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AIに滅ぼされた地球から唯一逃げた俺、宇宙の果てで農業始めました  作者: ごま
第1章『逃げ延びた男と閉ざされた村』
2/11

第2話『村人は俺を“異物”と呼んだ』


 朝だと気づいたのは、藁の匂いだった。

 体の下に敷かれた干し草が湿っていて、寝返りを打つたびに、むず痒くて、ほんのり温かい。

 右肩がじんじんと痛む。背中もこわばっていて、昨日の余波がまだ体に残っていた。


 寝ぼけた頭で、俺はしばらく天井の木を見ていた。

 崩れかけた梁。釘もまばらで、隙間だらけの板。明け方の光がその隙間をすり抜けて、細い線を作っていた。


 ここはどこだ。

 ……いや、わかってる。地球じゃない。そういう話はもう済んでる。


 でも、やっぱり現実感がなかった。

 あれだけの都市が焼けて、人が消えて、俺だけがこうして生きてるってことが、どうにも馴染まない。


 外から音がした。

 何かを引きずる音。人の話し声。子どもが笑ってる。足音が道を行き交ってる。


 生きてる。世界が。人の暮らしが、ここにはちゃんとあった。


 それが嬉しいと思えばいいのか、それとも、俺がその中にいないことを寂しいと思えばいいのか——

 その判断すら、いまはつかない。


---


 窓の外で人の影が動いた。


 視線を感じた。

 声はしない。だが、誰かが確実に“俺を見ている”。


 寝床の中で体を少し動かすと、藁がシャッと音を立てる。それに反応するように、影がビクリと揺れた。


 まるで、化け物を見るかのようだった。


「異物だ」「あれが……?」「本当に人間なのか……」


 低い声が木の板越しに届く。

 誰かがわざとらしく小声で言っている。

 聞こえているとわかっていて、聞こえるように、そうしている。


 胸がむかついた。

 怒りか、悔しさか、情けなさか、それとももっと別の何かか。

 わからない。ただ、喉の奥が熱かった。


 またか、と思った。


 ラベルを貼るんだ。見慣れないものには、とりあえず名前をつけて、分類して、切り分けて。

 あのAIもそうだった。俺の存在を“可能性”という形に削って、“リスク”に変えて、それで除外を命じた。


 機械と人間と、そんなに違いはないのかもしれない。


---


 しばらくして、トン、と扉が軽く鳴った。


「入っていい?」


 その声だけで、昨日の少女だとわかった。リーネ。明るい声。なにも知らない、まっすぐな言葉。


 俺は返事をしなかったが、扉はゆっくりと開いた。

 差し込む光の中に、彼女が立っていた。


 「おはよう。……寝られた?」


 手には木皿と、水の入った壺。

 木皿の上には、固そうな丸パンがふたつ。香ばしい匂いが空気に溶けていく。


 リーネは、俺の目の前にしゃがんで、皿を置いた。

 その動きに、無駄がなかった。村での暮らしが身体に染みついている、そういう所作。


「昨日の残りだけど、焼きたてじゃないけど、食べられると思う。噛むとちょっと硬いけど」


 俺は、少しだけ彼女をにらむように見た。


 「なんで、お前は……普通にしてる」


 言葉が出てきたのは、ほんの一瞬だった。でも、止められなかった。

 声が、思ったよりも震えていた。


 リーネはきょとんとして、それから首をかしげた。


 「普通って、なにが?」


 「昨日、俺を拾った。今日もこうして来た。でも……お前は、俺を怖がってない」


 「うん。だって、生きてたし。目、ちゃんと動いてたし」


 あっけらかんと言うなよ、と思った。

 そんな簡単な基準で、生きてていいって言われるなんて、思ってもみなかった。


 「……俺のこと、“異物”って言ってただろ。村のやつら」


 「うん。みんなは、そう言ってる」


 「じゃあ、お前もそう思ってるんだろ」


 リーネは、首を横に振った。


 「思ってない。私は、あんたのこと“変な人”だって思ってる」


 俺は、目を細めた。


 「どう違うんだ、それ」


 「異物ってのは、なんか怖いやつ。よくわかんないし、関わっちゃいけないって感じ。でも、“変な人”は、ちょっと気になる。なに喋るんだろ、なに考えてるんだろって、思う」


 それが、救いの言葉に聞こえたわけじゃない。

 でも、なぜか、胸が少しだけゆるんだ。


 「喋ってくれて、ありがとう。喋らない人、ここにはたまにいるから」


 その言葉に含まれていたものを、俺はすぐに読み取れなかった。

 ただ、どこかで“それを言いたくて来た”んだという気配だけが、伝わってきた。


 リーネは立ち上がる。


 「また来る。……パン、食べてくれたら嬉しいけど、食べなくてもいい。生きてるなら、それでいいよ」


 扉が閉まる音は、昨日よりも静かだった。


---


 木皿の上のパンを見ながら、俺は、深く息をついた。

 食べるかどうかを決めるのに、こんなに時間がかかったのは初めてだった。


 でも、手を伸ばした。

 ひと口かじる。固い。でも、焼けてた。


 ——昨日より、空が近く見えた。

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