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第十八話 海月王ファラ

 ニャンクスⅡ世が城へ戻ったのは、翌日の昼過ぎのことだった。

 城の正面に着陸したドラコを見て、アレスとシャルロットはニャンクスⅡ世の出迎えに外へ出た。翼を大きく振って砂埃を巻き上げながら、ドラコが着地する。


「アレス様~! ただいま戻りました~!」


 ドラコの背から、ニャンクスⅡ世がひょっこり顔を覗かせる。


「お帰り、ニャンクス!」


 ニャンクスⅡ世の無事の帰還を喜んで声を上げたアレスだが、ニャンクスⅡ世の後ろにもう一つ影があることに気が付いて動きを止めた。それが何かをアレスが確認するよりも早く、影は大きく動いてドラコの背から飛び出した。


「アレスーっ! どういうことなのかっ、説明してよねーっ!」


「ファラ!?」


 まだ幼さの残る少し甲高い声を上げたのは、全身をつるりとした透明感のある青い皮膚に覆われた少女だった。


 体と顔は人間に近しいが、頭部はまるで兜でも被っているかのように丸く膨らんでいる。後頭部は魚の尾のように長くしなやかに伸び、先端は鮮やかな黄色みを帯びて扇状に広がっていた。

 胸元と腰回りはひらひらとした薄いシルク生地に似た素材の布で覆われ、金の装飾品で彩られている。煌びやかさと華やかさが、少女の可憐さを際立たせていた。


 そのまるで海に踊るクラゲのような見た目から、シャルロットは瞬時にこの少女が海月王(くらげおう)なのだと理解した。


 アレスにファラと呼ばれた少女は、ドラコの背から飛び降りるとアレスに抱き着いた。二人の間には頭二つ分の身長差があり、シャルロットはアレスがファラを妹のようなものだと言っていたことに納得する。


「どうして君がここに居るんだい!?」


 目を白黒させるアレスに、ニャンクスⅡ世が同じくたじたじとした様子で答えた。


「いやー、アレス様からの書状をお見せするなり、すぐに会いにいくの一点張りになりまして……」


「そーよ! こんなお手紙貰ったら、すぐに会いに行きたくなるに決まってるじゃない!」


「おもてなしの準備も何も出来ないとお伝えしたのですが、構わないとのことでして……」


「ファラとアレスの仲なんだから、そんなのいらないよ! ねーっ、アレス!」


 終始ご機嫌な様子のファラに、アレスとニャンクスⅡ世は圧倒される。

 唯一、シャルロットだけは冷静に状況を見守っていた。


(彼女が海月王ファラ様……。妹のようだというアレス様の発言から少女だとは考えておりましたが、まさかここまで幼いとは。しかし王を名乗る以上、彼女もまた相応の実力者であることに違いありません。その実力は如何ほどなのか……)


 不意にシャルロットの視線とファラの視線がかち合う。

 すると笑顔から一変、ファラはじっとりとした目付きでシャルロットを睨みつけた。


「あんたがシャルロット?」


「はい。お初にお目にかかります。シャルロット・ダークロウズと申します」


 シャルロットはファラに膝を折って礼をした。

 ファラのシャルロットを見る目は未だに厳しいままだ。


「ふーん。ニンゲンでも挨拶は心得てんのね」


「ファラ、シャルロットに失礼じゃないか」


「むっ! 何よー! ニンゲンの肩持つなんて、アレスおかしいよ!」


 怒りながらもファラはアレスから離れようとはしない。

 引っ付いたままのファラを剥がすようにして、アレスはシャルロットを見た。

 アレスのシャルロットを見る目はどこか輝いているように見えて、ファラはますます機嫌を悪くする。


「彼女はただの人間ではないよ。俺の伴侶となる人なんだ!」


「それー! それっ! お手紙にも書いてあったけど、どういうことなの! 伴侶ってなによ!」


「え? 伴侶と言うのは、生涯を共にする相手のことで……」


「違うわよ! 伴侶の意味じゃなくてっ、どーしてニンゲンなんかがアレスの伴侶になるのって聞いてんの!」


 肩をいからせてファラは怒るが、アレスはどうしてファラが怒るのか理解できない様子でいた。


 ファラがアレスに好意を抱いているのは、誰が見ても明確なことである。

 それに気が付かないのはアレスだけで、ニャンクスⅡ世とシャルロットは思わず頭を抱えていた。


「それはだな! シャルロットはとても美しく、そしてとても強い! 何よりも彼女もまた俺を好いてくれているんだ!」


(一体いつ、(わたくし)はアレス様に好意をお伝えしたのでしょうか)


 脳内で突っ込みながら、シャルロットは密かに決めた計画を進めるべく一歩前へ踏み出した。


「ファラ様」


「何よ、ニンゲン! 気安くファラの名前、呼ばないでよっ!」


「申し訳ございません。私のことは気軽にシャルロットとお呼びください」


「誰が呼ぶもんか!」


 ファラは終始怒っているが、どうにも子供染みた態度で緊張感に欠けている。

 だからアレスも真剣に取り合わず、子供をなだめるようにファラの肩をぽんぽんと優しく叩く。

 奇しくもアレスから触れてもらえたことにより、ファラは怒り顔から一転。

 後頭部から長く伸びた尾を激しく左右に揺らし、花が咲いたような笑顔を浮かべていた。


「折角、遠方から来てくれたんだ。簡単だがもてなそう。上がっていってくれ!」


「わーいっ! やっぱりアレス優しい~! だーい好き!」


 にこにこと笑顔でファラがアレスの腕にしがみつく。

 ファラのその様子にシャルロットの笑みが深くなる。

 その笑みは、決して二人の仲睦まじい光景に向けたものではない。


 これから進める計画の成功を確信してのものだった。


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