第6話 コーヒーと優しさに包まれて
今日もポプリでは常連客たちが楽しそうにコーヒータイムを過ごしていた。
けれど、その輪の中で、ひとりだけ元気のない姿があった。
「陽菜乃ちゃん、今日はなんだか元気ないわね。何かあったのかしら?」
「そうだなぁ。いつもは楽しそうに笑ってるのにな」
マリーやダニエル、常連客たちが心配そうに目を向ける。
するとミーナがすっと近寄り、優しく声をかけた。
「陽菜乃さん…。元気がないみたいだけど、大丈夫?」
「えっ……ううん、大丈夫だよ」
陽菜乃は慌てて笑みを浮かべるが、それが無理をしているものだとすぐに分かってしまう。
「無理して笑わなくていいのよ」
マリーがそう言って、湯気の立つコーヒーをそっと差し出した。
カップを見つめてしばらく黙り込んでいた陽菜乃は、一口飲んでから、ポツリポツリと語り始めた。
「……私、自分の世界に戻るのが少し怖くなっちゃって」
陽菜乃は現在親元を離れ一人暮らしをしている。地元は県外のため、両親はもちろん、友達にも会うことはなかなか難しい。
夢だった旅行代理店に勤め、希望していた部署とは違う場所に配属されたが、自分なりに努力を重ね、やっと少しずつ認めてもらえるようになってきたところだ。
「だけど、最近ちょっとしたミスをしちゃって。先輩たちにフォローしてもらって、何とか無事に済んだんですけど…。なんか情けなくなっちゃって…。あんなに頑張って頑張って、結果がこれで、先輩たちにも迷惑かけちゃって…」
おまけに、会社の同期で、一番仲の良い友人と大きな喧嘩までしてしまったようだ。
「彼女は、今回の私のミスの事も話を聞いてくれて、色々慰めてくれたんですけど、実は彼女、私の行きたかった部署に配属されて、毎日楽しそうで、だからつい、言いたく無いことも言っちゃって…」
話し終えた陽菜乃に、マリーは少し笑みを浮かべて頷いた。
「ミスをしない人なんていないわ。私なんて、数えきれないくらい失敗したもの。けど、そのたびに誰かに助けてもらって、なんとかやってこられたの。陽菜乃ちゃんも、先輩やお友達に支えてもらえたんでしょう? それって、ちゃんと信じてもらえてる証拠よ」
マリーは一度カップを見つめ、それから言葉を続けた。
「大事なのは、その経験をどう活かすか。そして、今度は陽菜乃ちゃんが、誰かを助けてあげればいい。ね?」
「……」
「それにね、私は娘を助けてくれた陽菜乃ちゃんに、本当に感謝してるの。だから、疲れた時はいつでもここに来て。ここは休む場所だから。無理して頑張らなくていいのよ。話したい時に話してくれたら、それだけで十分」
そう言って、マリーは新しくコーヒーを淹れ直して差し出す。
その温かさが、陽菜乃の胸の奥までじんわりと沁みていった。
「……ありがとうございます。私、友達と仲直りして、先輩たちにも少しずつ恩返ししていきたいです。頑張りすぎないように、頑張りますね」
ペコリと頭を下げる陽菜乃の表情は、来た時よりも柔らかく、どこか晴れやかに見えた。
「ふふ、陽菜乃さん。元気そうになって良かった」
ミーナがにっこり笑うと、陽菜乃も少し照れくさそうに笑みを返した。
そのやり取りに、マリーもダニエルも常連客たちも安心したように頷き合う。
気付けば、ポプリの店内はいつものように、穏やかで温かな空気に包まれていた。




