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共に朽ちたい

作者: 行明天

駄作ですがよろしくお願いします。

 パレットに並ぶのは空をかき集めた「深い青」、その隣で平たく伸ばされているのは夕焼け空の「赤」。それらを研ぎ澄まされた感覚で混ぜ合わせたときに生まれる華やかな気品のある紫色。パレットの上で薄く広がる、世界で一つだけの色を筆の先に馴染ませれば数ヶ月見つめてきた初めの寂しさの面影のない数多の色で彩られたキャンパスに筆を優しく丁寧に触れさせる。筆の先で緩やかな弧を描けば、それは私の瞼の上で美しさに磨きをかける最後のパーツのであるアイシャドウとして輝きを放った。


 筆をそっと私から離して、肘の横にある小さな机に画材一式を置いた彼は疲弊しきった様子で背もたれに身を預け「ふぅ」と息を吐いた。そしてしばらく宙を見つめ脱力した彼はゆっくりと正面へ首を立たせ私の顔を真剣な眼差しでじっと見つめた。何十秒も何分間も目を逸らすことなくずっと私だけを見つめてくる。しかし私も慣れたものだ。毎日朝から晩まで四六時中、顔に穴が開くほど筆を構えながら見つめられていたら人も物も何時しか慣れてしまうのだと散々思い知らされた。最初に初めて眼ができて彼と見つめ合ったときは緊張であるはずのない心臓がバクバクして気絶してしまいそうだったのに…、などと過去の思い出に更けていると久しぶりに彼の重い口が開く。「ため息をつくなら私が居ないところでしなさいよ」と文句も募る呆れとは裏腹に、心の底で彼の声が聴けることを期待していた。彼はボソッと呟く。

「貴方以上に美しい人を見たことがない」と


 もしもこれが巷の子娘たちが大好きな劇場で大人気の愛の物語なら、恋心が芽生えて二人の生涯を赤い糸か何かでがんじがらめにするのでしょうけど。私は違う。だって当たり前のことを今更伝えられても胸を打たれることはない。だって貴方だってそうでしょう?「足が二本ですね」と褒められても悦に浸ることはないはず。それが私にとって美しいということだっただけなのよ。綺麗な海の水を注いだような瞳の青に、社交パーティーで貴族の方々が纏うドレスのシルクのような淡い光沢のある白く長い髪。それからバラ色の薄い唇に、淑やかに染まる頬。上げたらきりがないくらい私は精巧で完璧な女性として存在している。


 だけどそれでも私はふと寂しくなる。なぜならその世界一と呼ぶほどの美しさは彼の今までの現段階の人生の集大成ではあるが恐らくこれから先、彼がまた筆を動かすほど彼は美しさを追求し世界一を描き出す。そしたら私は二番目以下に成り下がってしまう。もし本当にそんなこと悲惨なことが現実になってしまえば、私という一人の女性としてのプライドが粉々になってしまう。だから今の言葉が彼の生涯で最後の言葉であってほしいと私は願い彼を見つめ続けることしか出来なかった。


 見つめ合ってもうそろそろ小一時間くらいが立とうとした頃。彼が眉を歪ませどこか苦しそうにそして憤怒したかのように言葉を床に向けて強く吐き捨てた。

「僕はこんなものが描きたかったんじゃない。なぜ努力が報われないんだ。」

そう両手に力を明一杯込めて拳をつくり俯いたままボロボロと泣いていた。彼のただただ惨めに呻く様子を見つめている私は冷静だった。悲しいとか怒りとか人間風情の泥臭い感情よりも先に彼の本当に目指していたものを悟ってしまった。

「そう貴方の価値は美しさではなかったみたいね。」

悔しくもない。だってこれは私が人間のことについて知らなかっただけのこと。人間は美くしくて魅かれるものを傍に置き優越感で胸がいっぱいになることが幸せなんだと、私はずっと勘違いしていた。だけど違うみたいね。人間は普通じゃ手の届かないものに対して価値を抱くだけで「美しいもの」とは限らなく「金」でも「愛」でも彼が欲しいと藻掻く「夢」でも、人によっては周りが見えなくなるほど価値があるものだってことを私は学んだ。だけどだからこそ彼の価値は美しさであってほしいと思ってしまった自分を強欲で醜い女だと責め立て、彼からもらった心を殺した。


