第十四話 同盟成立
シャルロットの手にする鞭は、宝剣カリバーンのように名のある鞭という訳ではない。数多の拷問に用いてきた、ただの愛用の鞭である。
馴染みの深いこの武器を、シャルロットは宝剣カリバーンと共に魔導コアに封じて持ち運んでいたのだった。
(思い出します。鞭の連打に耐え切れず絶命していく者達の顔を)
シャルロットに嗜虐趣味はない。
ただ終わる瞬間を観測したいだけなのだ。
そもそも人一人の終わりでは、シャルロットが満たされることはない。
だからいつも、少ない手数で拷問相手の息の根を止めることにしていた。
鞭の打撃は思う以上に激しい痛みを伴う。
魔導コアで強化された腕力から繰り出される鞭の打撃は通常の威力を上回り、一撃が必殺の技となる。
勢いよく振り抜かれた一撃が音速を超え、生じた衝撃波がカーラを襲う。
「ぐぅッ! チクショウ……!」
カーラは一挙手一投足を封じられ、身動きが取れなくなる。
体中が切り裂かれ、流れる血がカーラの足元に血だまりを作る。
膝を着きたくともシャルロットの鞭がそれを許しはしない。
体から力が抜けていくのを感じながら、カーラは気丈にもシャルロットを睨みつけた。
「……ッ!」
カーラはシャルロットの顔を見て背筋が凍り付く。
深い闇。深い絶望。深い虚無。
美しい筈の深紅の瞳は空気に触れた血のように黒く見え、底の見えない深淵だとカーラは感じた。
「ごきげんよう、カーラ様」
シャルロットの形の良い美しい唇が別れを紡ぐ。
カーラは立ち上がろうとするも、血の海に膝を着くことしか出来ないでいた。
頭上に構えられた鞭が振り下ろされ、眼前に迫る――!
「終わりだァッ!」
「止まるんだ、シャルロット!」
鞭はカーラに当たる直前、シャルロットとカーラの間に割り込んだジャーマンによって止められた。
ジャーマンは素手で鞭を掴み、シャルロットをきつく睨みつけていた。
シャルロットの背後にはアレスが着いていた。
ぴたりと身を寄せ、シャルロットの振り下ろされかけた腕を背後から掴んでいる。その力はとても強く、シャルロットは腕をぴくりとも動かすことが出来なくなった。
「カーラ! 無事か!?」
「ごめんよ、あんた……カッコ悪いところ、見せちまったね……」
「気にすンなよ……」
握っていた鞭を離し、ジャーマンは血だまりの中のカーラに寄り添う。
そんな二人をシャルロットは冷めた目で見下ろしている。
握っていた鞭を光の粒子に変えて、腕の力をそろりと抜いた。
シャルロットから力が抜けたことに気が付いたアレスは、慌ててシャルロットの腕を掴む手を離す。
「シャルロット……」
どこか不安げなアレスの声が響くと同時に、シャルロットはアレスに抱き着くようにして身を寄せた。
アレスの胸元に顔を埋め、シャルロットは肩を小さく震わせる。
「恐ろしかった……! カーラ様に殺されてしまうかもしれない、そう思ったら私、無我夢中で……!」
「シャルロット! 大丈夫だ、もう戦いは終わりだから安心してくれ!」
自分の胸元で恐怖に震えるシャルロットを、アレスは強く抱きしめた。
アレスからはシャルロットの顔は見えない。だからその目に涙が浮かんでいないことには気が付かない。
シャルロットのさめざめとした様子は当然演技である。
ジャーマンとカーラの訝しげな表情を見るに、雑な演技なのは明らかだ。
シャルロット当人としても雑な演技になってしまったと思うものの、アレスが気が付いていないので良しとした。
「ジャーマン、決着で良いな?」
「構わねェよ……。どうあれ、お前の女の勝ちだ。強さは認めてやる」
ふらつくカーラに肩を貸しながら立ち上がったジャーマンは、悔しさをにじませる顔でシャルロットをじっと見た。
シャルロットはアレスから身を離してジャーマンとカーラに向き合うと、スカートの両端を持ち上げ深く一礼をした。先程までの激闘が嘘のような優雅さに、ジャーマンとカーラは得も言えぬ不気味さを感じて口ごもる。
「……シャルロットって言ったか。皇帝ってヤツはお前より強ェのか?」
「はい。私など足元にも及びません」
「へぇ……、そいつが率いる軍も当然、強ェんだろうなァ」
「はい。帝国軍は大陸最強最大の戦力です。魔導兵器で武装した彼らに敵う者はおりません」
淡々と告げられるシャルロットの言葉に、ジャーマンはにやりと口角を釣り上げた。その目には闘争の色が確かに宿り始めていて、シャルロットはそれを見逃さない。
「しかし今、カーラ様とお手合わせをして確信いたしました。ジャーマン様率いる火蜥蜴族の兵達であれば、帝国に太刀打ちできると」
「ハッ! 調子良いコト言いやがる! だが良いぜ。こっちとしても、お前並みのヤベェ奴相手になら、戦ってみてェからなァ……!」
ジャーマンの顔に闘気が満ちる。
それを見てアレスがわっと笑顔を浮かべた。
「それじゃあ!」
「あぁ、良いぜ。同盟組んでやるよ、アレス」
「ありがとう、ジャーマン!」
にこにこと嬉しそうに、アレスはジャーマンに右手を差し出した。
ジャーマンもまたこれを握り返し、ここに同盟が結ばれたのだった。
「すまない! まだまだやることが多いんだ。また後日、改めて同盟締結のお礼と祝いをさせてくれ!」
それではまた後日改めてと、アレスはシャルロットを抱きかかえ、慌ただしくジャーマンたちの元を去っていく。その背を見送りながら、ジャーマンの肩を借りたままのカーリーは、ぽつりと呟いた。
「あの女……危険だよ……」
「オウ、見りゃ分かる。あんなエゲつねェ攻撃出来る女が、ただのニンゲンであるかよ」
「アタシを殺そうとしてたんだ。それにあの目……あの目は、駄目だ。思い出すだけで背筋が寒くなっちまうよ……!」
俯き身震いするカーラを支えながら、ジャーマンは無言で前を見据えた。
(……あの女は気に入らねェ。だが、強者と戦う機会が得られるとなれば話は別だ。あの女が俺達を利用するように、俺達もあの女を利用すりゃいい。ハッ、良いじゃねェか。領土拡大戦争だと思えば血が騒ぐぜェ……!)




