克服
「スフィア様。これは、どういうつもりですか?」
お茶に口をつけ、ソーサーにカップを戻す仕草は流石でした。ボロ家に上品さが広がるような優雅さ。
まさしく、王国の姫様で間違いない。
だから、その後の、何のことかしらと、とぼける表情が大変憎たらしかったんです。
「何よ。私はこの場所が好きなのよ。」
それは、住んでいる者として嬉しい事だが、彼女は本音を言わない。心の病は関係ない。
もともと、本心を言わない方なんです。
でも、今の彼女にその性格は良くないと僕は思っています。王族として民に弱音は吐かない。弱さを見せない。常に特別でいる。確かに必要な心構えだと思います。
実際、あの日も僕は援軍を拒むように部屋に鍵をかけたんです。
貴女の名誉の為に…
そして、貴女と僕は共にいる時間が増えました。僕は初めて見たときから貴女が苦手で存在感を消していたんです。でも事件後から、貴女は何かと僕を気にかけてくれましたよね。騎士団長を無視しするし。要人と話していても僕を見かけると、要人は放ったらかし。僕が騎士団を辞めると居場所を突き止めて上がり込むし。
そんなに僕が気になりますか?
それも、心的外傷障害の症状なんです。
僕は医者でもなければ学がある人間でもありません。
でも…スフィア様があれから病んでいるのが一番わかる人間なんです。
だから、貴女を救うには心を開くしかないと思っています。
「スフィア様は僕が特別ですか。」
そうですよね。いきなり本心を見られたら嫌ですよね。
「……迷惑なの。」
「…はい。」
突き放すのは、彼女の心を刺激してしまうでしょう。でも、貴女が僕に幻想を描いている事を彼女自身で気がつければ、病んだ心と向かい合えると思います。
最期は自分で立ち上がる。
人間は皆そうなんです。こればかりは地位も名誉も関係ないんです。
「……剣。」
「はい?」
「マークの剣を教えてほしい。」
スフィア様に僕が剣を教える?
スフィア様は僕に考える時間をくれません。
机を叩いて、僕に身を乗り出して苦しい顔をしながら叫びます。
強くしてください。私を救った貴方の剣を私に教えて。
私は諦めていた。抵抗は見せても、もう終わりだと思っていたのに。貴方の剣は私に希望を与えてくれた。
でも、貴方は私から遠ざかりたいの。それを拒む私は、貴方が知っている嫌な女よ。
でもねマーク。
私…変わりたいの。
だから嫌いで良いから、私に貴方の剣を教えて…ください。
強くなれたら私は貴方の前から消えるから。
だから…だから…
……………お願いします。
僕はやっぱり学がない。
彼女は自分の心の病と既に向き合っていた。
そして、嫌いな剣を手に取る事を望んでいる。
自分で立ち上がる為の答えを彼女は、もう見つけていたんだ。
「教えたら…僕の前から居なくなるんですね。」
「……………はい。」
居なくなるか。やっぱりスフィア様は本心を見せない。
スフィア様は居なくならない。
居なくなるのは、あの時の僕だと思いますよ。
…………………………………
僕はスフィア様に剣術を教える事を決めた。
そして、スフィア様は別荘が完成するまで、このボロ家に住み込むと決意した。
それを拒んだ僕は……役人が待ち構えていたかのようにボロ家を訪れた。援助不可と行政から通達があり、スフィア様に泣きついています。
「スフィア様。私用に政で圧力辞めてくださいよ〜。」
なんのことかしら?
冷たい。非情な姫様だ。
だから、僕は剣術稽古以外の時間は隣りのスフィア様の別荘の建築作業員として臨時でバトラ様に雇ってもらいました。
たぶんあの資材のどれかに僕の税金が使われているかもしれません。
農家から騎士になり農家にもどり、今は建築作業員の臨時か…僕って意外と何でもできるな。
「ご近所!サボってんじゃねぇ。」
「あい。すいませんっす。」
厳しい先輩はどこにでもいるものだ。
「あ!それ僕の家です。廃材じゃないですよ!」
ボロ家が解体されそうでした。
新しい事に挑戦するのは姫様だけじゃない。
冬が来る前に蓄えを増やさなければ、このボロ家は間違いなく、雪で潰れてしまうだろう。
さあ僕も頑張らないとな。