第23話 解放ストレッチ!!!
硫黄のにおい。
軽装に身を包む尋ね人のノンストレスな表情。
山々に囲われたホテル群は、まるでリゾート地のようだった。
「実は私も来たことがないから、正直、楽しみだわ」
「はい! 私もです!」
早速、温泉に浸かるため、二人は女湯に入る。
勿論、着替えや入浴の準備は済ませてあるので、スムーズに温泉への扉へ。
二人は体を洗い流し、まずは温めのお湯に身を捧げた。
「……ふぁあ~」
「わあ~」
「いいわねぇ」「いいですね~」
言葉が重なり、互いに笑みを零す。
「あのぅ」
真夏は裸を見られることを躊躇しているのか、天音との距離をとっていたが、お湯につかり暫くすると、真夏のほうから近づいてきた。
「なあに?」
「今更なんですけど、私も来てよかったのかな、って……」
移動中、あまり浮かない顔をしていたのは、そういうことだったのか。
というか、天音は真夏の悩みよりも、華奢な四肢に綺麗な素肌を凝視してしまう。
そっちのほうが気になって仕方がない。
……ウソ、オナジ人間トハ思エナイ。
「……湊が一緒に行きたがっていたみたいだから、いいんじゃないかしら」
視線をどうにか真夏の顔に持っていくことが出来た、かと思えば、今度はいつもとは違う、上がった髪型によって、素顔がありありと映る。
……もう、ここまできたら、芸能人じゃない!!!
天音の通っている大学生ですら、このような美少女は見たことがない。
普段は、髪型でかなり隠れているんだなぁと知る。
「……そうなんですか?」
「なんだかんだ言って、湊は新しく出来た『いとこ』に喜びを隠せないみたい」
「それは、私も嬉しいです……大作家である湊先生に繋がれただけでも幸せ満足です」
天音は時たまみせる、不安定な真夏の表情を見て、湊の言っていたことを本質から理解した。確かにこれは、と。
一旦、話を紛らわすためにも、
「少し、熱いとこいこっか?」
「はい」
二人は汗を拭きとり、サウナに移動した。
二十歳、男、職業ライトノベル作家にとって、何よりも体を労わることは必要不可欠だった。
「……ぷわぁ」
赴きある植木鉢に囲われる露天風呂で、彼は一人、体を癒していた。
温泉成分の効果に期待しつつも、いい景色、いい空気の中で入る温泉は格別だった。
「よし、整うか」
それは男の宣言。
体を極度に追い込み、そして開放されるあの気持ちよさ。
いざ、湊はサウナに直行する。
「……!」
ヒノキのいい香り。
加えて、呼吸するたびに燃え上がりそうな鼻奥に、強敵を前にする主人公の気分を味わう。
……俺は、決して負けない!
と、経過すること七分。
十分耐えて見せると威張ったものの、これ以上はマジで死を覚悟しなければいけないので、出ることとする。
そして水風呂を桶ですくい、汗を流す。
からの、どぼん。
「……ひぃ」
冷たいと感じる暇もなく、体の熱が反抗する。口から冷気が漏れる頃合い。
湊はあがり、室内の椅子をお借りして、背を預ける。
「………………(´▽`*)」
体がまわるまわる。
ぐわんぐわんする思考に、絶頂のような何かが、湊の体を走った。
……(゜д゜)!
き、きもてぃーーーーーーー!
意識の回復を待ち、湊は露天風呂に出た。
適度な冷たい風が体に纏う。
……にしても、ラッキー、人が全然いない。
時期が時期なのか、平日の四時ごろともなると、人は少なかった。
露天風呂には誰もいない。
「……これは、チャンスでは⁉」
以前『ゆーつーぶ』で手に入れた、あの解放ストレッチを試す、チャンスでは!?
「よし」
湊は右手を左に伸ばす。
リズムよく、
「解・放~」
刹那、じんわりと湊の中で流れるエネルギーが体全体に巡り渡る。
すごい! なんだこれは!
左手を右に、リズムよく。
「解・放~」
きてるっ! きてるきてる!
再度右手を左へ!
「解・放~」
うぉおおおおおおおお!
か・い・ほ・う~~~!
