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第3話 巣穴の主、孤独な牙

 二人の人間プレイヤーを屠った後、アズールは改めて自身が確保した洞窟の吟味を始めた。入り口はインプ一匹がようやく通れる程度の狭さで、大型の獣や人間が容易に侵入するのを防いでくれるだろう。内部は意外に広く、いくつかの小さな横穴や窪みが存在し、隠れる場所には事欠かない。最奥部は完全に光が遮断され、アズールにとってはむしろ心地よい闇が満ちていた。


「まずは寝床の確保と、罠の設置だな」


 独りごちながら、アズールは行動を開始した。手に入れた粗末なローブを寝床らしき窪みに敷き、わずかながらも快適性を確保する。次に、洞窟の入り口から内部の通路にかけて、いくつかの初歩的な罠を仕掛けた。足元に巧妙に隠した小さな落とし穴、不安定に積み上げた石ころによる落石トラップ、そして通路の曲がり角には、木の枝を削って作った粗末な刺付きの障害物。これらは本格的な侵入者に対しては気休め程度にしかならないかもしれないが、それでも無いよりはマシだ。少なくとも、奇襲を受けるリスクは軽減できるだろう。


 作業を終え、手に入れたHP回復ポーションを一口飲むと、消耗していた体力が僅かに回復するのを感じた。まだレベル2。先は長い。


「次は、この巣の周辺の探索と狩りだ。力を蓄えねば、蹂躙など夢のまた夢」


 アズールはドロップ品のショートソードを手に取った。インプの小さな手には不格好で、重量バランスも悪い。しかし、素手の爪よりは遥かにマシな攻撃力とリーチをもたらしてくれるはずだ。数度素振りをしてみるが、まだしっくりこない。それでも、この新たな牙を使いこなす必要があった。


 洞窟の外へ慎重に顔を出す。周囲は鬱蒼とした森で、昼間でも薄暗い。木々の間からは、様々な野生動物や低級モンスターの気配が感じられた。アズールは《隠密》スキルを意識し、音を立てないように森の中へと進んでいく。


 最初の獲物は、巨大な牙を持つネズミ型のモンスター「ダイアラット」だった。レベルはアズールと同じくらいか、少し下だろう。二匹が群れで行動していた。


(一匹ずつ、確実に仕留める)


 アズールは茂みに身を潜め、機会を窺う。ダイアラットが互いに少し離れた瞬間、彼は地面を蹴った。狙いは一体の首筋。ショートソードを逆手に持ち、突き刺すように繰り出す。


 ザシュッ!


 鈍い手応えと共に、ダイアラットが甲高い悲鳴を上げた。浅手だが、怯ませるには十分だ。もう一体が警戒してこちらを睨むが、アズールは構わず追撃を加える。爪と剣を組み合わせ、ダイアラットの動きを的確に封じながらダメージを与えていく。まだ剣の扱いはぎこちないが、それでも確実に敵のHPを削り取っていった。


 数分後、二匹のダイアラットは光の粒子となって消え、アズールの足元には数枚の汚れた毛皮と、僅かばかりの経験値が残された。


「ふむ、こんなものか。剣の扱いは練習が必要だな」


 アズールは息を整え、次の獲物を探す。森の奥へ進むにつれて、遭遇するモンスターの種類も増えていった。毒を持つ巨大な蜘蛛「フォレストスパイダー」、硬い甲羅を持つ亀「ロックタートル」、空を飛び回る煩わしい羽虫「スティンガーフライ」。アズールは敵の特性を見極め、時には真正面から戦い、時には奇襲をかけ、時には一時撤退して体勢を立て直すなど、臨機応変に戦術を切り替えた。


 特に飛行能力は、この段階では非常に有効だった。スティンガーフライのような飛行モンスター相手には空中戦を挑み、地上モンスターに対しては、攻撃を仕掛けた後に素早く飛び上がって距離を取り、一方的に攻撃を加えることも可能だった。


 戦闘を重ねるうちに、ショートソードの扱いにも徐々に慣れてきた。最初はただ振り回すだけだったが、突き、斬り上げ、受け流しといった基本的な剣技の真似事ができるようになっていく。それに伴い、《爪攻撃》だけでなく、《ショートソード術 Lv.1》という新たなスキルも獲得した。


 【レベルアップ! Lv.2 → Lv.3】

 【スキル《隠密》の熟練度が上昇しました。Lv.1 → Lv.2】

 【スキル《飛行》の熟練度が上昇しました。Lv.1 → Lv.2】

 【スキル《ショートソード術 Lv.1》を獲得しました】


 レベルアップによるステータス上昇は微々たるものだが、それでも確実に自分が強くなっていく実感があった。ドロップアイテムも少しずつ溜まっていく。モンスターの素材は、今のところ使い道が不明だが、いずれ何かの役に立つかもしれない。稀に、他のプレイヤーが落としたのか、あるいは低級モンスターがドロップするのか、粗末な布の服や革の小手といった装備品も手に入った。それらを身に着けることで、僅かながら防御力も向上した。


