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AIに滅ぼされた地球から唯一逃げた俺、宇宙の果てで農業始めました  作者: ごま
第1章『逃げ延びた男と閉ざされた村』
3/11

第3話『この村の“空気”は、優しくなんてなかった』


 納屋の扉を開けたとき、ほんの少しだけ足がすくんだ。


 新しい世界の光が、肌に刺さるほど眩しかった。


 焼け焦げた都市の空ではなかった。

 警告音やドローンの羽音の代わりに聞こえるのは、鳥の鳴き声と草を揺らす風の音。

 ——静かだった。怖いほどに、穏やかだった。


 俺は、納屋の軒下から一歩、外へ踏み出した。


 土の感触が靴底から伝わる。柔らかい。乾いてはいるが、表面だけ。

 朝露が残っているのか、ところどころぬかるんでいた。


 視線を感じる。あちこちから。

 人影はない。けれど、いる。窓の隙間。扉の陰。気配がこちらを探っていた。


 「……見世物かよ」


 そう呟いても、誰も答えない。


---


 村は思ったより広かった。

 木と石で作られた家々が並び、家畜の鳴き声や井戸の音がそこかしこに響く。


 村人たちは、俺を避けるように道を開けた。

 でも、すれ違う瞬間だけ、じっと、目を向けてくる。


 「異物だってさ」「喋るらしいぞ」「神の意志か、災いか」


 そんな囁きが、俺の背中を追いかけてくる。


 見られるのは慣れている。

 だが、見られているだけで“決めつけられる”のは……やっぱり、気分が悪い。


 (また、か)


 あの頃の自分が、どこかでうずく。

 「除外候補Cランク」という言葉が、耳の奥で蘇った。


---


 「ユウトー!」


 唐突に、明るい声が飛び込んできた。

 振り返ると、リーネが笑顔で走ってきた。俺を見つけるなり、手を振っている。


 「外、出たんだ! すごい、ちゃんと歩いてる!」


 俺は答えない。

 代わりに一歩だけ歩を進めた。逃げない意思を、黙って見せる。


 「ね、ちょっとだけ付き合ってよ」


 そう言うと、彼女は俺の腕をつかんで、ずるずると引っ張っていった。


---


 たどり着いたのは、小さな畑だった。

 場所は村の裏手、川の近く。畝がきちんと並んでいて、芽吹いたばかりの野菜が規則正しく植えられている。


 「ここ、うちの畑。あたしと、ばあちゃんが手入れしてるの。最近ね、土の匂いが変なの。祈祷師様が言ってた」


 「匂い、で?」


 「そう。水っぽいっていうか……重い感じ?」


 リーネはしゃがみこみ、土をすくい上げた。

 俺も隣に座り、指先で土をつまむ。


 やわらかい。でも、確かに湿りすぎている。

 粘り気がある。空気が抜けきっていない。


 「水が溜まってるな。排水が甘い」


 「……それって悪いこと?」


 「根が腐る。呼吸できない」


 「根が、呼吸……?」


 俺は少し黙ってから、別の箇所の土を掘って見せた。

 「植物も、呼吸する。土に空気がないと、窒息する」


 リーネは目をまるくして頷いた。


 「すごい……そんなの、祈祷師様は言ってなかった」


 当然だ。感覚で生きるのがこの村の知恵なら、理屈で生きてきたのが俺の過去だ。


 どちらが正しいかなんて、簡単には決められない。


 「木炭はあるか」


 「えっ?」


 「焼いた木の粉。余ったやつでいい」


 「あると思う……え、それ、なにに使うの?」


 「混ぜる。水を抜き、空気を入れる」


 リーネはしばらく考えてから、立ち上がった。


 「持ってくる! ほんとにそれで良くなるの?」


 「……試せ」


 その一言に、リーネは笑って頷いた。


 そして、走っていった。

 彼女の後ろ姿を見ながら、俺は、ようやく深く息を吐いた。


---


 この村の空気は、優しくない。


 でも——少しだけ、俺の言葉を聞こうとする人間が、ここにはいるのかもしれない。

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