第3話 変態で小柄な猫子
天音が大学へ赴き、部屋には再び静寂が戻って来た。
結果、職業小説家の湊は三度寝という特権を行使した。
ところが。
ピンポーン・ピンポーン。
「……今日は随分と来客者が多いな」
憮然とした顔で湊はベッドから出る。
誰が来たのか、覗き穴に目を凝らし、確認する。
「こんにちは〜! いえ、おはようございます。未来の旦那さん♪ 未来の妻が遊びにきましたよ~」
そう告げるのは十八歳女性の猫子。
幼い顔立ちに、小柄な体躯。
艶やかな黒髪と同色かつ切れ長の双眸が、まるで猫のように特徴的だ。
体が小さい割に、大きな双丘を胸に抱えている事も一つの特徴でもある。
「……俺に将来猫子と結婚する予定はない」
「にゃはは、またまた御冗談を~。入りますよ~」
「ああ」
早速彼女が湊の家に入ると、リビングにあるベッドに彼女は飛び込んだ。
「温かい……! もしかして先輩私の為に⁉」
「んな訳あるか! さっきまで寝てたんだ」
……いやだから目を輝かせるのやめようか。
「ところで先輩。将来子供は何人欲しいですか?」
「俺に結婚する予定はない!」
「たまたま~」
「卑猥な表現するな!」
「にゃはは」
彼女こと猫子は、彼女の作家としてのペンネームである。
本名は知らない。
だが優作もそうだが、湊が関わる作家で本名を知っている人は誰もいない。
天音は大学の元同期で、唯一名前を知っている人物と言える。
一年前に湊と同じ新人賞の大賞―—もっとも優秀な作品に与えられる――を受賞して作家となった、いわば湊の後輩だった。
……出会いは、新人賞の受賞パーティーだった。
「先生が大好きです! 勿論、作品も大好きです! どうですか? この調子に付き合っちゃいませんか?」
「「「ぶ~っ!」」」
そりゃあ、他の作家たちも飲み物噴いてたよね。
そしてその噴出された飲み物のほとんどは湊のスーツにかかった。
彼女が類のない可愛さが言動との《《ちぐはぐ》》を生み出し、周囲の驚きは減速を知らずに増していく。
「は⁉ はっ⁉」
湊はよく解らずにその場でキョロキョロする。
逆に、他に出来る事は混乱した頭には思い当たらなかった……。
……その後日。
猫子は担当編集と共に、クリーニング代や菓子折りなどを持って湊の宅へ訪ねて来た。
「先日はどうもお騒がせしました。すいません」
彼女の担当編集は謝罪するのだが、
「湊先輩の作品も、湊先輩も大好きです。付き合って下さい!」
多分、勢いだったのだろう。
大好きな作家さんに会えて、気分が高揚し、思わず口走ってしまう。
そんなようなものだ。
「ちょっ――!」
担当編集は止めようとするが、勢いが勢いなのだから仕方がない。
湊はまだ二十歳という事もあるのか、不細工ではなく、どこかあどけなさを感じさせる面をした、中肉中背の男だ。
一応忘れてはいけないのは、彼女が十八歳だということだった。
言わば、成人したばかりの、子供なのだ。
その辺りの分別も、しっかりと叩きこまなければいけない。
そんな覚悟をもって、湊は開口する。
「……いや。べ、別に告白は自由ですから? いいんですけど」
……うん、ムリ。厳しくなんて絶対無理。
という風に、美少女から告白されれば、当の本人は調子に乗ってしまう訳なのだが……。
「駄目、ですか?」
彼女は潤んだ瞳で机越しの湊に近づく。
「はっ――⁉」
息を飲み、そして「はい!」と答えたい気持ちを堪えて、
「考えさせて下さい」
と言って、帰ってもらった。
家に静寂が取り戻されると——
「ウフフ、ウフフフフフフ!」
湊は気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「ま、まあ俺の作品はどの作品よりも面白いし~? べ、別に付き合ってやらんこともないけど~?」
そう調子に乗って独り言を連発している時だ。
ふと、机上に置かれた菓子折りと、彼女の刊行予定の本が視界に入った。
「……」
自然と湊の手が伸び、ベッドの上で読み始めた。
まさに、作家の性とも言えるほど自然な行動だった。
そして——
「……え?」
彼は悟った。
彼女とは、格が違いすぎる事に。
一瞬でも、目を離すことが許されなかった。
いや出来なかった……。
思わず、自分の編み出した作品よりも面白いのではないかと疑いを持ったほどに。
こんな事は作家人生で多くない。
後日、湊は猫子の告白を断った。
そう、そうなのだが――
「先輩、お腹へってません?」
ベッドに寝転がり、まるで自宅のように寛ぐ猫子。
……あれ? 俺、告白断ったよね?
当初はそう思ったのだが、断った時、猫子が
「先輩、これからも訪ねていいですか?」
別に断る理由がなかったので、
「ああ、いいぞ」
と、快諾した結果がこれである。
彼女の問いに答えるために、時計を見る。
十二時過ぎだ。
「確かに、へってるな」
「ならどこかに食べに行きましょうよ! デートです、デート!」
どこかのファミリーレストランで執筆するのもありだな。
そう思い、
「よし行くか」
と湊は顔面に冷水を浴び、寝ぐせを直して、財布とパソコンを持ち、家を出た。
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