第2話 幸運を運ぶヨーグルト
「…確か、この辺りだったはず…」
あの不思議な体験から一週間。
陽菜乃は、仕事に追われる慌ただしい日々を過ごしていた。ようやく一段落ついた今日、ふと思い出したのは、あの日の喫茶店。あの道を探して歩いていたが、見慣れた通りばかりが続き、店の影すら見つからない。
「やっぱり、そんな簡単に行けないよね…。もう一度行きたかったなぁ」
小さくため息をこぼし、疲れた体を引きずるように帰宅する。
「ただいまー」
一人暮らしのため、もちろん返事はない。
床に腰を下ろすと、ふと目に入った雑誌を手に取り、何気なくページをめくった。
途中、挟まっていたのは小さな花のモチーフのキーホルダー。
「これ…。確か、あの時の…。可愛いし、鍵につけちゃおっと」
壊れていたキーホルダーの代わりにちょうど良い。取り付けると、少し心が和らぐ。
その後、雑誌に載っていたカフェを見つけ、「明日は休みだし、ここに行こう」と決めて眠りについた。
⸻
翌朝。
気持ちのいい空気の中、目的のカフェへ向かって歩いていると、ふと見覚えのある道が目に映る。
「えっ…?」
心臓が跳ねる。足が勝手にそちらへと進んでいき――
目の前に、あの日と同じ喫茶店「ポプリ」が姿を現した。
「本当にあった…!」
躊躇う間もなく扉を押し開ける。
「いらっしゃいませ……あら、この間のお客様!」
カウンターに腰を下ろすと、店主マリーが微笑みながらメニューを差し出した。
興奮気味の陽菜乃は、思わず早口になる。
「あのっ、この前も探したんですけど全然見つからなくて!今日はたまたま通ったら急に道が出てきて……これってどういうことなんですか?」
慌てる彼女に、マリーは苦笑しながら水を差し出す。
「落ち着いてください。――それに、その答えは、すでにお持ちですよ」
視線の先にあったのは、陽菜乃の鍵に付いた花のキーホルダー。
「これ、ですか?」
「えぇ。その花は、ポプリに使っている特別な素材。外の世界の人がこの通りを見つけるには、“こちらの世界の物”が必要なんです。そのキーホルダーも、うちで作ったものですよ」
「えっ……じゃあ、これをくれた子って…」
「おそらく、私の娘のミーナでしょうね」
驚きで目を瞬く陽菜乃。
「でも…私にこれをくれた子は、人間の女の子でしたよ?」
「ふふ。こちらの世界ではみんな擬態が出来るんです。小さな子でも一時的にできるんです。ただ長くは持たないから、本当は外では使わないようにと言ってあるんですが…ね」
⸻
その後、注文を聞かれた陽菜乃は、メニューに目を走らせて思わず首を傾げた。
「あの、『1日を占うモーニング』って?」
「デザートにヨーグルトが付いてくるんですが、その果実の種類によって、ちょっとした“今日の幸運”が分かるんです」
「へぇ…おもしろい!」
興味をそそられ、オムレツモーニングを注文する。
ほどなくして運ばれたお皿は、香ばしい香りのパンとスープ、ふんわりとしたオムレツにサラダ。
添えられたヨーグルトは――どう見てもただのプレーンだった。
「……あれ?」
声をかけようとしたその時。
「ママー、おはよー」
二階から眠そうに降りてきたのは、猫耳の小さな少女。ミーナだった。
とたんに陽菜乃の顔がほころぶ。
「おはようございます。また来ちゃいました」
「わぁ!ほんとに来てくれた!会いたかったから嬉しいです!」
ぱぁっと笑顔を向けるミーナに、陽菜乃も自然と笑みを返す。
「あ!ねぇねぇ、そのヨーグルト、混ぜてみて!」
言われるままスプーンでゆっくりとかき混ぜると――白い色が淡いオレンジへと変わっていった。
「わぁ、オレンジヨーグルトだ!」
「オレンジはね、“今欲しいものが手に入る”って意味なんです」
「……!」
陽菜乃の胸に、あたたかいものが広がる。
思わずミーナを見つめて笑うと、ミーナは理由が分からず首をかしげていた。
「今日も、いい一日になりそう。ご馳走様でした!」
軽やかに席を立つ陽菜乃を、マリーとミーナは優しい笑みで見送った。




