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第22話 いざ、温泉地へ!

 次の日。

 深い眠りを妨げたのは、連続チャイム音だった。


「ったく、誰だよ……」


 とはいうものの、チャイムのリズムから大体の予想はついている。


「もう、はやく開けなさいよね」

「お前はいつもそういうよな」


 扉を開け、天音を部屋にあげる。

 いつもの様におしゃれな格好、髪型やメイクは当然の如く整っている。

 天音といつも通りの会話をするだけでも、心穏やかでない気持ちが自然と整う。

 ……やっぱり、友達ってもんはいいな。


「挨拶の代わりよ。それよりも、ふっ、寝ぐせひどいわね」

「ん? ああ、昨日風呂入ってそのまま寝たからな」

「何かあったの?」


 湊はそのまま布団にもぐり、


「昨日、久しぶりに親父にあってきてさ」

「あぁ~」

「だから今は気分が悪い」

「へぇ……ご飯は?」

「食べれない」

「またそんなこと言って、まだ痩せたいの?」

「眠い」

「じゃあまた私が作るけど?」

「それは助かる。天音の料理はまじ上手いし、天音の料理なら食える気がする」


 ちょっと楽しみになってきたところで、再び睡魔が襲ってくる。


「……寝たし。まあいっか」


 このために、せっかく料理の腕を上げたのだ。

 立ち上がり、台所を借りる。

 冷蔵庫の中を見て、少し絶望しながらも奮闘し、なんとか見栄えのいいものを作り終える。

 机に持っていくと、湊が起きていた。


「起きてたの?」

「うまそうな匂いでね」

「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない」

「まあ、な……いただきます」

「はい」


 腹が減ってないといいつつ、なかなかの食べっぷりだ。

 ……単にパスタと野菜を盛り合わせただけなんだけど。そんなに私の料理がおいしいのかしら。

 少し、否、大いに嬉しくなる天音だった。


「ところでさ、お前はなんか聞いた? 真夏から」

「聞いた、って?」

「俺さ、あいつの事情なんにも知らないんだよね。野暮なことは聞かないに越したことはないんだけどさ……」

「なるほどね、心配なのね」

「ああ」

「私もあの子のことは少し気になるわ」

「だろ? 親父の再婚相手の妹の娘って、しかも外国の血が混じってて美形って」

「……なんか言葉だけ見ると凄すぎるわね」

「ああ。ってか上手い、ありがと」

「どーいたしまして」

「今日も一限からか?」


 湊の質問に、ジト目で返す天音。


「あんた今何時だと思ってるのさ」

「え……」


 改めて時計を見る。


「うわっ、一時ってマジか。一日の半分が終わってる……」

「まったく」

「じゃあ今日は」

「今日は講義がないから、ちょっと遊びに来ちゃった」

「へぇ。じゃあ気分転換に付き合ってくれないか?」

「いいけど」


 天音は右手で髪を弄りはじめた。


「ご馳走様でした」


 湊はそんな天音を気にも留めず、両手を合わせる。

 食器を台所に持っていくと、さらなるインターホンが鳴った。

 そのまま扉へ直行し、がちゃりと開ける。


「こんにちは、湊先生」


 やはり、訪れてきたのは真夏だった。


「こんにちは。丁度よかった、いま天音がいてさ」

「天音さんがですか? 私、会いたかったです」


 そんな声が奥から聞こえてきたのか、たんたんたんたん、と足音を立ててやってきた天音は嬉しそうな表情で、


「真夏ちゃん!」

「あ、こんにちは」

「こんにちは! 本当、いつ見てもかわいいね」

「あ、ありがとうございます。天音さんも素敵です」

「ふふっ」

「玄関を甘い空気で満たさないでくれるか。まあ、入ってくれ」

「お邪魔します」


 三人がリビングに入ったところで、


「ん~……やっぱ引っ越そうかな」


 湊が呟いた。


「引っ越したいのですか?」

「まあ、それはまた今度でいいや」


 二人が会話を始めると、ベッドに腰かけた天音が、


「それで、気分転換って何すればいいのかしらね」

「それなあ」

「気分転換、ですか?」


 真夏が首を傾け、すぐに天音が説明する。


「こいつが昨日久しぶりにお父さんに会って、気分が悪いらしいのよ」

「そう、ですか」

「天音、お前な……」

「いえ、天音さんは悪くありませんよ」