 心を殺してからは一つ一つのことに喜怒哀楽を示さなくなった分、時の流れがとても速く感じるようになった。その間に彼はドンドン狂っていった。今までも生活リズムが壊滅的ではあったが今の彼は睡眠食事も摂らずに黙々と絵を殴り書き続ける。描く絵も以前のような美しさのない奇妙で不気味な人のような何かを描き続けている。その異常と形容されるような彼の姿が私の目には酷く滑稽に映る。人は夢を追いかければ追いかけるほど汚くなるというが迷信ではなかったみたいだった。彼は自画像と言い化け物のような絵を描いたりすることが日常茶飯事であり、造り出すものから精巧な美を捨てて己の思想を鏡で映すような本当の芸術を求め始めた。


 幾多の時を美しくあることということに捧げてきた私からすれば今の惨状は貴方の自己責任ではあるが、私は彼を見損なうことはなかった。なぜなら本当の実力を神に勝るほどの筆遣いを一番私が身を待って経験しているのだから。彼の終末がどのようなものになるのか看取らないと散々貶された私の気が済まない。彼が泥の塊のまま終わるのか神話として崇められる存在になるのか知りたいと殺した心が期待しているのだから、動かない口角をあげて別の不気味な絵と浮気する彼に告げる。

「どうか私を楽しませてよね。」

 

 そこから数ヶ月後、今日の彼は満足気な表情をしている。何故かって?今日はね彼が初めて自分の絵が売れたおめでたい日だから見たいよ。彼は今日もいつも通り奇妙な絵を描いていると、玄関からノックされた音が響いた。「郵便かな」と彼が呟き、腰を上げて扉を上げると街でも有名な実業家の老人が杖を突いて立っていたみたい。私も細かいことは分からないけれど、実業家がいうには「狂気に走った画家」という出不精の彼の陰口を町内会の集まりで耳に入ったらしく興味をもってきたらしい。彼はたどたどしく部屋に招き入れると実業家は彼の神聖なアトリエにある数えきれないほどの作品一つ一つを物色し始めた。私も彼も最初は冷やかしかと思って警戒していたが、作品一つ一つに丁寧に感想を言う暖かい寛容な態度に、悪い人ではないと胸を撫でおろした。そしてとうとう実業家の目線に私という作品が映った。目の前の人間は何というのだろうありきたりでも「美しい」なんて言葉が最低限だろうと過信していると実業家は微笑みながら告げた。

「何だか、この作品だけ空っぽだね。美しさ以外の取り柄が欠けている。」

私は絶句したここまで目に節穴の空いている人とは思わなかった。美しいだけってなによと思い、彼の方を見つめると彼は否定する様子もなく何処か納得のいったような表情をしていた。だから私はそれ以上心の中で実業家を罵ることはやめた。


 そして実業家がすべての作品を見終わったとき一つの作品に指をさして、

「この作品を売ってもらえるかい?この作品はキミの感情が解放されたような、疾走感がにじみ出ていて気に入ったよ。」と。

そう、その作品こそが私の次に描かれた、彼が初めて描いた狂った絵だった。だからこそ私は凄く負けた気分になった。私は彼の感情の込められていない、完成しただけの作品だったと馬鹿にされた気がして悔しいけれど散々彼の態度から思い知らされていたため「そうかもしれないわね。」と実業家に空っぽの笑顔で微笑んであげた。


 そこからは、二人の間でいざこざもなく話は進み売買が成立した。実業家は帰り際に「またね。」といって家に帰っていった背中を私は生涯忘れることはないのだと確信した。そして今の満足気な彼の姿を私は横目でみていた。彼の努力が実る瞬間をみれて私は本当に運の良い女性だと自尊心を立て直し、またこれからの彼の生涯を見守り続けるのだと。私は勘違いしていた。


 幸せの絶頂にあるその晩。彼が久しぶりに好物のトマトスープを頬ばっていると、ガタンッと食器や椅子の諸々が床に叩き落ちる音がアトリエに響く。咄嗟に視線を彼に戻すと心臓の部分のシャツを握り苦しそうに屈みこんでいた。私はどうにか助けてあげたいと思うが所詮、私は絵でしかない。手を伸ばすこともできず彼が息絶えるまでの様子を見ていることしか出来なかった。その時だけ本当の人間になりたいと願った。


 数日後、彼は実業家の手によって発見され病院に運ばれた。彼のいないアトリエは静かで私は見守る相手も居なくなり独りぼっちになってしまった。

「ここってこんなに寂しい場所だったのね。」

彼はやっぱり面白い人間だったのだと次会った時に伝えてあげたいと思った。

私のこれからなんて分からない。彼が亡くなったあと凄く評価されて美術館に飾られるだけのお飾りになるのか。アトリエの一部でしかない「無名の画家」の作品として終わるのか。私は予測のできないものに無性に胸が躍った。

「千年後も彼の追求したものが、残っているといいかもね。」と、

私は今の現状を楽観的にみてみた。

続編やリメイクは検討中です。

ありがとうございました。

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