第7話『知ってることと、伝えること』
朝の村は静かだった。
空は淡い灰色で、雲は厚くもなく、晴れるでもなく。けれど不思議と、その静けさが心地よかった。
草の上に宿った露が、陽に照らされる前にひとつ、またひとつと滴を落とす。
その静かな音に、ユウトは目を開けた。
納屋の戸を開けて外へ出ると、昨日のろ過装置が、静かに佇んでいた。
炭、砂、小石、ネバ草——
見慣れない素材の重なり。それでも、それは“仕組み”として意味を持つようになった。
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子どもたちが来たのは、その装置の周りがやっと陽の光を受けはじめたころだった。
「ユウト! 今日、ついに水、通すんでしょ?」
「昨日、図も見たよ! でも、あれって本当に効くの?」
問いかけに、ユウトは淡く笑って頷いた。
「効く“はず”だ。……でも、試してみないとわからない」
紙に再び図を描く。装置の断面を示し、それぞれの層の意味を説明していく。
石は沈殿、炭は吸着、砂は濾過、草は抗菌。
それらすべてが水を通すたび、少しずつ働く。
「見えないけど、確かに効果はある。理屈がある。魔法じゃない」
「でも、魔法みたいでかっこいいよ!」
その言葉に、ユウトは言いかけた言葉を飲み込んで、小さく笑った。
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一方、リーネは湿地の奥でネバ草を探していた。
草の中に紛れて咲く、その細長い葉。
しっとりとした感触と、かすかに甘い匂いが特徴だ。
しゃがみ込みながら彼女はふと、子どもの頃の記憶を思い出す。
祖母と一緒にここへ来て、草を摘み、煎じて飲んだ。
そのときは理由など知らず、ただ「効く」と言われるから信じていた。
でも今は違う。
——なぜ効くのか。
——なぜ草が菌に作用するのか。
それを“知っている人”が隣にいる。
そして自分も、それを“学びたい”と思っている。
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装置に水を注いだのは、昼を少し過ぎたころだった。
村人たちはいつもより多く集まり、囲むようにしてその様子を見ていた。
ユウトはゆっくりと、井戸から汲んだ濁り水を注いだ。
ごぼり、と音を立てて水が入り、沈み、層を通り抜けていく。
数分の沈黙の後、装置の底から、透明な水がしずくになって現れた。
「わ……!」「ほんとに、きれい!」
「これ、飲めるのか?」
小さな声と、大きな感動が、同時に場を包んだ。
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その夜、納屋の中で、ユウトは日記のように紙に言葉を並べていた。
今日の出来事。子どもたちの反応。
草の質、匂い、湿度、水の濁りと澄み方。
「……伝えるって、簡単じゃない。でも、やってよかった」
火の明かりに照らされながら、彼はペンを置き、目を閉じた。
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翌朝。空はまだ暗く、星がいくつか残っていた。
でも、風は昨日よりも少しだけ、優しかった。