第十話 トルキア大陸の王達
「アレス様、私にこのトルキア大陸のことを詳しく教えて頂けませんか。私は恐れ多くもアレス様の伴侶となる身。この世界を知っておかねばなりません」
「なんて勤勉なんだ! よし、ニャンクス頼む!」
アレスの掛け声をまるで待っていたかのように、ニャンクスⅡ世が入り口からひょっこりと顔を覗かせた。
「畏まりました! って、アレス様! ご自身で説明されればよろしいでしょうに!」
「俺は説明が下手なこと、分かっているだろう? シャルロットにしっかり分かってもらう為には、ニャンクスの説明の方が絶対に良い!」
「それは英断でございますな! では、このニャンクスⅡ世。シャルロット様にトルキアの現状をお話しさせていただきましょう」
「よろしくお願いいたします」
ニャンクスⅡ世は懐に手を突っ込む。
教鞭を取り出すと、先端を引っ張り長く伸ばし、ぴしゃりと真っ白な壁を叩いた。
すると不思議なことに、壁には世界地図のようなものがふわりと浮かび上がる。
縁に所々凹凸があり、駆けた部分もある円形のそれはトルキア大陸を示しているのだとシャルロットは即座に理解した。
「既に昨日、アレス様とともに上空から見下ろしお気づきになったかもしれませんが、このトルキアの大地は円形をしております。そしてアレス様の居城セントラルパレスはその名の通り、大陸の中央に位置しているのです!」
そう言えば城の名前も初めて聞いたと思いながら、シャルロットは首を縦に振る。
「アレス様はこのセントラルパレスを拠点に大陸の中心部を治めておられます。まぁ、言っても領地の大半が荒野なのですがね!」
「そう! 俺の領地は大概が荒野なので、治めていると言っても特に何もしていないんだ!」
「では、昨日狩りに入ったあの森は、また違う王の治める森なのですか?」
「ああ! あの森は幻竜王タイフォーンが治める森なんだ。許可を得て、狩りをさせてもらっている!」
「幻竜王様は初代様の頃からお付き合いのある御方、アレス様とも懇意にさせていただいているのです!」
初代とはアレスの三代前の人物である。
昨日聞いたアレスの話から考えて、幻竜王タイフォーンは少なく見積もっても三千年以上は生きているのだとシャルロットは考える。現世では考えも及ばないスケール感に、思わず笑いそうになってしまった。
「森を治める幻竜王タイフォーン様、海を治める海月王ファラ様、そして岩山を治める火蜥蜴王ジャーマ様の御三方とアレス様が各地の王となり、このトルキアの地を支えておられるのです!」
「成程。このトルキアの事情が良く分かりました。ありがとうございます。つまりアレス様はその三人の王に協力を求めるおつもりなのですね?」
「そういうことになるな! 三人共中々にクセが強いが、必ず俺が説得して見せる! 君の為に!」
「シャルロット様に良い所をお見せする大チャンスですからね! 張り切って参りましょうぞー!」
アレスとニャンクスⅡ世が大いに盛り上がる。
まずは何処から話に行こうかと騒ぐ二人を前にして、シャルロットはおずおずと声を掛けた。
「アレス様。同盟締結への旅路、私もご一緒しても構いませんか? 伴侶となる者、いついかなる時も側で夫を支えたいのです」
アレスは目を丸くして驚いて、それからうるうると瞳を潤ませた。
「シャルロット! もちろんだとも! 君が居てくれれば俺も心強い!」
「アレス様のお役に立てるのならば光栄です」
「よし、そうと決まれば早速行動に移そう! だがその前に、朝食はしっかり食べておこう!」
再びナイフとフォークを手にアレスは食事を再開した。
良く食べるものだと少し呆れた様子で眺めながら、シャルロットもまた小皿に盛られたサラダに手を伸ばした。
目的の為にならば努力を惜しまず、手段を選ばないのがシャルロットという女である。
それ故、腹が減っては戦は出来ぬという心得の元、異界の素材を使った料理であってもシャルロットは気にせず食すのだった。
朝食に舌鼓を打ち、それから支度を整えてシャルロットはアレスと共に玉座の間に赴いた。
吹き抜けの窓の外には、アレスの愛竜ドラコが既に顔を覗かせたいた。いつでも出られるという合図である。
「さて! まずはジャーマの所へ行こうと思うのだがどうだろうか!」
アレスの問いに、ニャンクスⅡ世は笑顔で頷く。
「よろしいかと思います! ジャーマ様とアレス様は友好関係にありますからな!」
「よし! ニャンクス、留守を頼む!」
「承知いたしました! どうかお気をつけて~!」
頭を深々と下げるニャンクスⅡ世に見送られ、アレスは横抱きに抱えたシャルロットと共にドラコの背に乗った。
二人が背に乗ったことを確認して、ドラコが大きく翼をはためかせる。
あっという間にドラコの巨体は空を舞い、暗雲立ち込める空に近付いた。
翼を広げ、風を切ってドラコが飛ぶ。
向かう先は切り立った岩肌が並ぶ、一際過酷な環境を容易に想像させる岩山である。