「?」

「昨日、親父と会ったとき真夏もいたんだよ」

「えっ」

「真夏、お前いま親父の家に世話になってるんだろ?」

「……実は、はい」


 そのお世話になっている主人の悪口を聞いたら、真夏も気分が悪くなるだろう。

 そう思ったのか、天音が頭を下げた。


「ご、ごめんなさい真夏ちゃん、気分を悪くしたのなら」

「い、いえ! これは私の問題ではないので……」

「そ、それもそうね。だからあんた、早く仲直りしなさいよっ!」


 結局、ばしんと背中を叩かれる湊だった。




 湊、天音、真夏の三人が家を出て向かった先は、都心から車で一時間半の場所にある温泉街だった。

 結局話し合うまでもなく、湊の行きたかった場所という温泉地に日帰りで行くこととなった。

 天音が両親から譲り受けた外国のセダン車で運転してくれる代わりに、旅費はすべて湊が持つことになったのだが……


「ってか、天音のとこって裕福だったんだなぁ」


 今まで湊が乗ってきた車とは、まるで乗り心地が段違いだ。

 段差の衝撃も、フロントは勿論のことながら、リアのいなし方がまるで魔法の絨毯のようだった。


「私はあんまり運転しないほうなんだけどね、お父さんがかなり……」

「いや、お父さんの気持ちはよくわかる」

「えっ? でも先生は車をお持ちでなかったような……」


 真夏の突っ込みに、うっ、となりがらも、


「親父の家に車が三台あったろ?」

「あ、はい」

「そのうちの一台が俺のなんだよ」

「え……全部高級車に見えましたけど」

「まあ、それはそれで」

「あんたも嫌な男よねぇ」


 青いサングラスをつけた天音がバックミラーで湊を一瞥する。

 湊と天音は二人で後部座席に乗っていた。


「何がだよ」

「人のことばっか褒めてさ」

「なんだよ、不満か?」

「いや、別に?」

「ったく」


 途中、寄り道したコンビニで購入したコーヒーを飲む。


「あのー、どうして神楽坂さんの家に湊先生の車があるんでしょう?」

「あー、いやー、それはな」

「あんたまさか」


 腹からうなるような声で、天音が湊を軽蔑する。


「い、いや、まさかね、そんなに出てるとは思わなくてな。一発免停喰らったよ」

「!? あんだどんだけ飛ばしてるのよ!」


 ……えっと、五十五キロオーバー。

 湊は心の中で唱えた。


「……ふふっ、なんだか湊先生らしいですね」 

「俺らしい?」

「はい。だって、どうせ考え事をしながら運転していたんでしょう?」

「まさにその通りでございます」

「あんた、もう運転しないほうがいいわね」

「……俺もそう思ってる。下手したらそこら辺の高齢者ドライバーよりも酷いかもな」


 自分で言ってて、忸怩たる思いに駆られる湊。


「にしても、天音は運転も上手いなぁ」

「お父さんにアクセルとブレーキは十段階で踏み分けろってかなり躾けられたのよ」

「ぶっ! イニシャルⅮを思い浮かべたぞ俺」


 思わず吹き出してしまう湊に、話についていけない二人が首を傾げる。


「……イニシャルⅮ?」

「ああ、そういう漫画があってな。今度貸すから読んでみ、面白いぞ」

「あ、りがとうございます?」


 それからも会話は続き……。

 自然豊かな道を超え、社内に響き渡るエンジン音にも慣れてきたころ。

 ようやくと温泉街が姿を見せ始めた。


「つ、ついにやってきたぞ……湯河原温泉!」


 後部座席からの振動を感じたのか、


「ちょ、暴れないでよね!」

「あはは、すまんすまん」

「そんなに行きたかったので?」


 真夏の問いかけに、多くを語りだす湊。


「ああ! 俺さ、実は温泉好きなんだよね。だから、いろんなとこ行こうって高校生の時思ってたんだけどさ……はは、結局書くことに夢中になりすぎて、最近までずっと根詰めてたんだよな」


 それを聞き流していた天音が、有料駐車場へと入る。


「あ、あそこに空きがあります」

「真夏ちゃんナイス!」


 と、丁寧な動作で車が停止される。


「んっ。あっ~~~」


 天音は車から降り、両手を挙げて伸びの運動をする。


「お疲れ、そんでありがと」

「まあ、たまにはあんたの言うことも聞いてあげなきゃね」

「お優しいことで」

「ふん」


 三人は歩きだした。

 いざ、温泉地へと!


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