ああ、私バカだ~幼馴染の騎士様にからかわれながら、初恋の次期侯爵様と文通する話~
『シュミット様
本日はお日柄も良く、暖かいです。
そちらはいかがでしょうか?
私は最近読んだ本だと「星への旅人」がすごく素敵でした。
主人公のニアがお姫様という地位を捨てて、旅に出るお話です。
そちらの地方にもこの本はあると聞きました。
ぜひ、見つけたら読んでみてください!
あなたと会える日を楽しみにしています。
ジュリア』
ペンをそっと置くとインクを乾かしがてら、窓の外を見つめる。
伯爵令嬢であるジュリアは今しがた書いた手紙をじっと見つめて、照れるように笑う。
「な~に、気持ち悪い顔してにやついてんだよ」
「なっ! キースっ!!!」
ドアをノックもせずに入ってきたのは、彼女の幼馴染であるキースであった。
騎士服に身を纏い、そして眩いほどの金髪に碧眼。
見目麗しくてそれはそれはいろんな令嬢から婚約の申し込みが殺到しているのだが、興味がない、と全て跳ねのけている。
「今日もシュミット様への手紙か?」
ちょっと見ないでよっ!と言いながら、自分の手で隠すと、インクが滲んでしまって手紙が台無しになる。
さらに言えば手を乗せたことによってドレスにインクの染みがついてしまう。
「もうっ! またお母様にドレスを汚したって怒られちゃうじゃない!」
「俺は何もしてねぇ」
「キースが手紙を覗き込んだのがいけないっ!!」
「してねぇ」
むうと言った様子でジュリアは頬を膨らませると、彼に怒っているという意思を伝える。
もうシュミット様の気品のある様子と全然違うわ、なんて言いながら彼を追い出した。
ジュリアとシュミットは文通という形でやり取りをしており、シュミットは隣国近くの領地に住む次期侯爵だった。
彼女が3歳のときにその近くに旅行をしたときに出会い、そしてそのまま文通をしながら親交を深めている。
シュミットは5歳年上であるため、ジュリアからしてみれば最初は兄のような存在だったのだが、いつしか淡い恋心を抱いていた。
「いつか会えるかしら」
そんな淡い期待を抱くのも無理はない。
二人は初対面の12年前きり会ったことがなかったのだ。
理由は至極単純で、この王国は東西にかなり領土が広く、東に位置するこのジュリアの家から西に位置するシュミットの家までは馬車で丸一日かかる。
何度か彼に会いに行きたいとジュリアは言ったのだが、彼の父親が非常に過保護で親バカだったため、娘が半日でも出かけることを許さない。
そんなこともあり、二人は再会を果たせずにいたのだ──。
***
そしてその数日後、彼からの手紙がキースの手によって届けられた。
「おば様がついでにお前に渡してくれって」
「だから、なんであんたがいるのよ!」
「このあとのパーティーの護衛を頼まれたんだよ!!」
そんなことを喧嘩をしながら、早く読みたいという気持ちが勝り、ジュリアはキースに見られるということを失念して手紙の封を開けてしまう。
しかし、キースも呆れた様子を見せながらもそんな彼女に気を遣って、本棚をいじり始める。
『ジュリア様
こちらは雨が連日続いており、農作物に影響が出てしまっております。
ジュリア様は確かレモンティーがお好きでしたよね?
レモンはうちの領地ではたくましく育っており、今年も雨に負けずに良く採れそうです。
あなたに会えるのを心待ちにしております。
シュミット』
思わずうっとりとその手紙をながめて、そして何度も往復して文字を追ってしまう。
ジュリアは返信をすぐに書こうとして、レターセットを机の引き出しから取り出すと、パーティーまでの時間が迫る中返信をしたためる。
げ、今から返信書くのか、というキースの驚きの声はどうやらジュリアには届いていないらしい。
そして、ジュリアは今日のパーティーのことを書いていたのだが、ふと単語のつづりがわからなくなりキースに尋ねる。
「ねえ、キース。ターコイズってどんな綴りだったかしら?」
今日着るドレスの色であるターコイズブルーを書き記したかったのだが、急いでいるのもあり全く綴りが出てこない。
半分呆れながらもキースは呼んでいた本を棚に戻すと、早足でジュリアのもとに向かう。
ペンを彼女から奪い取ると、メモ用紙にさらさらと記す。
『turquoise』
そうかかれた文字を見て、ジュリアはふと違和感を覚えた。
「あなた、こんな字を書くの?」
「え?」
その文字はジュリアからしてみれば意外であり、そして見慣れた筆跡だった。
「どうして……」
そう、キースが書いた「q」は特徴的な湾曲を描き、最後に右下に下がってから跳ねる癖があった。
普通は右下でぐっと止める字を書くのが一般的で、現に彼女は今まで見てきた筆跡の中でそんな跳ねる癖をとる人物にあったことがなかった。
ただ一人、シュミットを残して──。
ふといきなりジュリアは3歳にシュミットにあったときのことを思い出した。
彼はどんな髪色だった?どんな目の色をしていた?
ああ、私バカだ……。
そんな風に思ったのは、シュミットの見た目が目の前にいる彼そっくりだったから。
「なんで気づかなかったのかしら……」
「…………」
彼は少しの間黙っていたが、ジュリアの腕を突然引き寄せてそして抱きしめた。
「キース……」
「ごめん、お前がシュミットに恋をしている様子を間近で見てて、どうしても言い出せなかった。俺はお前の描くような素敵な王子様じゃない。5年前に再会したときに言おうとしたけど、あまりにもシュミットについてキラキラした笑顔で語るお前を前に言い出せなかった」
「キース……」
「でも、名前が……」
「ああ、実はお前とあったあの領地はシュミット侯爵家の実家。つまり、母親の実家なんだ」
「え……」
ジュリアは長年の勘違いを知り、少し恥ずかしくなる。
「ジュリア」
「なに?」
「俺はあの日からお前が好きだった。お前が好きで、でも言い出せなかった。シュミットばかりみるから嫉妬ばかりして、いつも素直になれなかった。ごめん」
「私こそ、ごめんなさい、あなたを苦しめてたわよね……」
二人は抱きしめた腕をそっと解きながら、目を見つめ合うと、キースが覚悟を決めたようにいった。
「お前が好きだ」
その言葉にジュリアはハッとさせられる。
「お前が好きで好きでたまらない。嫉妬もする。シュミットみたいな気品あるやつじゃないけど、お前が好きな気持ちは誰にも負けない」
ジュリアはキースの気持ちを受け取り、そしてそっと彼の手を握って言った。
「私も、あなたが好き……かも?」
「へ?」
「だってっ!! 好きな感じがするけど、急にそんな気持ち切り替えらんなくて!!」
いつものように喧嘩になってしまう二人、それでも少しずつ関係は変わろうとしていた。
「いいよ、これから絶対俺に惚れさせるから」
「なっ!」
彼女が彼の想いに応える日も、そう遠くはない──。
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