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第7話 天音の手料理

 翌る日の早朝。

 ピンポーン・ピンポーン。ピポピポピポピンポーン。

 部屋中に響き渡るインターホンの音に、湊の眠気はあっという間に覚めた。

 このインターホンの押し方を、彼は一人しか知らない。

 湊は嘆息しながら扉を開けた。


「……今日も大学か?」

「うん。そうよ」

「それで、今日も寄ったのか? こんな早い時間に?」

「いいでしょ別にー。はいはい、不貞腐れてないで入れなさいよ」


 湊の憮然とした顔に、天音は早口で捲し立てる。

 まあいっか、そう呟いて湊は扉を全開にした。

 天音は何をするともなく、ただただ裸の炬燵の所に座って、スマホを弄り始める。

 湊は洗面所に行って、冷水を浴びに行った。


「それで、〆切は大丈夫なの?」


 湊が戻って着替えていると、天音はそんなことを聞いてきた。

 近況を知る人ぞのみ気になる、〆切。

 一応、伝えられる範囲の事は天音に話してある。

 今回、《《二度目の〆切破りをしてしまいそう》》だということも……。


「あー、解らん。多分大丈夫だ」

「昨日坂本さんに会ったけど、凄い顔をしてたわ」

「ま、マジ?」

「ええ」


 しばらく沈黙が続く。

 どうやら、湊はむしゃくしゃしてきたらしい。


「ああもう、どうしてみんな〆切〆切うるさいんだ? 〆切病か?」

「まあ、作家もののラノベとかアニメとかの影響じゃない? それに、私は気になるかな。面白いし」

「面白いってな……」


 湊は着替えを終えて、パソコンを開いた。


「そういえば、あんた朝食まだよね?」


 湊が海外のニュースサイトを眺めていると、天音の声音が耳朶を震わせた。


「ああ。別にまだ腹が減ってるわけじゃ――」 


 しかし運悪く、湊の腹はここで唸った。


「ふっ」

「鼻で笑うな。仕方ないだろ。人間なんだから」

「ごめんごめん。代わりに私が作ってあげる」

「まじ? 面倒だったから助かるわ」


 天音は自ら提案したと言うのに、湊の返答に顔を渋らせた。


「?」

「はぁ」と天音。


 彼女は嘆息しながら立ち上がった。


「まっ、いいわよ……なんでもいいかしら?」

「勿論だ」


 あまり気にすることなく、湊は視線を再びノートパソコンに移した。

 やはり、世間は戦争やら、物価高やらで忙しそうだった。

 ――それから数十分後。


「ほら、出来たわよ」


 机上に並ぶ、香ばしい朝食の品々。

 湊はそれを見て、瞠目した。

 天音はてっきり、料理の出来ない人間だと思っていたからだ。


「お~、中々やるな……意外」

「失礼ね!」


 予想以上に怒気を撒き散らす姿にも、湊は驚いた。

 最近天音をからかい過ぎているのかも知れないと、今初めて気付くのである。

 ……いやこいつも十分悪いんじゃないか? 


「そ、そんなカッカするなって。不細工になるぞ」

「ふんっ」


 まあ、兎にも角にも。


「いただきます」


 湊は両手を合わせて、箸を皿に運ぶ。

 天音の作った朝食はこうだった。

 まず白飯かっこレトルト。

 次に、みそ汁かっこレトルト。

 そして、焼き魚。

 しゃきしゃきのレタスとウィンナーとトマト。

 その二つの料理と同じ皿に乗せられたオムレツ。

 最後にコーンスープかっこレトルト。

 ……これは決して彼女が料理をできないという訳ではない。

 なぜなら、めんどくさがり屋の湊は朝食用にレトルト食品を買い込んでおり、いま冷蔵庫にはそれくらいしか余っていないからである!

 湊が最初に口に運んだのは、オムレツ。


「うわっ! ふわふわで美味いな……」

「そ、そうでしょ?」

「うん、こりゃすげーよ」


 もぐもぐ、と箸の動きは止まらない!

 とうとう彼は、天音の作った朝食たちを完食した。


「ご馳走様でした。天音、ありがとう」

「うん……あ、私そろそろ大学に行くからね」

「おう。本当にありがとな」

「解かったってば」


 ぱたん。

 扉は優しく彼女を送り出した。




「ふぅ……」


 湊は椅子に座り、息を吐いた。

 一旦、動悸のするこの体を、落ち着かそう。

 そうだな。

 まずは皿を洗わないとな……腰を浮かせ、皿を持ってシンクに運ぶ。

 そして……。

 考えを中断し、湊は目を瞑り上を向いた。

 ――俺は幸せだよなぁ……天音とか、優作とか、猫子は別だが。

 本当に良い人たちに囲まれてる。

 ……以前の俺なら考えられなかったことだな。

 一息ついてから、皿洗いを終え、水分を拭き取り、置くべき場所に設置する。


「よし、書くか」


 ノートパソコンを広げ、未だ初稿を完成させることが出来ない焦燥にも駆られ、ぞんざいに湊はキーボードを打つ。

 ……だが。


「ん~。駄目だな」


 数十分で書いた文章を全て抹消した。

 書けないものは書けない。

 うん、そうだよな。

 湊はそう納得して、玄関を出ようと支度をし始める。

 書けない時は一旦、書かずに日常を謳歌する。

 湊はあまりこういう書けない時、というのは少ない。

 何故なら、いくら困っても、プロット通りに進めていけばいいからだ。

 だが、今巻はそうもいかないのだ。

 シリーズものの最終巻だ。

 これだけはプロットを越えた、完璧な物語に仕上げたい。

 終わり良ければ全て良し。

 という訳でも無いが、というか、それを認めたら今までの巻が良くないみたいになってしまうが……最終巻はそれくらいの勢いをもってやっているつもりだ。


「新作の準備も出来てないし……まずいな」


 財布を持って、扉を開けた瞬間。

 彼女がいた。

 白銀の髪を持ち、青い瞳を持つ少女。

 人間離れした双眸に、湊は数秒、無意識に彼女を見詰めてしまった。


「あれ……真夏、君はもしかして本当に外国人なのか?」


 一日ぶりに出会った真夏に向けて放った言葉はそれだった。


「え、あ、はい……ハーフ? って言うんでしたっけ」

「あ、ああ。そうだよな」


 ――あれ……親父の再婚相手ってハーフだっけ? 髪を黒に染めたのか?

 ここにきて初めて、父親の再婚相手の顔を忘れた障害が現れた。


「今日もゲームしに来たのか?」

「そんなところです」

「……そうか。今からどっか行こうと思うんだが、真夏も来るか?」

「いいんですか?」

「勿論だ」


 嬉しそうな真夏を見て、湊はすっぽりと嫌なことを忘れることが出来た。

 湊とて、真夏の訪問には見えない部分で、助けられているのかも知れない。

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