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第十六話 二人きり

「あのぅ、お楽しみのところ大っ変申し訳ございませんが、一つよろしいでしょうか?」


 おずおずとしたニャンクスⅡ世に声を掛けられ、アレスは顔を赤くした。


「お楽しみって! 誤解だ! ンン……ええと、それで何だい?」


「アレス様が留守の間に、ファラ様がお見えになりました」


「ファラが? 何の用事だったんだ?」


「いえ特に。アレス様の御顔を見に来たと仰っておりました。留守だと伝えたら、残念そうにしていましたよ」


「そうか。タイミングが悪かった……。上手くいけば、ファラにもその場で同盟を頼めたかもしれないなぁ」


「そうですねぇ。アレス様の頼みとあらば、二つ返事で了承して下さったかもしれません」


 残念だという面持ちで、アレスとニャンクスⅡ世は盛大なため息を吐き出した。


「近いうちにこちらから海に向かうと、ファラに手紙を出しておいてくれ。その際に、打倒皇帝の話をするともな!」


「お任せください~!」


 二人の会話のキリが良い所で、シャルロットが思案深く口を開いた。


「アレス様。ファラ様と言うのは、海月王(くらげおう)のファラ様のことでしょうか?」


「そうだ! さすがシャルロット! ちゃんと覚えていてくれたんだね!」


「もちろんです。アレス様のお言葉の一言一句、聞き逃す筈がありません」


 伴侶となる者の当然のたしなみだと言わんばかりにシャルロットが胸を張る。

 アレスもニャンクスⅡ世も感嘆の声を上げながら、シャルロットをきらきらとした眼差しで見つめた。

 二人の視線を受けながら、ものともしないでシャルロットは言葉を続けた。


「ファラ様とはどんな御方なのでしょう。今後同盟を組むことになろう御方のことは、(わたくし)も知っておきたいのです」


「シャルロットは本当に勤勉だね! ファラは海月族の女王で、海一帯を支配しているんだ」


「ファラ様は女王なのですね」


「ああ! 彼女とは幼い頃から親交があってね。俺のことを兄のように慕ってくれる、妹みたいな存在なんだ!」


「成程……」


 それは同盟を結ぶのは難しいかもしれないと言い掛けて、シャルロットは口を(つぐ)んだ。


(妹のように、兄のように。往々にしてそれらの感覚は、あくまで男性主体の考えであることが多いのです。つまり、ファラ様から見たアレス様も同様であるとは限らない。用事もないのに会いに来るなど、一国の王の行動とは思えぬ軽率さ。ファラ様がアレス様に好意を抱いているのは明らかでしょう。ならば――利用致しましょう)


 シャルロットの中に(よこしま)な計画が浮かび上がる。

 浮かんだ計画を実行に移すべく、シャルロットはアレスに甘えるように身を寄せた。


「アレス様。私、ファラ様とお会いしてみたいです。アレス様が妹と慕う御方でしたら、私にとっても妹も同然。是非、お話をしてみたいのです」


「構わないとも! ファラもシャルロットと会えば、きっと話が弾むと思うよ!」


「ええ。……きっと、とても楽しくお話が出来ますわ」


 シャルロットの唇が妖艶な弧を描く。

 しかしアレスにもニャンクスⅡ世にも、シャルロットの笑みは美しいものとしてしか映らずに、その笑みの裏側に秘めた計画に気が付くことはなかった。




 翌日、早速ファラの元へ書状を届けに行くと、朝早くからニャンクスⅡ世はドラコの背に乗り旅に出た。

 海は遠く、辿り着くまでに一日近く掛かる。

 そのためニャンクスⅡ世は海月族の元で一泊してから帰るという。

 城に残ったアレスとシャルロットは二人きりでバルコニーに出て、雄々しく舞うドラコの後ろ後を見つめていた。


「ニャンクス様も、ドラコ様に騎乗することができるのですね」


「ああ! ドラコは気前がとても良いんだ! 慣れた相手であれば、気軽に乗せてくれるよ」


「私もいずれ、ドラコ様に認めて頂きたいものです」


「シャルロットなら大丈夫! すぐにドラコも認めてくれるよ。何と言っても君は俺の、お、俺の……っ、伴侶になるのだから!」


 顔を赤くしたアレスに、シャルロットはくすりと笑む。

 どこか子供のような無邪気さを感じさせるシャルロットに、アレスの顔はますます赤味を増した。アレスの脳裏に、ニャンクスⅡ世が出かける間際に残した言葉が蘇る。



(ワタシが留守の間、お二人きりになられますからな! このチャンス、上手く活かしてくださいよォ~!)



 グッと力強く掲げた拳を握り締めたニャンクスⅡ世の姿が浮かび上がり、アレスはたまらず首を横にぶんぶんと力強く振った。


(上手くって! 何を上手くすればいいのだ、ニャンクスーッ!)


 それがシャルロットとの男女の仲の進展を指していることは、アレスとて理解している。しかし女性との交流経験が少ないアレスには何もかもが未知なのだった。


 シャルロットを妙に意識してしまい、アレスは逆に何も言えなくなってしまう。

 口ごもってしまったアレスを見上げ、シャルロットはバルコニーの柵に置かれたアレスの手に手を重ねた。


「アレス様。焦らずとも、良いのでございますよ」


 シャルロットの手が重ねられたアレスの手がぴくりと震えた。

 まるで心中を見透かされているようで、気恥ずかしさが湧いたのだ。


「伴侶とは生涯を共にする間柄です。だからこそ時間は幾らでもあるのです。お互いのことを、ゆっくりと知って参りましょう」


「シャルロット……。そうだね、ありがとう!」


 アレスはもう片方の手を出し、シャルロットの手に重ねた。

 色白で白魚のような指先。アレスからすれば脆く小さいシャルロットの手を握り、伴侶の意味を噛み締めるのだった。



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