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第十二話 嫁には嫁を

「いまお前、何て言ったァ?」


 聞き間違いかと思ったジャーマンがアレスに問い直す。

 胸を張ったアレスは自信満々に頷いて、また同じ文言を口にした。


「皇帝を倒す!」


「いや、皇帝ってなンだよ、皇帝ってよォ」


「シャルロットをトルキアに追いやり、呪いを掛けた悪の人間だ!」


「悪のニンゲンねェ……」


 苦笑しながらジャーマンはシャルロットを横目で見る。

 ジャーマンの視線にシャルロットは真顔で答える。

 二人は暫く視線を交わし合い、シャルロットから顔を逸らしたジャーマンがフンと鼻で笑った。


「嫌だね。俺等にメリットがねェ。大体、どうやってアッチに攻め込むってンだよ」


「それは……」


「一年後、あちら側からトルキアへ繋がる扉が開きます」


 もごもごと言いよどむアレスを制し、シャルロットが口を開く。

 途端に、訝し気なジャーマンの縦長の瞳孔がぎろりと見開かれた。


「あァ? どうして分かるンだァ?」


「帝国では年に一度、見せしめの為に大罪人をこちら側へ送る習慣がございます。今年が(わたくし)であったように」


「ふゥン……。まァ、確かに年一くらいでニンゲン見掛けてる気ィはすンな」


 無論、これはシャルロットの嘘である。

 確かに大罪人が門の先へ送られるのは年に一度程度ではあるが、必ず行われているわけではない。門が一年後に開くのは、シャルロットとアルカイオスの間で交わされた密約によるものだ。


 シャルロットの嘘に気が付くことはないが、半信半疑といった様子のジャーマンは肩を竦めてシャルロットとアレスに背を向けた。


「駄目だ、駄目だ! だとしてもヤる意味がねェ! お前一人で頑張れよ」


「ジャーマン! 皇帝率いる帝国軍は強者揃いと聞いている! 対抗するにはこのトルキア最強の陸戦力を束ねる君の力が必要なんだ!」


 アレスの言葉を受けてジャーマンの動きがぴたりと止まる。

 じりじりとした沈黙の後、ジャーマンはそのままの姿勢で小刻みに肩を揺らして笑い声を上げた。


「クククッ……、分かってるじゃねェか、アレス……!」


 振り向いたジャーマンは上機嫌にニヤリと笑う。

 その顔付きに期待を抱いたアレスもぱあっと満面の笑顔を浮かべた。


「そうだ! オレが率いる火蜥蜴(ひとかげ)部隊は最強! 最強だからこそ、おいそれと他人と組むワケにゃあいかねェのさ!」


 笑顔から一転、アレスはショックを隠さず必死の顔で説得を続ける。


「ジャーマン、そこをなんとか頼む!」


「だから駄目だっつってンだろ!」


「承知いたしました」


 二人の堂々巡りの押し問答に、シャルロットが割り入る。

 同時に向けられた二人の視線に動じることなく、それではとシャルロットが言葉を続けた。


「ジャーマン様、どうか私と勝負して下さいませ。私の勝利の暁には、同盟を受け入れていただけませんか?」


「……はァ?」


 ジャーマンの声に侮蔑と軽蔑、そして少しの憤りが籠る。

 明らかに機嫌を害した様子でジャーマはシャルロットを強く睨みつけた。


 慌ててアレスが止めに入るも、殺気立ったジャーマも平然とした様子のシャルロットのどちらも構う様子がない。

 アレスを蚊帳の外に置き、二人は一触即発の様相で見合った。


「ニンゲン、いま何言ったァ……? オレの聞き間違いじゃなけりゃあ、勝負しろっつったかァ……?」


「はい。ジャーマン様は強さに自信がおありのご様子。ならばこそ、私の強さをご確認いただければ同盟に値するとお認めになると考えたのです」


「アレスならまだしも、テメェのような見るからに貧弱なニンゲンが戦えンのかよォ」


「ご希望とあらば、今すぐに」


 シャルロットを嘲笑しようとして、ジャーマンは止めた。

 ジャーマンが圧を掛けてもシャルロットの表情は一切変わらない。正面から見据えた深紅の瞳はまるで底無しの沼のように思えて、ジャーマンは一歩引いた。


「……どうやら、ハッタリでもねェってか。だったら戦ってやるよ」


 ジャーマンの言葉を受けて、シャルロットは右手を胸元に当てた。

 手の平の下から煌々とした輝きが放たれて、その手を光が包む。

 光を引き抜くように手を胸元から離せば、光が形を変えて剣となる。

 握り心地を確かめるように、シャルロットはカリバーンの柄を強く握った。


「それがテメェの得物(えもの)か。おっと、待ってよ。誰がオレが相手するっつったァ? テメェの相手はコイツだ。来い! カーラ!」


「あいよッ!」


 威勢の良い返事が頭上から響く。

 顔を上げたシャルロットの視界に飛び込んだのは、切り立った岩壁の真上に立つ一体の火蜥蜴族の戦士だった。胸元まで覆う鎧、手にした槍と盾が日の光を反射して輝く。


 地上の誰もが眩しさに目を細める間に、戦士は岩壁の淵から飛び降りた。

 跳躍は軽やかで、その身のこなしの良さは遠目で見てもハッキリと分かる。

 ひらりと腰布を舞わせながら戦士が宙に舞う。

 すぐに訪れた着地は、高所からの落下にも拘らず足音一つ立たなかった。


 スッと立ち上がった戦士は、地を一蹴りして駆け出す。

 先程のジャーマン同様、まるで消えたのではないかと思える速さでジャーマンの隣に現れた。


 すらりと伸びた体躯は細身でありながら長身で、ジャーマンよりも頭二つほど抜きんでている。その顔付きはジャーマンよりも目は大きく、女性的であることが見て取れた。

 なによりも皮膚の色が桃色であるという点で、ジャーマンとは性別が違うのだと主張しているようだった。


「テメェの相手はコイツだ。嫁には嫁ってな。カーラはオレの次に強ェ戦士だ。テメェに倒せるかなァ?」


 カーラと呼ばれた女戦士は、シャルロットを見下しニヤリと笑う。

 挑発にも似た笑みをものともせず、シャルロットは静かに剣を構えた。


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