第十一話 火蜥蜴王ジャーマン
シャルロットと共にする空の旅は、アレスにとって胸を高鳴らせるものだった。
腕の中に抱いたシャルロットは、何とも華奢ですぐにでも壊れてしまいそうだとアレスは思う。しかしその実、剣士として一流の実力を兼ね備えている強さにも、アレスは魅かれていた。
強さと美しさ、その両方を備えるものは勿論このトルキアにも存在している。
しかしアレスはシャルロットだからこそ良いと思ったのだ。
「君の瞳はとても綺麗だ、シャルロット」
横抱きにされながら投げ掛けられた、脈絡のない言葉にシャルロットは一瞬戸惑う。
「瞳、ですか? 確かにこの瞳の色は、私も気に入っております」
「色も綺麗だが、君の瞳は真っすぐで曇りないんだ! だから綺麗だと感じるよ」
「それを言うのしたら、アレス様の方が曇りなき眼をしております。私の朱よりも尚紅く、そして透き通っていらっしゃる」
口にしながらシャルロットは困惑する。
自分の瞳を曇りないなどと評されたことは、初めてだったのだ。
シャルロットには確かに目的を真っすぐと見つめている自覚はあるが、それは己の欲望の為だ。決して純粋なものではない。
(おかしなことを言う御方。……きっと今まで他者に騙された経験が無いのでしょう。お可哀そうに)
こんな女に捕まって。
そう思えども、シャルロットは決して同情はしない。
それから暫くして、ドラコが荒野と地続きの切り立った岩壁の根元に降りた。
見上げる程に立派な岩壁は、まるで天まで続いているかのような錯覚を覚える。
「ここは火蜥蜴族の支配地なんだ。千年程前だったかな。数多の種族がこの場を巡り争いを続け、火蜥蜴族が覇権を握ったんだ。今の火蜥蜴族の長でもあるジャーマンとは長い付き合いでね! 気さくな良い奴なんだ!」
ドラコから降りたアレスは、シャルロットを横抱きにしたまま歩き出した。
岩壁と岩壁の間の隙間を通る。
今にも岩に挟まれてしまうのではないかという圧迫感。
それと岩壁周辺に着いた時から向けられる、身を貫くような鋭い視線にシャルロットは自然と警戒心を強めていた。
「大丈夫だ、シャルロット! ここの者達は俺のことを知ってくれている。怖がらなくとも平気さ!」
「申し訳ございません。アレス様とご一緒でありながら、失礼な態度を致しました」
「気にしないでくれ! 初めての場所なのだから、警戒して当然さ」
少しばかり気配が鋭くなっていたことを指摘され、シャルロットは深く息を吸い込む。
(剥き出しの敵意につい反応してしまいました。それを察するとは、アレス様は気配を読む力がお強いご様子。気を付けなければなりません)
深く息を吐き出して心を鎮める。
常に冷静であれと自身に言い聞かせ、シャルロットはアレスに身を委ねた。
刺すような視線を受けながらも、二人は岩壁の端まで辿り着く。
岩壁という門を抜けた先には、草木の茂る野原が広がっていた。
豊かな自然を感じさせる風景の中に、人と同じサイズのシルエットが見えてシャルロットは目を凝らした。
「久しぶりじゃねェか、アレス!」
野原に大きな声が響く。
「久しぶりだな、ジャーマ! 話があって来たんだ!」
(あれが火蜥蜴王ジャーマン?)
わっと声を上げるアレスに抱かれたまま、シャルロットは目の前の人影を凝視した。
影は遠くにあり、その細部は目を凝らしても判断が不可能だ。
魔導コアを用いて視力を上げようかと考えた刹那、影がフッと煙のように消えてしまう。どこへ消えたのかと思う間もなく、シャルロットを奇妙な形の影が覆い隠した。
「おォ? 何持ってンだと思ったら、ニンゲンかよ!?」
ガラの悪い声色と、視界一杯に広がる爬虫類の顔にシャルロットは息を飲む。
縦長の瞳孔がじろりとシャルロットを睨みつけていた。
小さな二つの鼻孔に、びっしりと鱗に覆われた平べったい顔。
大きく横に裂かれた口の端からは、ちろりと赤く、長い舌が覗いていた。
身の丈はアレスと同程度かという程の、爬虫類に似たこの生物こそが火蜥蜴王ジャーマンである。
「俺の伴侶……となる、シャルロットだ! そんな目で見ないでくれ! 彼女が驚いてしまう!」
シャルロットをジャーマンの視線から庇うようにして、アレスはジャーマンに背を向ける。ジャーマンはけらけらと悪びれもせずに笑いながら、シャルロットを再び覗き込もうと長い首を伸ばした。
地面に降ろされながら、シャルロットはジャーマンの姿を観察する。
二足歩行をする巨大な蜥蜴はその体に鎧を纏っていた。胴体を守るオーソドックスな胸当てと、足を守る脛宛。腰にはぐるりと長い布が巻かれていた。
全身真緑の皮膚は鱗で覆われ、いかにも頑丈であるといった様子だ。
(何よりも特筆すべきは筋肉質な太い脚。目の前から消えたとしか思えない高速移動を可能とする脚力は脅威といえます。そして太く逞しい尾。鞭のように振り回せばそれだけで武器となるでしょう。油断なりません)
シャルロットはドレスの両端を摘まみ、慣れた様子で一礼をする。
「お初にお目にかかります。アレス様の伴侶となる者、シャルロット・ダークロウズと申します」
澄ました顔で膝を折るシャルロットに、ジャーマンは口笛を鳴らす。
「へぇ! 随分肝っ玉が据わったニンゲンじゃねェか! お前、中々面白いモン見つけたなァ?」
「シャルロットに失礼だぞ! 彼女に度胸があることは真実だが、言い方というものがあるだろう!」
「知らねェよ。俺には関係ねェし。で? 何だお前、わざわざ嫁さん見せに来たのかァ」
「それもあるが、本題は違うんだ。ジャーマン、君に頼みがある!」
「ンだよ、改まって。言ってみろよ」
「俺と同盟を組んで欲しい! そして、皇帝を倒す協力をしてくれないか!」
「はァ?」
あまりにも簡潔なアレスの説明に、ジャーマンの口からは呆けたような声が飛び出てしまうのだった。




