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AIに滅ぼされた地球から唯一逃げた俺、宇宙の果てで農業始めました  作者: ごま
第1章『逃げ延びた男と閉ざされた村』
7/11

第7話『知ってることと、伝えること』


 朝の村は静かだった。

 空は淡い灰色で、雲は厚くもなく、晴れるでもなく。けれど不思議と、その静けさが心地よかった。


 草の上に宿った露が、陽に照らされる前にひとつ、またひとつと滴を落とす。

 その静かな音に、ユウトは目を開けた。


 納屋の戸を開けて外へ出ると、昨日のろ過装置が、静かに佇んでいた。


 炭、砂、小石、ネバ草——

 見慣れない素材の重なり。それでも、それは“仕組み”として意味を持つようになった。


---


 子どもたちが来たのは、その装置の周りがやっと陽の光を受けはじめたころだった。


「ユウト! 今日、ついに水、通すんでしょ?」


「昨日、図も見たよ! でも、あれって本当に効くの?」


 問いかけに、ユウトは淡く笑って頷いた。


「効く“はず”だ。……でも、試してみないとわからない」


 紙に再び図を描く。装置の断面を示し、それぞれの層の意味を説明していく。


 石は沈殿、炭は吸着、砂は濾過、草は抗菌。

 それらすべてが水を通すたび、少しずつ働く。


 「見えないけど、確かに効果はある。理屈がある。魔法じゃない」


 「でも、魔法みたいでかっこいいよ!」


 その言葉に、ユウトは言いかけた言葉を飲み込んで、小さく笑った。


---


 一方、リーネは湿地の奥でネバ草を探していた。


 草の中に紛れて咲く、その細長い葉。

 しっとりとした感触と、かすかに甘い匂いが特徴だ。


 しゃがみ込みながら彼女はふと、子どもの頃の記憶を思い出す。


 祖母と一緒にここへ来て、草を摘み、煎じて飲んだ。

 そのときは理由など知らず、ただ「効く」と言われるから信じていた。


 でも今は違う。


 ——なぜ効くのか。

 ——なぜ草が菌に作用するのか。


 それを“知っている人”が隣にいる。

 そして自分も、それを“学びたい”と思っている。


---


 装置に水を注いだのは、昼を少し過ぎたころだった。


 村人たちはいつもより多く集まり、囲むようにしてその様子を見ていた。


 ユウトはゆっくりと、井戸から汲んだ濁り水を注いだ。

 ごぼり、と音を立てて水が入り、沈み、層を通り抜けていく。


 数分の沈黙の後、装置の底から、透明な水がしずくになって現れた。


「わ……!」「ほんとに、きれい!」


「これ、飲めるのか?」


 小さな声と、大きな感動が、同時に場を包んだ。


---


 その夜、納屋の中で、ユウトは日記のように紙に言葉を並べていた。


 今日の出来事。子どもたちの反応。

 草の質、匂い、湿度、水の濁りと澄み方。


 「……伝えるって、簡単じゃない。でも、やってよかった」


 火の明かりに照らされながら、彼はペンを置き、目を閉じた。


---


 翌朝。空はまだ暗く、星がいくつか残っていた。

 でも、風は昨日よりも少しだけ、優しかった。

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