第17話 ポプリの誇り
建国祭を前に、ベルノートの街は日ごとに賑わいを増していた。
首都までは馬車で数日の道のり。建国祭には国内外から多くの来賓が招かれ、観光客も続々と訪れる。
隣国に接するベルノートの街にも、首都へ向かう旅人や視察隊の姿が多く見られるようになっていた。
――そんな中、不穏な足音が「ポプリ」へと近づいていた。
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「こんにちはー!」
今日も元気にポプリへやってきた陽菜乃。
扉を開けると、カウンターの奥に懐かしい顔が見えた。
「ダニエルさん!帰って来られてたんですね!お帰りなさい!」
「今しかゆっくり休めないからねぇ」
首都で働くダニエルは、建国祭本番で忙しくなる前に、毎年こうして一度帰ってくるのだ。
「パパ、いっぱい遊ぼうね!」
久しぶりの再会に、ミーナもマリーも嬉しそうな笑顔を浮かべる。
ダニエルもまた、あれもしたい、これもしたいと指折り呟いている。
そんな温かな空気が流れる店内に――突然、乱暴な音が響いた。
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バタンッ!
扉を勢いよく開け放ち、数人の一団が店に踏み込んできた。
派手な服装の男を中心に、従者らしき者たちが控えている。
「おいおいおい! なんだこの街は!」
「住人も客も獣人ばかりじゃないかぁ! 人間様の食べられるものなんてあるのか? はっはっは!」
大声で笑いながら店を見渡すその男に、陽菜乃の眉がピクリと動く。
(……なに、この人。感じ悪っ)
男は陽菜乃の視線に気づき、わざとらしく近づいてきた。
「見慣れぬ服装だな。……人間のようだが、そんな獣臭い連中とつるむなど恥ずかしくないのか?
人間様が獣人ごときと馴れ合うなど、あってはならんことだ!」
ブチッ。
陽菜乃の堪忍袋の緒が、ぷつりと切れた。
「うるさいわね!
あんたがどこの誰か知らないけど、そんな偉そうに差別して何様のつもり?
この街の人たちのこと、何も知らないくせに勝手なこと言わないで!」
「なっ……貴様! この私に向かって――!」
ドンッ!
男が陽菜乃を突き飛ばした。
「きゃっ!」
「陽菜乃ちゃん!!」
「陽菜ちゃん!!」
ミーナとマリーが駆け寄り、ダニエルの顔が一瞬で険しくなる。
(……よくも、陽菜乃ちゃんを)
ギリ、と拳を握りしめ、ダニエルは男の前に立つ。
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「すみませんね、お客さん」
穏やかな声だが、その瞳は鋭く光っている。
「うちは、どんな種族でも対等にお客様として迎える店です。……ですが、貴方は違う」
「はぁ?」
「貴方は客でもなんでもない。
この店の敷居を跨ぐ資格はない。
身分がどれだけ高かろうと、ここでは関係ない。
――今すぐ、この街から出て行ってください!」
その迫力に、男は一瞬たじろぐ。
「き、貴様……! 覚えていろ!
私はこれから陛下に会いに行くんだ!
この店のこと、しかと報告しておいてやる! 潰れても知らんぞ!!」
捨て台詞を残し、一団は足早に去っていった。
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静まり返る店内。
陽菜乃が小さく息をつき、うつむいたまま口を開く。
「ダニエルさん、マリーさん……ごめんなさい。
私、つい頭にきちゃって……」
「大丈夫だよ、陽菜乃ちゃん」
ダニエルが優しく首を振る。
「私たちのために怒ってくれて、ありがとう」
「で、でも、“陛下に報告する”って……」
「大丈夫。見ていた人もたくさんいるし、どうにかなるさ」
ダニエルとマリーは目を合わせ、静かに頷き合う。
「そんなことより、陽菜乃ちゃん、怪我してない?」
マリーが支えながら声をかける。
「うん……大丈夫」
安堵したように笑う陽菜乃の頭を軽く撫で、ダニエルは店の奥へと歩いていった。
その背中には、決意のようなものが宿っていた。
――翌朝。
薄明の街道を、馬を駆る一人の男の姿があった。
行く先は首都。
真相を知るのは、もう少し先のことだった。




