聞きますよ
(…入り口だけで僕のボロ家より広い。)
臨時作業員として、スフィア様の別荘建築に汗を流す僕。スフィア様の覚悟を聞いてから1週間が過ぎました。
「おいご近所!…昼飯だ。」
「おいっす!」
相変わらず先輩達は厳しいが、僕は頑張っています。
そして、スフィア様の稽古も始まっています。
彼女が最初にすることは刃物の恐怖心を払うことです。
刃物が怖ければ剣を握ることなんかできませんから。
彼女に稽古内容を伝えた時は、馬鹿にしてますのと怒ったりしていました。
でも病は見えないんです。頭で思っていても身体が拒否を示すと彼女はいつもの彼女でいられませんでした。
ボロ家の机に置いた調理用の安い包丁。これを握り台所の棚に置いてくる。
それだけです。
「苦しくなったら、僕に会いに来てください。」
「…また馬鹿にして!」
僕が別荘建築で汗を流す間…彼女は隣りの小さなボロ家の中で戦っているんです。
「マーク!……ごめんなさい。ごめんなさい。」
彼女はボロ家の扉を勢いよく開き僕の姿を探しています。
(今日も駄目だった。でも僕が焦ると彼女には辛さに焦りが加わるだけだから僕は普段通りにしなければ。)
でも、僕の言葉は聞こえてます。会いに来て…それを覚えているから貴女は僕を探しにきたんですよね。
「触れる時に目を閉じて見たらどうですか?」
「…した。閉じた。でも閉じると貴方の顔が浮かぶ。」
僕は姫様の彼女を今は同年代の女性として見ています。
僕は頭を撫でて涙を拭いてあげます。
格好をつけたわけではないんです。今は彼女に安心を見せないと駄目だから。
でも頭を撫でられて笑顔は見せないで、
先輩方の殺気が凄いんですよ。
「おら!ご近所。昼は終わりだ働けや。」
(ほら‥まだお昼入ってないのに終わりましたよ。)
「…た‥だ……………いま!」
体力には自信があるけど流石に今日は疲れた。絶対先輩方が僕に意地悪をしているんだ。
「何で僕のレンガだけ。街に忘れてきたんだよ。何回往復したと思ってんだ!」
「マーク。お帰りなさい。」
お帰りなさい。久しぶりに聞いている言葉。母はなくなった。寂しいボロ家でスフィア様が近づいてくる。
まるで兄妹…恋人…妻。
はぁ…そんな事を考えてしまった僕も何か病を抱えているのかな。
(スフィア様が強くなるように僕も集中しよう。)
「ご飯…作りました。」
スフィア様が晩御飯を作っていた。食材はバトラ様の計らいで何時も新鮮な、野菜やお肉が届けられます。これは僕にではなく、ボロ家に仮住まう姫様を案じてだと思います。
でも…食料に困らないと考えてしまった僕の悪い心は、スフィア様には秘密にしています。
(なるほど…包丁を使わない料理を考えたんだな。)
プレートに熱々のお肉が上がっています。そして街の安いパンとは見た目で違う柔らかそうなパン。さらには色とりどりの野菜の盛り合わせ。
ひとりなら誕生日でも食卓には上がらない高そうな料理だった。
「スープもありましてよ。」
バランスも良い。お肉は、食べやすいように始めから切られているし。
これなら、今日の臨時作業員シゴキを耐えた僕も報われます。
食べやすいサイズ…サイズ?
「スフィア様。お肉どうしたんですか?」
スフィア様は気がついてくれた僕を見ながら包丁が置かれた棚を指差しました。
刃物を握る事ができた。
どうやって?
そんな、ことは聞きません。彼女が克服できたが重要なんです。
「さあ食べますか。スフィア様が作ってくれた料理を食べれる平民なんて僕だけでしょうね。」
食べましょうよ。僕は仕事で、びっくりするくらい空腹なんです。お昼なんか無かったし…
克服したことは聞きませんけど、聞いてほしいんですよね。
そんなに足踏みして何度も指差しをした包丁を僕には見えないのと強く再指差しされたら
…流石に聞きますよ。
(ご飯冷めちゃう…)
どうやって克服したんですか!
……なるほど。そう言う捉え方もあるのか。
彼女は柄を触るだけであの事件が蘇る。でも強くなる事を決めたからには克服するしかない。そうしないと先に進めないから。
包丁は私が貴方を傷つけた刃物。違う。これは貴方に私が作った料理を食べてもらう為の道具の一部。
傷つける為に作られた物ではない。
そして、傷つける為の道具でもない。
これは、貴方に私の料理を食べて欲しいと、願いを込める為に必要な物なの。
……そう思ったら握る事ができた。
なるほど、一種の自己暗示かな。
でも、これは彼女の今後に役立つ可能性がある治療かもしれない。