「あのぅ、お客様~」
「すいませんでしたー!!!」
刹那、思考が平常運転に戻り即座にかました見事な土下座は、従業員を納得させうる見事なものであった。
「ぷわふっ」
「あつつ」
女性陣もまた、サウナを愉しんでいた。
体を追い込み、水風呂に浸かったあと。
二人は室内にある椅子に身をゆだねた。
「……あぁ、いいわね」
「ですねぇ」
天音の恍惚とした響きに伴う、心地いいまでの真夏の言葉。
「やっぱり、来てよかったです」
とろけそうな真夏に、
「私も~」
同調する天音。
朦朧とする中、そのまま思考が口へと流れたのか、天音は言葉を漏らしてしまう。
「真夏ちゃんさ」
「はい……?」
「いっぱい湊に迷惑かけるといいよ」
「え?」
「真夏ちゃんの事情は分からないけど、みんなあなたの味方だよ。だから、私にもいっぱい迷惑かけていいからね~」
返事が返ってこなかった。
代わりに聞こえたのは、鼻をすする音だった。
「特に湊なんて、ずっと真夏ちゃんのことを気にしてるわよ」
言葉に多少嫉妬が混じっている気がしたのは、きっと勘違いだろう。
「……湊先生」
最初は、確かに真夏のことを避けるようにしていたが、最近は気軽に遊びに連れて行ってくれるし、楽しく話してくれる。
「私、ちょっと、もう上がります」
「そう? 私はもうちょっといるわね」
「はい、ごゆっくりしてくださいね」
「ありがとう」
真夏は再度体を洗い流し、体の水分をふき取ってから風呂場を後にした。
着替えを終えて、髪を乾かしてから休憩場に行くと、すでに顔を真っ赤にした湊がフルーツ牛乳片手にぼうっとしていた。
「先生?」
「……ぁ? ああ、真夏か。もういいのか?」
「はい、少し熱すぎます」
「はは、確かに」
「なんだか、露天風呂でおかしな声が聞こえてきまして、先生は聞きました? 『解放~!』って」
「あ、ああ。子供だったかな? がストレッチしていたような気がする」
「あはは、そうですか」
白い肌はいつもより火照り、蒼い瞳が湊を見る。
「どうかしたのか?」
「……いつか」
「うん?」
「いつかきっと話すので、先生は今は、知らないままで居てほしいな」
それは初めて耳にした助手のわがまま。
言葉足らずで、それでも真夏の明確な意思は、強い瞳からひしひしと伝わる。
「わかった。俺たちは家族、だからな」
「はい。血は繋がっていませんけれど、絆があれば、それだけでいいんです」
畳に正座する真夏は、伏目ながらも口元を緩めながら、そう呟いた。
「……な、なにか飲み物はいるか?」
「……はい、少しだけ、喉が渇いちゃいました」
そんなお願いに、湊は顔を赤くさせながら、我先に自動販売機へと向かった。
三十分後、風呂から上がってた天音と合流し、夕食を帰り道の途中でとることにした。
早速、駐車場へ向かい湊は助手席に乗り込もうとする。
「?」
行きが後部座席だったためか、天音は訝しんだ。
「ほら、代金払うとき楽だろ? なんせ左ハンドルなんだから」
「ああそういうこと」
真夏が後部座席に一人で座る。
「真夏ちゃん、疲れているようだから、寝てても大丈夫よ?」
真夏は先刻から、こくりこくりと首を落している。
意識が持っていかれそうになるのを必死で耐えているようだ。
「ありがとうございます」
言葉もどこか、ねむねむ?しい。
実際、発進してすぐに真夏はおやすみモードになっていた。
「寝たな」
「寝たわね」
突如、車内で二人になる。
エンジン音だけが鳴り響く空間に、天音が言葉を発した。
「帰り、どこ食べる?」
「ん~、どこがいいかなぁ」
「……ねえ」
「ん?」
「オモイものはナシで」
「じゃあ家系ラーメンで」
青い眼鏡の奥にある瞳が、細められる。
「私、はじめてあんたのこと小説家かどうか疑ったわ」
「でもライセンスみたいなものがないしな……所詮自称!」
「いや全然違うでしょ。そういえば、商業作家ってあるじゃない」
「ああ、確かに」
「ああって……それで、ラーメンでいいの?」
「いや、か?」
湊は眉根を寄せて、下から天音を覗いた。
「そんな可愛い目で見ても、男がやったらマイナスよ」
「そりゃそうか。それにしても、随分と天音も染まってきたな」
「何に?」
「そりゃあこっち側に」
「まあね」
赤信号で車が停止する。
「あんたの家でライトノベル読ませてもらってるし」
「まだまだあるぞ!」
「まあ、ちょっとずつ、ね」
「じゃあ来るたびに一冊読み切る課題を与えよう」
「毎日言ったら365冊、そんなにあるの?」
「無論だ」
「やっぱ小説家だったわ」
「ははは、そうだろう! って、毎日くるのかよ」
「味噌汁くらいは作ってあげるわ」
「あはは、そうなったらもう通い妻じゃん」
「私はいいけどね?」
「え?」
青信号に変わる、刹那、車のトルクが勢いを上げた。
「うおぉ……やっぱいい加速するなぁ」
「それじゃあ家系ラーメンにしましょうか」
「そうしよう!」
何がそれじゃあかは知らないが、二人の脈拍は長らく激動の波に乗ることとなった。




