プロローグ
「……ここ、どこ……?」
葉山陽菜乃は、見慣れない街角に立ち尽くしていた。
午後の光が斜めに差し込み、淡く石畳を照らしている。考えごとをしているうちに、いつの間にか知らない通りに迷い込んでしまったらしい。
両脇には古びた建物が立ち並び、まるでヨーロッパの古都を思わせるノスタルジックな景観が広がっていた。
どこか現実離れしていて、けれど、心惹かれる――そんな空気を纏っている。
その一角に、妙に目を引く建物があった。
静かに佇むその店は、まるで時間から取り残されたように、ひっそりと存在感を放っていた。
看板には見慣れない文字が描かれている。
「……ポプ、リ……?」
初めて見るはずの言葉。それなのに、不思議と読めてしまった。
この場所には、“普通じゃない何か”が潜んでいるような気がする。
陽菜乃は、戸惑いながらも意を決して扉に手をかけた。
扉を開けると、木の香りがふんわりと漂ってくる。
店内の中央には、大きなシンボルツリーが根を張り、枝葉を広げていた。
レトロなテーブルとイス、木製のカウンター――そこには穏やかな空気が流れている。
一見すると、落ち着いた雰囲気の喫茶店。
だが、どこか違和感がある。
ふと周囲を見渡すと、そこにいたのは――見たことのない姿の“人々”だった。
尖った耳、毛皮に覆われた肌、異形の尾や瞳。
まるで異世界の住人のような“亜人”たちが、当たり前のようにコーヒーを飲み、談笑している。
客だけではない。店員までもが、全員人間ではなかった。
そのとき、奥から現れた一人の獣人が陽菜乃に気づき、にこやかに声をかけてきた。
「あら、これは珍しい……人間のお客様だなんて。ようこそ、いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
驚きながらも、陽菜乃は空いていた窓際の席に腰を下ろす。
「い、いらっしゃいませ! こちら、メニューになります。決まりましたら、お呼びください」
白い猫耳の、可愛らしい獣人の子どもが、小さな声で一生懸命にメニューを差し出してくれる。
さきほどの獣人と親子なのだろうか。無垢な仕草に、思わず頬が緩んだ。
(……私、夢でも見てるのかな。
じゃないと、この状況、説明つかないよね……)
この不思議な出会いをきっかけに、陽菜乃は様々な“異世界の住人”たちと出会い、思いがけない経験を重ねていくことになる――。
だが、それはまだ少し先の話。