背中
木の下で彼女は僕に質問を繰り返す。
それは、あの事件からよくある行動だ。
何時も、僕を中心に物事を考える彼女に僕は何をしてあげるのが正解なのだろう。
身体は刃物に対する拒否を徐々に緩めてきている。
でも、彼女自身は以前より感情表現が幼くなっている。初めは僕も気が付かなかった。
あの冷たい目をする姫様が、ずいぶんと優しい顔をするようになったと感じていました。
あの事件は精神的な危機やストレスを彼女に与えた。彼女は心のバランスを保とうとする防衛機制として「幼児退行」を起こした。彼女は優しくなったのではなく、考えが幼くなってしまった。
だから、貴方を助けた僕が英雄に見えてしまう。
僕はあの時、任務だった。…僕ではなく他の部隊長だったら。女騎士だったら貴女はどんな感情を持つだろうか。
もし幼児化から解放されたら貴女は平民を今見たいな優しい顔で見れますか。
僕に依存していた事を後悔しませんか。
僕は怖いんです。
もし貴女を救う為に貴女を知ろうとして、僕が貴女に依存したら…僕が貴女を好きになってしまいます。
貴女が立ち直れた時に本当の貴女の横に僕はいれますか?
彼女が背にする木の幹の反対側で木を背にする僕。
互いの背にある幹は同じ木のものなのに二人を遮る壁になっている。
病んだスフィアが求めるマーク。
それに答えたマーク。
本当のスフィアを見てきたマーク。
病んだスフィアを見ているマーク。
いつか互いの本心を向け逢える日がくるのだろうか?
心的外傷障害。
彼女を苦しめた奴等は、もうこの世にいない。
でも今を生きる彼女は辛さを忘れる努力をしながら、自分では気が付けない痛みを背負っています。
死んだ奴等は知らないんです。残された彼女の辛さが。
だから憎いんです。
奴等ではなく、全力を出しても間に合わなかった自分の実力不足が。
失明し、周りに気を使われるから辞めた。
簡単に、これ以上は騎士の名誉を傷つけるからと。
弱くなった自分は騎士の役割は果たせませんと言葉を並べた。
結局…僕は逃げたんです。
姫様の感謝と囚われた闇から。
回避性人格障害。
これが僕が、あの事件で患った病です。
傷つくこと…失敗することが極度に怖いんです。騎士団の中で期待されました。姫を救った英雄として。
知らない貴族から養子の話しもひとつや二つではありませんでした。
以前なら、誇っていました。でも、何故か避けることばかり考える人間になっていたんです。
騎士団にはかかりつけの医師がいます。当然、戦での非日常を体験した騎士達のカウンセリングもします。
あの時…僕は異常だったんです。単独で敵地に乗り込み。……40人以上いた闇夜の牙を全員斬り殺したんです。
後続の騎士達の証言です。
マーク遊撃隊長の後を追ったが俺達の前に敵は現れていないと。
強いでは済まないんです。
騎士団長ですら、無理だと言いました。
人を斬り捨てる快楽と姫様への暴力を見た僕は、壊れてしまいました。
カウンセリング結果を聞いて僕は…笑ってしまいました。
だから…姫様とも距離を開けたのに、貴女は僕の壁に杭を何回も打ちつけます。
壊れた僕を慕います。身分差を無視して…
病んだ二人が惹かれたら誰かに迷惑をかけますか?
貴女が立ち直る努力を見せるから…
僕も前に進みたくなるじゃないですか!
「スフィア様。明日は、もっと厳しいですよ。」
「………構いませんわよ!」
背にした木を離れ脚を引きずって歩くスフィア様。
彼女の強がりは知っています。
手を貸してあげる。
当たり前の行動を僕はしませんでした。
姫様だから特別扱いはしない。
これは違います。
師匠として厳しくする。
これも違います。
彼女の手を取れば意識してしまうから。
違います。違います。
答えは…すぐ隣りなんです。ボロ家の我が家の真横に、休んだ木があるからです。
差し出す手を掴む前に…ただいましてしまうから。
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