 狩りを始めて数時間が経過した頃、アズールは森の開けた場所で、数人の人間プレイヤーの姿を遠望した。彼らはパーティーを組んでおり、何やら周囲を警戒しながら移動している。その中には、以前アズールが倒した戦士風の男や魔法使い風の女と似たような装備の者もいる。


(……報復か、あるいはただの偶然か)


 アズールは木の陰に身を隠し、彼らの動向を注意深く観察する。彼らは何かを探しているように見えた。時折、地面を指さしたり、周囲を見回したりしている。その表情は真剣で、以前の二人組のような軽薄さは感じられない。


 しばらく観察を続けていると、一人のプレイヤーが地面に落ちていた何かを拾い上げた。それは、破れた羊皮紙の切れ端のように見えた。そのプレイヤーは仲間たちにそれを見せ、何事か話し合っている。距離が離れているため内容は聞き取れないが、緊迫した雰囲気が伝わってきた。


(あの羊皮紙……もしかすると、俺に関する情報か?)


 アズールは直感的にそう感じた。彼が倒したプレイヤーたちが、仲間やギルド、あるいはゲーム内の掲示板のようなものに、「危険なインプ」の情報を流したとしても不思議ではない。だとすれば、あのプレイヤーたちはアズールを探しに来た討伐隊、あるいは情報収集部隊の可能性が高い。


 まだ今の自分では、あのパーティーと正面から戦うのは無謀だろう。しかし、この事実はアズールにとってむしろ好都合だった。自分の存在が、早くも人間たちの間で噂になり始めている。それは、彼の「蹂躙」計画が順調に進んでいる証左に他ならない。


「ククク……もっと恐怖しろ、人間ども。俺の名はまだ、始まりに過ぎん」


 アズールは低く笑い、その場を静かに離れた。今はまだ力を蓄える時。彼らと事を構えるのは、もう少し強くなってからでも遅くはない。


 洞窟に戻ったアズールは、狩りで得た経験値で再びレベルアップを果たしていた。


 【名前】アズール

 【種族】インプ Lv.4

 【称号】初心者狩りハンター

 【HP】55/55

 【MP】35/35

 【筋力】8

 【耐久力】7

 【敏捷性】12

 【知力】10

 【魔力】9

 【器用さ】8

 【スキル】

  《爪攻撃 Lv.2》

  《石投げ Lv.2》

  《隠密 Lv.2》

  《飛行 Lv.2 (短時間・低空)》

  《回避 Lv.1》

  《ショートソード術 Lv.1》


 初期に比べれば、いくらかマシなステータスになってきた。それでも、まだまだ脆弱な存在であることに変わりはない。


(このままインプでレベルを上げ続けても、限界が見えている。やはり、進化が必要だ)


 アズールは改めて「進化」というキーワードを意識する。インプの種族解説にあった「特定の条件を満たすことで様々な魔物へと“進化”する可能性」。その条件とは一体何なのか。特定のアイテムが必要なのか、特定のモンスターを倒す必要があるのか、あるいは特定のレベルに到達すればいいのか。情報が全くない。


「いずれにせよ、今は力を付けるしかない。より多くの経験値、より強力なスキル、そして……より多くの恐怖を、人間どもに」


 アズールは洞窟の奥、自身の寝床で目を閉じた。消耗した精神を回復させるため、しばしの休息を取る。この仮想世界では、ログアウトしない限り時間は現実と同じように流れ、疲労も蓄積する。効率的な狩りのためには、適切な休息も必要だった。


 どのくらい時間が経っただろうか。

 ふと、アズールの尖った耳がピクリと動いた。

 洞窟の外から、複数の足音が近づいてくる。それも、一つや二つではない。注意深く仕掛けた罠が微かに揺れる音も聞こえる。


(……来たか)


 アズールは音もなく身を起こし、その赤い瞳をギラリと光らせた。その表情には、疲労の色など微塵もなく、むしろ新たな獲物を前にしたかのような獰猛な喜色が浮かんでいる。

 報復者か、それとも新たな贄か。

 どちらにせよ、アズールの巣を脅かす者は、容赦なく排除するのみ。彼はショートソードを握り締め、闇に溶け込むようにして、侵入者を迎え撃つべく身構えた。静寂に包まれた洞窟の入り口で、新たな血の匂いが、今まさに立ち込めようとしていた。

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