第13話 白の巡りと風色旅
雪祭り当日の朝。
はやる心を抑えきれず、陽菜乃は足早にポプリへと向かう。
ベルノートの街に着くと、いつもより多くの人々で賑わっていた。
どうやら街の外から来た客も多いらしく、通りは活気に満ちている。
普段は獣人の姿が目立つが、今日は人間の姿もちらほらと見える。
もちろん、それもこちらの世界の住人たちだ。
「おはようございます!」
扉を開けると、店内にはいつもの常連客のほかに、見慣れない顔も並んでいた。
「陽菜乃ちゃん、いらっしゃい」
マリーが温かなおしぼりを差し出す。
「ありがとうございます!あったまる〜」
「今日は雪祭りだから、少し忙しくなるかも。ごめんね」
そう言うと、奥のテーブル席から声がかかり、マリーは軽やかに注文を取りに向かう。
その横で、陽菜乃の姿を見つけたミーナが、ぱっと笑顔を見せて駆け寄ってきた。
「陽菜乃さん、おはようー!雪、いっぱい積もったね!」
「うんっ、雪祭り日和だね!」
差し出されたお水とメニューを受け取りながら、陽菜乃はふと店内を見回した。
「それにしても、今日はすごい賑わいだね」
「うん!ベルノートの “白の巡り・雪祭り”は、この国の外でも有名なんだよ。
ベルノートの隣は別の国だから、そっちからもたくさん来てるんだ」
陽菜乃はふんふんと頷きながら、聞き慣れない言葉に首をかしげる。
「ねぇミーナちゃん、“白の巡り”って何?」
「今みたいに雪が降る頃のことだよ? 陽菜乃さんの国では違うの?」
なるほど、と納得して陽菜乃は答える。
「うん、私たちはそれを“冬”って言うの」
「ふゆ……」
ミーナはその言葉をゆっくり口にして、にこっと笑った。
「なんか、可愛いね」
その笑顔につられて、陽菜乃も思わず笑ってしまう。
──そういえば、この世界には“春夏秋冬”という言葉がないのかもしれない。
けれど、ピクニックの時に感じたように、四季そのものは確かに存在している。
「ミーナちゃん、“四季”って分かる?」
「……しき?」
やっぱり、初めて聞く言葉のようだ。
「えっとね、“白の巡り”の後に暖かい頃、暑い頃、涼しい頃が順番に巡ってくることを、私たちは“四季”って言うんだ」
ミーナが考え込んでいると、カウンター越しにマリーが優しく口を開いた。
「それなら、こっちにも似た言葉があるわ。“風色旅”っていうの」
「風色旅?」
「ええ。暖かい頃の風、暑い頃の風、涼しい頃の風、寒い頃の風──
それぞれの風が順番にこの国を旅していく、という意味なの」
そう言ってマリーは微笑みながら続けた。
春は花々が咲く“芽吹きの巡り”、
夏は日が長く夜が短い“陽の巡り”、
秋は実りの季節“実りの巡り”、
そして今が“白の巡り”。
こちらの世界では、そうして季節の移り変わりを表すらしい。
「すごい……素敵な言葉ですね」
陽菜乃は感嘆の声を漏らした。
異世界でも、日本と同じように四季があって、
それぞれの季節を愛おしむ言葉があることが嬉しかった。
コーヒーや紅茶、数字や色の呼び方など、似ている言葉、同じ言葉は多い。
けれど、少しずつ違う表現や感性が、この世界をより魅力的にしている。
(普通に言葉が通じるし、今まで違和感なく会話も出来ていたから特に気にしてなかったけど──
これにも、ちゃんと理由があるのかも知れないな…)
窓の外では雪がまた舞い始める。
思索に沈む陽菜乃を横目に、ミーナは雪祭りに出かける支度を始めていた。
その頃、街の中心にある噴水広場では、雪祭りの受付が始まっていた。
参加者は一人ずつ名前を告げると、雪の結晶を模した小さなバッジを受け取る。
胸元やマフラーにそれをつけた人々が、次々と広場に増えていき、今か今かと開始を待っている。
遠くで子どもたちの笑い声が響き、白い息が空に溶けていった。
やがて──街の向こうの教会から、澄んだ鐘の音が響き渡る。
それが、「宝探し」の始まりの合図だった。
この街に暮らす人々も、遠くから訪れた旅人も、みんなが雪のきらめきの下で同じ時間を過ごす。
ベルノートの雪祭りは、ゆっくりと幕を開けようとしていた。




