ぷい!
「スフィア様。その木剣は何の為に、あるんですか!」
姫様の料理は大変美味しかったです。空腹も相まって美味さに僕は涙がでました。
……決して姫様が甘味と辛味の調味料を入れ間違ったからではないです。
そして、翌日。
仕事が今日は休みだったも都合が良かった。
スフィア様の剣術稽古が始まった。
包丁は克服できた。だから大丈夫だと思ったけれど獲物が木剣になったとたん、取り乱したりはしていないが明らかに手が震え木剣を持ち上げる事を拒むような反応を僕に見せました。
だから僕は昨日の彼女の話しを元に目的を強く刷り込んでいます。
「何の為ですか!」
両手で柄を握るには握るが、スカートの裾からみえる脛は内側に向いている。
もし…僕が多人数に斬り込むなら真っ先に姫様を狙う。見るからに弱腰だから。
「持った。持ちましたわよ。」
「そんな内股で戦えますか!」
姫様は極端だった。内股といわれ拒む身体に抵抗したのは良い事だ。でもガニ股にしろとは言ってないんです。
意思はガニ股。身体の反応は内側。
だから、そんなに脚が震えて身体が揺れるんです。
「その木剣はスフィア様の敵ですか!」
「味方…味方よ!」
味方なら嫌そうな反応を見せなくなるまで先には進みません。
彼女の唐突な発作に木剣で杭を打ちつける。
何の為の木剣なのか震える必要はあるのか。
身体に叩き込んでしまいます。
結果、朝方からの稽古は、スフィア様の脚が震えるのを克服するまで進まない。
そして、彼女は震えるのを治せないまま、昼を迎えた。
実は既に克服しているのかもしれないが、朝方から昼まで内側とガニ股を繰り返していたら、克服云々の前に、誰だって脚が震えるだろう。
木剣を投げ捨て疲れて地べたへ座り込んだスフィア様。
その脚は木剣を手放しても小刻みに震えていた。
「マーク…厳しいですわ。」
スフィア様の髪は汗で湿っているし、たぶん…剣術ように仕立てた服も汗で汚れてしまった。
まるで何度も素振りをした兵感を出しているが、実際はただ震えていただけ。
…やはり自己暗示に誘導してあげるのは克服には良い薬になる。
休憩後、スフィア様は木剣を握っても脚の震えは無かった。
「良いですね。それじゃあ剣を振り回して下さい。重さと稼動域を身体に覚えさせましょう。好きに振り回して大丈夫ですよ。」
うわわ。ちょっとスフィア様!
振り回してと伝えた筈なのですが。僕の指示が伝わらなかったのかな。
姫様の木剣が、それはそれは勢いよく僕に向かって飛んできた。
今は建築臨時作業員だが、一応最近まで騎士だったんだ。紙一重でかわせたのは過去の経験のおかげだろう。
「ごめんあそばせですわ。」
(油断していた僕が悪い。)
「どうしたんですか。重いですか木剣。」
まるでティーカップを持つ為だけに作られたような、細い手首と柔らかなそうな優しい掌は木剣を持つのに適している手だとはお世辞にも言えない。
「滑りましたわ。」
痛い。痛いよ。何で!
滑る?
僕の稽古用の木剣を渡している。柄の部分には布を巻いて滑りにくくしているのだが、しかも姫様用に最近巻き直したばかりだ。
だから僕は木剣を確認しました。
その結果は、姫様の柔らかな、優しそうな手で何度も叩かれた内容でした。
「手汗すご!」
この発言が姫様を怒らせたのです。
配慮が足りませんでした。僕が今、相手にしているのは病んでいる姫様なのです。普段から歩いているだけで、お花畑の香りを漂わすような方に
手汗なんて発言したら、顔を赤くして怒るに決まっています。
騎士団には女騎士さんも何人かいましたが、そんな配慮を必要としなかったので、僕の意識不足です。
「緊張してますか?」
「………してますわ。ぷい!」
(スフィア様…怒ったのは僕のせいですが、ぷい!って言葉を自ら発言するのは少し幼すぎやしませんか?)
スフィア様の機嫌直しに悪戦苦闘する僕に対して、怒ったような振る舞いをするスフィア様。
面倒くさい2人のやり取り、でもそれが良かった。
スフィア様の緊張が解けていました。
ほら、また木剣を振り回して怒っている。
これで緊張していますは、流石に無しでお願いしたい。
今日の稽古はここまで。
包丁と木剣への恐怖心はなくなった。それだけでも充分な成果だろう。
後は会話をします。そうくだらない姫様の好きな恋話。
これが彼女には必要なのです。
「木剣って見た目より重いのですね。」
手に残る感覚を確かめている彼女。今までと違う新しい感覚を彼女は嬉しそうに語っています。
赤い花を春に咲かせる僕が産まれる前から家を見ていた木の下で火照った身体を休める彼女はあの日から二年経って、少しだけ前に進みました。
「マークは、強い女性は好きかしら?」
やっぱり、僕を中心に物事を考えているスフィア様。今はそのままで良い。でも、僕への依存を卒業しないと本当の克服にはならないだろう。