第十三話 戦士カーラ
「待ってくれ! どうしてシャルロットとカーラが戦わなければならないんだ!?」
ここまで蚊帳の外に置かれていたアレスが慌てて二人の間に入る。
二人に挟まれれば、既に互いが強烈な闘気を放っていることに気が付き、アレスはますます困惑した。
「シャルロット! カーラは本当に強い戦士なんだ! 君が戦う必要なんて……つ」
「アレス様。私はアレス様の伴侶となる者として、アレス様の御友人であるジャーマン様に実力を示さなければなりません。それこそが、アレス様の伴侶としての役割でもあるのです」
「シャルロット……!」
伴侶として、という言葉にアレスはとことん弱い。
シャルロットの覚悟をひしひしと感じ取り、アレスは分かったと小さく溢して二人の間から身を引いた。
ジャーマンもまたカーラから離れ、遠くから見守る体勢に入る。
側にジャーマンとアレスが居なくなったことを確認して、カーラが口を開いた。
「アンタ、アレス王の伴侶かい?」
「はい。昨夜、伴侶となる約束を交わしました」
「それなら新婚ほやほやじゃないか! それなのに悪いね、お嬢ちゃん。再起不能にさせてもらうよ」
ぎょろりとカーラの両目が大きく見開かれる。カーラから放たれる殺気を浴びながら、シャルロットは真正面に剣を立てて構えた。
二人の足元を風が通り過ぎていく。
風に砂埃が舞い、シャルロットの視界を遮ったその一瞬。
目の前からカーラの姿が消えてなくなった。
「どこ見てるんだい!」
背後から声がしてシャルロットは首をひねって背後を見やる。
しかし視界の中にカーラの姿を捕えることは出来ず、今度は右側から笑い声が響いた。
「遅い遅いッ! ガラ空きだよ!」
風が頬を撫でた刹那、シャルロットは剣を真横に持って頭上に掲げた。
途端、ガンッと激しく金属同士がぶつかり合う音が響く。
盾のように構えた剣が、槍の先端を受け止めたのだ。
槍の先にはカーラの姿があり、シャルロットは掲げた剣越しにカーラを見上げた。カーラは驚いた顔をして、それから衝突の勢いを利用して身を捻る。
トンと地面に着地したカーラはシャルロットを見て二ィッと笑った。
「やるじゃないか、お嬢ちゃん! アタシの一撃を防ぐなんてね」
「恐れ入ります。反応出来ればどうということはありません」
「反応できてるだって? このアタシの速さにかい?」
「はい」
簡潔なシャルロットの返答にカーラは呆けた顔をして、それから喉を鳴らしてくつくつと笑う。
再びシャルロットの目の前からカーラが姿を消す。
シャルロットは背筋にぞわりとした寒気を感じ、意識する前に体が勝手にしゃがみ込んでしまった。その悪寒は的中し、シャルロットの頭上を何かが掠めて通る。
それがカーラの真横に振り抜かれた尾であることに気が付いたのは、バンッと大きな音を立てて尻尾が地面を叩いた瞬間だった。
「へぇ……、これを避けるとは、アンタ普通のニンゲンじゃないねェ!」
シャルロットを見下ろすカーラの顔には、どこか楽しそうな笑みが浮かぶ。
対するシャルロットは顔色一つ変えず、低姿勢のまま地面を蹴った。
魔導コアにより強化された脚力により、あっという間にカーラと距離が離れる。
しかしカーラの素早い追尾により、その距離は一瞬で詰められてしまった。
「無駄さァッ! アタシから逃げられると思うんじゃないよ!」
「思っておりません。逃げるつもりもございません」
シャルロットは胸元に手を当てて、さらにカーラから離れるように飛び退く。
カーラは胸元に宛がわれた手が剣を握っているはずの右手であることに気が付き、目を丸くした。
「アンタ、武器はどうしたんだい!?」
「此処にございます」
眩い光が破裂したと同時にヒュンと今度はカーラの鼻筋を何かが掠める。
一拍遅れてカーラの鼻の上の皮膚が避け、僅かながらに血が流れた。
ひりひりとした痛みに思わずカーラは足を止めた。
一体何がとシャルロットを見れば、その手に持った剣ではない武器に目を見張る。
蛇のように長くうねるそれは、鞭である。
シャルロットの手にする武器が、剣から鞭へ変わっていたのだった。
「鞭だって!? おい、アレス! お前の女の得物は剣じゃねェのか!」
「知らない! 俺も初めて見た! びっくりだ!」
様子を見ていたジャーマンとアレスも驚きを隠せないでいる。
しかし誰よりも驚いているのはカーラだ。
その驚きはシャルロットの武器が変わったことにではない。
自身の皮膚を切り裂いたという事実に対しての衝撃だった。
「察しますに、火蜥蜴の御一族は速さを強さの基盤としていらっしゃる様子。でしたら、その速さを上回る速度をお見せすれば、私の実力をお認めいただけるかと」
「ハッ! 減らず口叩いてるんじゃないよ!」
「減らず口のつもりは御座いません」
再び最速の移動をすべく、カーラが身を沈める。
深く踏み込み駆け出そうとするが、その足が前に出ることはなかった。
突然鳴り響く、バンッ! と耳を劈く破裂音。
直後に足首に激痛が走り、カーラの足を止めてしまったのだ。
驚きに目を丸くしながらカーラは視線を落とす。
足首には大きな裂けた傷があり、ぱくりと開いた傷口は肉が覗いていた。
「本気です」
淡々としたシャルロットの声と共に、ヒュンッと風を切る音が鳴る。
バンッと爆ぜる音、今度はカーラの右腕に激痛が走る。
痛みに低く唸りながらも戦士としての矜持がカーラに槍を握らせた。
「戦士の矜持、お見事です」
シャルロットが感銘を込めて口にする。
だがしかし、シャルロットにとってはそれすらも滅ぼす対象に過ぎなかったのだった。




