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第5話 銀髪美少女『春真夏』

 カフェに寄り数時間が経過した。

 ……あー、駄目だ、ぜんっぜん良い原稿が書けない。

 湊は書いては消して、を何度も繰り返していた。

 ……この、最終巻、絶対に一文字も無駄にはしない!

 そんな思いも相俟って、原稿の進みがいつもの倍、遅延していた。

 

「はぁ」


 既に冷めてしまったコーヒーを嚥下する。

 このまま、雨が止むまでこのカフェで時間を潰そうかとも考えたが、どうやら雨は真夜中まで止まないらしい。

 とはいえ、落石のような衝撃をもった雨は姿を消し、小雨に変わっている。

 予報も加味すると、今日は雨が止みそうになかった。

 ……今日はもう帰るか。

 帰り際のことだった。


「お客さん。これ、どうぞ」


 と、顎に白い髭を蓄えた店主が傘を差し出してくれた。

 湊も、ああ、こんな大人に成れればいいなあと思う。


「ありがとうございます」


 ベルの鳴らす扉を出て、彼はその貰った傘をさして歩き始めた。

 いい店だ。

 また来ようと思う湊だった。



 スニーカーを踏みしめる度に、水が湧き出るあの嫌な感覚を耐えて数十分。

 ようやくと三階建てのマンションが見えて来る。

 エレベーターはなく湊の自宅は三階にあるので、必然的に階段を上ることになるのだが、靴が濡れ階段でこけそうになった。


「っと、あっぶね~」


 二階に上がったところで、三階からコンコンと足音が聞こえて来る。

 三階は二部屋、つまり湊以外にも一部屋あり、確か……誰かが住んでいた気がする(改めて、隣人を知らない自分にやべぇと思う湊)。

 誰かが帰って来たのか、それとも出かけるのだろうか。

 はたまた誰かが鍵を忘れたのか。

 然程気にせず、湊は階段を上る。

 ……と、ひょいっと階段から顔を出すのが見えた。

 高校の制服を着ており、湊を見るや否や、美しい弧を描く眉が上がった。


「……いや、まさかな」


 あんな知り合いはいないし、いたとしたらきっと覚えているだろう。

 何故ならば至極単純、美少女だったからだ。

 髪は長髪の白銀で、(多分)若者らしく染めたのか。

 華奢な生足が制服のスカートから垣間見え、ドキリとする。

 湊は脚フェチだ。

 それに、全体的に白っぽい制服も良く似合っている。

 少し階段で立ち止まり、思考する。


 ……いや、やっぱり目的は俺らしい。

 

 彼女は湊を見ると一度は引き返すのだが、やはり再び階段付近に顔を出し、そして駆け出す。

 そんなことをすれば、滑って危ないではないか。

 その知見が湊の体を、彼女がこける前に動かしていた。


「ひゃぁっ!」

「危ないッ!」


 銀髪の彼女は足を滑らせ、前のめりに倒れ込む。

 何をそんなに焦っているのだろうか。

 それともただの阿呆なのか。

 すかさず湊は手を伸ばし、彼女の体を包み込んだ。

 彼女の顔が、湊の顔に近くに停止した。

 ――刹那、時が止まったかのように思えた。

 雨粒の一粒一粒が、手すりで弾ける雨粒が、ゆっくりと鮮明に湊の視界に映り込むのである。

 ――ダダンッ!

 彼女を包み込む湊の体は、尻から階段下に落ちた。

 彼女は「ひゃっう……!」と可愛いらしい悲鳴を上げていた。


「お、おい、大丈夫か?」


 怪我をしていないか、おずおずと湊は尋ねる。


「……だ、大丈夫です! っ! 神楽坂さんこそ大丈夫ですか⁉」

「ッ⁉」


 痛みは確かにある。

 だが、それよりも。

 ―—今、彼女は何て言った?

