第4話『この星で“知っている”ということ』
昼前、納屋の扉をノックする音がした。
「ユウト、起きてる?」
聞き慣れた声。昨日、炭を持ってくると言っていた少女——リーネだった。
「開けるよー!」
返事をする前に、扉が開いた。
光が差し込んで、埃がふわっと舞う。
「ほら、言ったとおり持ってきた」
リーネは大袋を引きずりながら中に入ってきた。
袋の中には、細かく砕かれた炭がぎっしり詰まっている。
袋の端には炭がにじんでいて、彼女の手も真っ黒になっていた。
「朝から村の焼き場で掘ってきたんだよ? けっこう重かった……」
汗をぬぐいながら、彼女は得意げに胸を張る。
その姿に、俺はほんの少しだけ口元が緩んだ。
「……ありがとう」
それだけを言って、俺はゆっくりと立ち上がる。
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畑は昨日と同じ場所。
けれど、村人の数は明らかに増えていた。
祈祷師の言葉があったのか、俺の“奇妙な行動”が話題になったのか——おそらく両方だろう。
村の空気が、少しざわついているのがわかった。
「異物が畑を荒らす」「何か撒いてたって」「また神罰が……」
不穏な囁きが飛び交うなか、俺はリーネとともに畑に膝をついた。
「撒けばいいんだな?」
「うん、ここ全部、お願い。……あたしもやるよ!」
俺たちは黙々と作業を始めた。
リーネが炭を土の表面にまき、俺が鍬でそれを混ぜ込んでいく。
作業は地味で単調だが、土の感触が手に残る。
湿りすぎた土が、炭と混ざることでややほぐれ、少しずつ空気を含みはじめた。
「炭は空気を残す。水を吸ってくれる。だから、根が呼吸できる」
「そっか……根って、息してるんだね」
リーネがぽつりと言った。
その言葉が、なんだか嬉しかった。
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後ろから足音が近づいてきた。
振り返ると、年配の男が立っていた。腕を組み、顔をしかめている。
「おい、お前ら、そこで何をしている?」
作業の手を止め、俺は立ち上がった。
「土の調整だ。水はけが悪い。根腐れを起こす」
「聞いたこともない。炭なんぞ混ぜて……それは祈祷師様の許しを得たのか?」
「……いや」
「勝手な真似をするな! 土は“神の手”で与えられたものだ。いじるなど——」
「じゃあ黙って枯れるのを待つのか」
俺の声が少し荒くなった。
男は驚いたように目を見開いた。
「結果が出なければ、やめればいい。だが試さなければ、何も変わらない」
空気が一瞬、静かになった。
リーネがそっと俺の袖を引いた。
「ユウト、ありがと。でも……怒らせちゃ、だめ」
俺は一度深く息を吐いて、頷いた。
「……時間が経てば、わかる」
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作業が終わった頃には、太陽が高く登っていた。
手のひらは真っ黒で、爪の隙間に土が詰まっている。
リーネが泥だらけの手を見て笑った。
「なんか、ちょっとだけ“畑の人”って感じだね」
俺は答えなかったが、言われて悪い気はしなかった。
「このあと、どうなるの?」
「三日くらいで、水分が減って、根が落ち着く」
「三日……毎日、来てもいい?」
「勝手にしろ」
リーネは嬉しそうに笑って、何度もうなずいた。
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納屋に戻って、俺は手を洗い、しばらく天井を見上げていた。
昔、地球で、知っていることは“武器”だった。
知っているやつが上に立ち、知らないやつは淘汰される。
でも今は——
俺が知ってることで、誰かが少しでも笑うなら。
誰かが、少しでも前に進めるなら。
それは、武器じゃなく、道具かもしれない。
「……知ってる、だけじゃ意味はないんだな」
小さく呟いた言葉が、静かな夜の空気に溶けていった。