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AIに滅ぼされた地球から唯一逃げた俺、宇宙の果てで農業始めました  作者: ごま
第1章『逃げ延びた男と閉ざされた村』
4/11

第4話『この星で“知っている”ということ』


 昼前、納屋の扉をノックする音がした。


 「ユウト、起きてる?」


 聞き慣れた声。昨日、炭を持ってくると言っていた少女——リーネだった。


 「開けるよー!」


 返事をする前に、扉が開いた。

 光が差し込んで、埃がふわっと舞う。


 「ほら、言ったとおり持ってきた」


 リーネは大袋を引きずりながら中に入ってきた。

 袋の中には、細かく砕かれた炭がぎっしり詰まっている。

 袋の端には炭がにじんでいて、彼女の手も真っ黒になっていた。


 「朝から村の焼き場で掘ってきたんだよ? けっこう重かった……」


 汗をぬぐいながら、彼女は得意げに胸を張る。

 その姿に、俺はほんの少しだけ口元が緩んだ。


 「……ありがとう」


 それだけを言って、俺はゆっくりと立ち上がる。


---


 畑は昨日と同じ場所。

 けれど、村人の数は明らかに増えていた。


 祈祷師の言葉があったのか、俺の“奇妙な行動”が話題になったのか——おそらく両方だろう。

 村の空気が、少しざわついているのがわかった。


 「異物が畑を荒らす」「何か撒いてたって」「また神罰が……」


 不穏な囁きが飛び交うなか、俺はリーネとともに畑に膝をついた。


 「撒けばいいんだな?」


 「うん、ここ全部、お願い。……あたしもやるよ!」


 俺たちは黙々と作業を始めた。

 リーネが炭を土の表面にまき、俺が鍬でそれを混ぜ込んでいく。


 作業は地味で単調だが、土の感触が手に残る。

 湿りすぎた土が、炭と混ざることでややほぐれ、少しずつ空気を含みはじめた。


 「炭は空気を残す。水を吸ってくれる。だから、根が呼吸できる」


 「そっか……根って、息してるんだね」


 リーネがぽつりと言った。


 その言葉が、なんだか嬉しかった。


---


 後ろから足音が近づいてきた。


 振り返ると、年配の男が立っていた。腕を組み、顔をしかめている。


 「おい、お前ら、そこで何をしている?」


 作業の手を止め、俺は立ち上がった。


 「土の調整だ。水はけが悪い。根腐れを起こす」


 「聞いたこともない。炭なんぞ混ぜて……それは祈祷師様の許しを得たのか?」


 「……いや」


 「勝手な真似をするな! 土は“神の手”で与えられたものだ。いじるなど——」


 「じゃあ黙って枯れるのを待つのか」


 俺の声が少し荒くなった。

 男は驚いたように目を見開いた。


 「結果が出なければ、やめればいい。だが試さなければ、何も変わらない」


 空気が一瞬、静かになった。


 リーネがそっと俺の袖を引いた。


 「ユウト、ありがと。でも……怒らせちゃ、だめ」


 俺は一度深く息を吐いて、頷いた。


 「……時間が経てば、わかる」


---


 作業が終わった頃には、太陽が高く登っていた。

 手のひらは真っ黒で、爪の隙間に土が詰まっている。


 リーネが泥だらけの手を見て笑った。


 「なんか、ちょっとだけ“畑の人”って感じだね」


 俺は答えなかったが、言われて悪い気はしなかった。


 「このあと、どうなるの?」


 「三日くらいで、水分が減って、根が落ち着く」


 「三日……毎日、来てもいい?」


 「勝手にしろ」


 リーネは嬉しそうに笑って、何度もうなずいた。


---


 納屋に戻って、俺は手を洗い、しばらく天井を見上げていた。


 昔、地球で、知っていることは“武器”だった。

 知っているやつが上に立ち、知らないやつは淘汰される。


 でも今は——


 俺が知ってることで、誰かが少しでも笑うなら。

 誰かが、少しでも前に進めるなら。


 それは、武器じゃなく、道具かもしれない。


 「……知ってる、だけじゃ意味はないんだな」


 小さく呟いた言葉が、静かな夜の空気に溶けていった。

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