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第十七話 二人だけの話

 ニャンクスが去った城内は驚くほどに静まり返っていた。

 決して城内から人が居なくなったわけではない。

 メイド達は今もなお従順に働き続け、忙しなく城内を行き来している。

 だというのに、アレスとシャルロットの二人の間には静けさが横たわっていた。


 二人きりで食卓を囲み、静かなまま食事が終わる。

 アレスは斜め向かいに座るシャルロットの仕草一つ一つに目を奪われて、いつもよりも食事が喉を通らないままだった。


(食事を摂る姿すら美しい……! 本当に……こんなに美しい人がどうして……)


 音の一つもたてずにナイフとフォークが置かれる。

 ふっと一息吐いたシャルロットが顔を上げ、アレスに視線を向けた。

 シャルロットと目が合い、アレスは大袈裟に驚いた。

 わたわたと頬を染めて見るからに動揺を見せるアレスに、シャルロットはふっと笑む。


「アレス様、いかがなされましたか?」


「いや! 君の美しさに見惚れてしまって! す、すまない!」


「まぁ。勿体ないお言葉をありがとうございます」


 シャルロットの浮かべるやわく上品な笑みに、アレスの胸が高鳴る。

 鼓動を高鳴らせながら、アレスは席を立った。


「良ければ、一緒に夜風に当たらないかい?」


「はい、喜んでご一緒致します」


 側へ寄ってきたアレスの手を取り、シャルロットが立ち上がる。

 そのまま手を重ねたまま二人は食卓を後にした。




 城の外れには、トルキアの大地を一望できるバルコニーが存在する。

 大きな傘のような屋根の下、二人は柵越しに広大な大地とどこまでも広がる星空を眺めていた。

 遠くにはジャーマン達の住まう岩山が見え、その雄々しさにシャルロットは目を細める。


「本当に、トルキアの大地は自然豊かなのですね」


「ああ! 自然がなくては、俺達は生きていけないからね」


「自然豊かであることは素晴らしいことだと思います。(わたくし)の住んでいた世界では、魔術の発達により自然が淘汰されつつあります。このような星空を見たのは、いつ以来でしょうか」


 夜空を見上げるシャルロットの瞳は、星の並びを見つめている。

 良く知る並びと似て非なる星の並びは、ここが確かに自身の住んでいた世界とは異なっているのだと主張しているようだった。


 星を見上げるシャルロットの横顔に、アレスは息を飲んだ。

 胸の奥に懐かしい情景が込み上げる。

 ぎゅっと締め付けられるような痛みを感じながら、アレスもまた空を見上げた。


「……俺の母上も、よく星を見上げていたよ」


 静かに囁かれたアレスの言葉にシャルロットは視線を下げる。

 夜空を見上げるアレスの横顔は今日までの中で一番穏やかで、シャルロットは彼が異界の王であることを瞬忘れかけた。


「何となくもう察しているかもしれないが、僕の母上は君と同じ向こう側から来た人間でね」


「やはりそうでしたか……。ドレスが人間の女性に合わせた作りである時点で、感じるものがありました」


 はにかんで笑うアレスを見つめながら、シャルロットはアレスの母親について考えを巡らせた。

 ドレスを(たまわる)る以前より、シャルロットはアレスには人間の血が流れているのではないかと考えていたのだ。

 アレスは異界において、あまりにも人間に近しい姿をしている。

 異界にも人間に似た姿の種族がいるのかとも考えたが、ジャーマンやカーラと出会い、シャルロットはアレスだけが特別なのだと理解した。


(アレス様の御年齢から考えて、御母堂が異界へ来たのは二百年以上前……。確か、その頃はまだ異界の門の扱いも覚束ないものであったと聞いています。アレス様の御母堂が罪人であり、それ故に異界に送られたと考えるのは、軽率かもしれません)


「俺が生まれて間もなくして母上は亡くなった。だから俺は人間に興味があるんだ。こちらの世界に送られてきた人間と何度か会話を試みようとしたが、言葉が通じなくてね。まともに話が出来たのは君だけだよ」


「魔導コアのお陰です。この地を訪れた人間は、今はどうしているのでしょうか」


「みんな死んでしまったよ。この大地は、人間が生きるには厳しいようだ」


「そうでしたか……」


 それも当然だろうとシャルロットは内心頷く。

 罪人は本来であれば、身一つで異界の門をくぐらなければならない。

 生身の人間が異界の住人に襲われれば、ひとたまりもないことは明白だ。

 シャルロットが出合い頭のドラゴンを退けることが出来たのは、魔導コアを体内に埋め込み武器を持ち込むという異例の行動を取ったからに過ぎない。


「あっ! だけど安心してくれ! 君は必ず、俺が守るよ!」


「ありがとうございます。もしかしてそれは、(わたくし)が美しい人間だからですか?」


 悪戯気なシャルロットの問い掛けに、アレスは違うと首を横に勢いよく振る。


「君が美しいのはそうだが! それだけじゃないよ! 何と言うのか……君を一目見て思ったんだ。運命の女性が現れたって」


 言ってアレスは恥ずかしそうに顔を背けた。

 その初心な仕草が少しばかり可愛らしく見えて、シャルロットはくすくすとしとやかな笑みを溢した。


「わっ、笑わないでくれ! 本当にそう思ったんだ!」


「ふふっ、アレス様があまりにも可愛らしいことを仰るものですから」


「かわっ、かわい……っ!? ちっ、違うぞ! 可愛いのは君だ、シャルロット!」


 勢い任せに飛ばした言葉に、アレスは自ら恥ずかしがる。

 ころころと表情を変えるアレスに、シャルロットはやはり可愛げがあるのはアレスだと、どこか達観した思いを抱くのだった。


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