第18話 水晶が映したもの
例の事件から数週間。
ポプリはもちろん、ダニエルもマリーも陽菜乃も、何事もなく平穏な日々を過ごしていた。
「それにしても……あれから何もないなんて、不思議ですねぇ」
カウンター越しにつぶやいた陽菜乃に、マリーがじとっと笑みを向ける。
「あら、陽菜乃ちゃん。何か“あった方”が良かったのかしら?」
「ち、違いますってば!あんなに偉そうに怒鳴ってたのに、何もしてこないのが変だな~って思っただけですよー!」
慌てふためく陽菜乃に、マリーは肩を揺らしてクスッと笑った。
「実はね……陽菜乃ちゃんには、まだ言ってなかったことがあるの」
***
あの事件の翌日。
ダニエルは馬を飛ばし、王都の王宮へ向かっていた。
問題の男――隣国の名門、公爵家の当主であり建国祭視察隊の隊長であるイーンフェルネス公爵――は、王宮に着くや否や陛下への謁見を求め、自分は被害者であるかのように誇張して訴えた。
「この国では、他国の視察隊への非礼が許されるのですかな……?」
と。
しかし陛下は、重く静かな声で告げた。
「公爵。そなたの言い分は、ほかの者から聞いた話と大きく異なるが……どういうことなのかの?」
「ほ、ほかの者……?」
その声に答えたのは、恭しく跪く一人の男。
「はい、陛下。私の記憶とは、まったく異なっております」
「なっ……!!貴様はあの時の獣人!なぜここに――!」
公爵が叫んだ瞬間、陛下の怒声が玉座の間に響いた。
「黙らぬか!!」
公爵は蒼白になりながら抗弁する。
「し、しかし陛下!そやつは獣人にございます!そのような者の言葉を信じるなど――」
「それがどうした!彼は我が直轄・近衛師団の師団長。国で最も信頼する者のひとりじゃ!」
「なっ……師団長……!?」
公爵の顔から血の気が引く。
だがなおも、
「獣人如きが……嘘をついている可能性も――」
と言いかけたところで、
「公爵は、わしの任命に非があると言うのか?」
陛下の声音は冷たかった。
「人の上に立つ者が、種族で人を測るようでは、この国に立ち入る資格はない!
即刻、国境を越えて立ち去るがよい!」
「お、お待ちを!証拠は……証拠はあるのでしょうか!」
その必死の叫びに答えたのは、ダニエルだった。
「証拠なら、ありますよ」
そう言って彼が差し出したのは――何の変哲もないボタンだった。
***
「その時ダニエルが取り出したのが、このボタンよ」
マリーが手のひらで転がすそれに、陽菜乃は見覚えがあった。
「あっ……ミーナちゃんへのお土産の……?」
「ピンポーン!大正解♪」
「でも、ただ音が鳴るだけの……?」
「実はね、このボタン。押すと一定期間、その場の映像が王宮の水晶に記録される仕組みなの」
「……え、監視カメラみたいな……?」
これが決定的な証拠となり、公爵の悪行は全て陛下の前に露わになった。
その後彼は強制送還。
自国に帰った後も、過去、公爵の指示のもと行われた悪事が次々と明るみに出て、爵位も領地も剥奪され、辺境へ飛ばされたという。
ダニエルが帰省に合わせて密かに国境周辺の様子を見張っていたのは、他国の来賓がベルノートを訪れる時期だからだ。
あの日も、部下から怪しい一団の報告を受け、ダニエルは密かにボタンを押していたらしい。
「なんというか……すごい連携というか……!というか!近衛師団の師団長って!!ダニエルさん、そんな凄い人だったんですね!」
陽菜乃の興奮に、マリーは嬉しそうに目を細めた。
「陛下はね、人間でも亜人間でも、どんな種族でも差別を許さないお方なの。
だからこそ、ダニエルの働きを正当に評価し、信頼してくださっているのよ」
(だから……初めてこの国に来たとき、誰も違和感なく接してくれたんだ。
“みんな平等”が、この国の当たり前なんだ……)
「私たちもね、陛下から頂いた信頼に応えていかなきゃって、いつも思ってるの」
ベルノートの平和や、国の安寧。
それは、陛下の意思と、ダニエルたちの静かな働きの積み重ねによって守られている。
おかげで今、華やかな建国祭が開かれているのだ。
小さな差別が、大きな争いを生むこともある――。
今回の出来事は、陽菜乃にその大切さを強く刻み込んでいた。
「……あれ?ということは……マリーさんも王宮の関係者だったり……?」
「ふふ、それはどうかしら?」
「え~っ、教えてくださいよぉ!」
陽菜乃が身を乗り出すと、マリーは意味深に微笑んだ。
実は――彼女こそ、以前王宮のメイド長として皆を束ねていた存在であることを、陽菜乃はまだ知らないのだった。




