスにしがみついた。


「ほら、そんなにしがみついてたらケーキが食べられないだろう? 折角メイド達が用意してくれたんだ。遠慮しないで食べてくれ」


「ケーキは当然食べるけど!」


 どうにも自分がここまで怒っている理由がアレスには伝わらないことに、ファラは余計に怒り出す。

 テーブルには色とりどりのカットケーキが並び、白磁のカップからは湯気が昇りふわりと紅茶に似た香りが漂う。全て城のメイド達が急遽用意した、おもてなしである。


 ファラに拘束され、動きにくそうにしながらもアレスは誰よりも先にケーキの乗った皿に手を伸ばした。

 フォークを取り、一口大に切り取った直後。


「急用でございますー! またしてもタイフォーン様派とヴァイオレン様派のドラゴンが争っております! アレス様に(いさ)めて欲しいとのお達しが届きました!」


「分かった! すぐに行く!」


 血相を変えて飛び込んできたニャンクスⅡ世に力強く頷くと、アレスはケーキを口に頬張り勢い良くその場で立ち上がった。

 もごもごと一生懸命噛み、ケーキを飲み下す。

 それから紅茶を一気に飲むと、アレスはファラとシャルロットの二人を見た。


「すまない! 急用が出来てしまった! 暫く二人で過ごしていてくれ!」


「えぇっ!? ちょっ、ちょっと待ってよ! ファラも一緒に!」


「行ってらっしゃいませ、アレス様。ご武運をお祈りいたします」


「ありがとう、シャルロット!」


 ファラがついて行こうとするのも構わずに、アレスは怒涛の速さで客間を後にした。ついて行くにも追いつけず、取り残されたファラは怒りに肩を震わせながらシャルロットを見た。


「あんた! あんた何なのよ!」


「シャルロットでございます」


「そうじゃなくてっ! なんでニンゲンなんかがアレスのお嫁さんになろうとしてんのよ! アレスのお嫁さんになるのはねっ、ファラなんだからっ!」


 びしっと伸ばした指先でファラはシャルロットを指した。

 その爪は長く透明で、やはり人のそれとは違っていた。

 鋭い指先に指されてもシャルロットは微動だにしない。

 それどころかその場でいきなり立ち上がり、ファラに向かって近寄りだしたのだった。


「なっ、なによっ!」


 近寄ってくるとは思っていなかったのか、ファラは少しだけ戸惑い一歩後退る。

 ファラの前まで来たシャルロットは、一度だけファラを見下ろし、それから静かに(ひざまず)いた。


「えっ、え? なになに?」


 思いもよらぬシャルロットの行動に、ファラは動揺してしまう。

 シャルロットは跪いたまま、どこか弱々しい声を上げた。


「ファラ様……。アレス様を心より大切に思うファラ様を見込んで、お願いがございます。どうか……一年後、アレス様の支えとなってくださいませんか?」


「はぁ? あんたに頼まれるまでもなくアレスを支えるのはファラなんだけど。……でも、あんた、アレスのお嫁さんなんでしょ? ファラは認めないけど!」


 書状にもそう書いてあったと言うファラに、シャルロットは両手で顔を覆って泣き出した。

 急に泣き出したシャルロットに、さすがのファラも慌てだす。

 どうしたのかと尋ねると、肩を震わせたシャルロットが震える声上げた。


(わたくし)はあちらの世界に戻らねばなりません……っ! この命が尽きる前に、最後に一目会いたい愛する方がいるのです……っ」


「あっ、愛する人!?」


 シャルロットの話にファラが食いつく。

 見た通り、愛や恋に憧れるファラの興味を得ることが出来たとシャルロットは内心でニヤリと笑んだ。


「はい……。私は未遂とは言え、皇帝陛下の暗殺を行った大罪人。陛下は恐ろしい御方です。私をトルキアの大地に送るだけでは飽き足らず、私が愛する彼にも呪いを掛けたのです……っ! 私と彼は一年後、呪いによりこの命を絶たれます」


「そんな! アレスからのお手紙にそんなこと、書いてなかった!」


「アレス様が皇帝と戦おうとしているのは、ひとえに私の呪いを解く為なのです……。お優しいアレス様に、私は頼ることを決めました」


「待って! それだとあんた、もしかしてアレスを騙してるっての!?」


「いいえっ! 騙すつもりなど! 私はこのトルキアで生き残る為に、彼ではなくアレス様を選びました。しかし……お優しいアレス様は、あちらの世界へ討って出ようとして下さる……。アレス様であれば皇帝陛下を倒せるかもしれない。そう思った瞬間から、私はもう一度、彼の姿を見れるのではないかと淡い希望を抱いてしまったのです……。今もまだ、彼のことを思うと胸が苦しくて、たまらないのです……っ!」


 両目から大粒の涙を流し、シャルロットが肩を小刻みに震わせた。

 足元で泣かれ、流石のファラも怒りよりも心配が勝る。

 ファラはしゃがみ込み、視線をシャルロットの高さに合わせてしまった。


 これがシャルロットの罠であると気が付かずに。


「えっと、取り合えず、あんた一年後に死んじゃうってことなんだよね?」


「皇帝を討てなければ……っ」


「好きな人にも二度と会えない?」


「っ、そう、です……っ」


「そっか……それは辛いよね……。分かった。ファラ、あんたに協力してあげる」


「ファラ様……?」


 涙に濡れた顔を上げると、シャルロットの目の前には優しく笑ったファラがいた。敵意がすっかり薄れた表情は慈しみさえ感じさせる程で、シャルロットはそこにファラの女王としての威厳を感じ取る。


 思わずファラの雰囲気に呑まれかけ、シャルロットは唇の内側をきつく噛んだ。


「つまり! ファラが同盟組んであげるってこと! あんたが死んだあと、もしくは好きな人の所に帰った後は、ファラがアレスを支えてあげる!」


 だから泣かないでよと、ファラが励ましながらシャルロットの背中を撫でる。

 シャルロットの瞳からは既に涙は消えていることには、終ぞファラが気が付くことはなかった。


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