 かぐらざか……。

 それは、湊の本当の苗字だった。


「ど、どうして君が俺の名前を知ってるんだ」


 マンションの名前の記載される所にも、水無月湊で登録してある。

 市役所行き、改名までしたのだ。

 だから、彼女が湊の本名を知る由がない筈だ。


「えっと……私のお母さんの姉が、神楽坂さんのお母さん、だから?」


 よく理解できなかった。

 そして、ハッとあることに気付く。


「……ああ、再婚相手か」


 親父の再婚相手。

 湊は一度しかその人と顔を合わせたことが無い。

 親父に死んでも似つかない美しい人という印象を持ったのは覚えている。

 だからといって義母のことは心の底からどうでもいいし、考えたくもなかった。

 母親だとも一ミリも思っていない。

 ……俺の母親はたった一人だ。


「……はい」

「それで……いや。雨も降ってるし、一旦中に入るか」


 息を吐いて、湊は立ち上がる。

 彼女も立ち上がり、制服が、細かく言えばワイシャツが雨に濡れてブラジャーが透けていることに気付く。


「きゃっ!」


 速攻で胸元を両腕で隠し、


「……見ました?」

「ん? 何が?」


 記憶に刻み込まれた水色のそれを、湊は水着だと思うことにした。

 そういう訳で、湊の家にいとこがやってきた。



 カチ・カチ・カチ・カチ――

 リビングの小柄な置時計の鳴らす音が、これでもかと響いた。

 どうやら、どんなに小さな音でも今の彼の耳は拾ってしまうのだろう。

 無言の時間が続いていた。

 それもそのはず。

 彼女の使うシャワーの音が、リビングにまで響いているのだから。


「……む」


 執筆に集中しよとしても、中々、その音の所為で集中できない。


「駄目だっ!」


 嫌な記憶が鎮まり、現状を認識すると、彼の動物的本能が蘇ってきた。

 彼女は湊の、いとこなのだ。

 いや、いとこと言って良いのか……彼自身、それは解らない。

 それでも、たとえ男の性であったとしても卑猥な目で見てしまってはいけない。

 何か別の事を、と考えるうちに机上に置かれた新企画書のA4用紙が目に入る。

 暇つぶしにも、見直そう。

 そうして目を通すのだが、


「これ正夢、と言うのでは……?」


 彼は、今朝見た夢が今の状況に酷似している事に気が付いた。

 美少女が空(上)から振って来て、全裸(に近いモノ)を見て、そして次は……


「性行為⁉ ああもうっ! だから駄目だっ!」


 すると、


「……何してるんですか?」


 優しい声音が湊の耳朶を擽った。 

 恐る恐るといった声音だった。


「ひぇあっ⁉ い、いや? べ、別に何も」


 と、首をぶるぶるふるわせながら湊は彼女を見る。

 刹那。

 彼は心の中で「マジか」と呟いていた。

 湊が普段来ているパジャマ用のズボンにTシャツが、妖精のような美しい彼女が着ているのだから、度肝を抜かれてしまうのは容易に想像できる。

 ――湊は内心、目の前の銀髪の彼女のことを、今まで会ってきた人の中で一番美しい相貌とすら思っていた。

 特に彼女が動く度揺れる双丘が、Tシャツを際立てせる。


「と、取敢えず、そこに座ってくれ」


 リビングの中央にある机に彼女を誘導する。

 冬は炬燵として機能し、夏は普通の机として機能する優れものだ。

 ……。

 彼女は黙ったままコクリと頷き、座る。

 彼女の反対側に湊は座った。


「あー、まずは、どうして俺のところに来たんだ?」

「……佳香さんの家に泊まっている時に、神楽坂さんの家の住所を知ったんです」


 つまり、母の妹の家に泊まることがあって、その時に湊の家の住所を知ったと言う訳か。

 だとしても、一度も顔を合わせた事のない人の家を訪ねるのは不思議だ。

 もし彼女が湊を知っているつもりなら、それは親からの話と小説からだろうか。


「……何があったかは知らんが、ここに来るのには複雑な理由があるんだろ?」


 でなきゃ、顔も知らない人の家などに押しかけるはずがない。


「……はい」

「はあ……正直、どうでもいいけど、雨宿りとしての場所提供はする。だがな、直ぐに帰ってもらうぞ」


 彼女の表情が涙を流す前兆に変わっていく。


「それは……困ります」


 更に、俯いたまま、彼女は呟いた。

 湊は申し訳なくなった。

 けれど彼の言うことは最初から決まっていた。

 すぐに帰ってもらう、これに限る。

 美少女がほいほいと現れて、簡単に同じ屋根の下に一泊できる世界じゃないことは言わずもがな、だ。

 どうしても帰りたくないと言うのなら、ビジネスホテルに泊まってもらおう。

 お金は、後で糞親父にでも請求すればいい。


「駄目だ」

「……」


 彼女はあからさまにしゅんとして伏し目がちに頷いた。

 そこまで落ち込ませる気はなかったから、湊は焦燥を抱きながらも、元気を出させようとした。


「ま、まあでも、何か理由があってここに来たんだろ? まずは自己紹介からだ。俺は水無月湊、神楽坂は使わず、こっちの名前で呼んでくれ」


 訝りながら、彼女も口を開く。


「私ははる真夏まなつです」

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