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第18話 女子会

「取敢えず、座ろうか」


 天音は優しく真夏にそう語り掛けた。

 日光の光が、二人の笑顔を鮮明にさせる。

 天音と猫子はキャンプで使うような椅子に腰かける。

 倣って真夏も座った。


「そ、それで話って……?」


 真夏の声には不安が入り混じっていた。


「安心してください、私は真夏ちゃんの一つ年上の先輩ですから!」

「そ、そうなんですか? え、もしかして高校三年生なんですか⁉」

「あんな地獄には行ってないですけどねぇ~にゃはは」


 猫子は照れ隠しのような笑みをして、笑った。

 真夏はそんな猫子を輝かしく見た。


「それでー、湊とは『いとこ』って、アイツいとこがいるなんて事言って無かったわよ」

「は、はい……それはですね」


 慇懃な態度で真夏は頭を若干下げて語る。

 同姓二人に詰め寄られ、学校にも似た雰囲気があり、恐縮しているのだ。


「あんまりかしこまら過ぎずにで良いわよ。まあ敬語じゃなくても良いよとは言わないわ。逆に話しづらくなるものね」


 だから、天音から気楽にしていいと言われ、真夏はほっとする。


「ありがとうございます」

「ふふ」


 そんな素直な態度を可愛いと評価する天音。


「それでそれで?」と続きを促す猫子。

「はい。湊先生は私の叔母さんの子なんです。湊――いえ、神楽坂さんのお父さんの再婚相手が、私の叔母さんということなのです」

「むむむ……⁉」

 難しい話に、猫子は充血した目に皺を寄せた。

「あ~、そういうことね。湊のお父さんが再婚して、そして出来たのが春真夏ちゃんと言う可愛いいとこなのね」

「……ッ⁉ ということは血は繋がってないから……先輩と結婚出来るってことですか⁉」

「「――っ‼」」


 天音は右手を猫子の頭上に向けて優しく叩いた。


「違うんですか……?」

「いや、違くはないけど……」


 天音は溜息混じりに呟いた。


「にゃはは、これはライバルの誕生ですね!」

「い、いえ! 私と先生はそんな関係ではないんです」

「と言いますと?」

「私と神楽坂さんは家族であって、恋愛の対象ではないんです。それと、私は先生の助手なのです」

「「助手?」」


 天音と猫子は、ぽかんとした顔を浮かべて数秒。


「はい! いろいろとお手伝いするという役割を担ったのです!」


 再び真夏の声を聞いて、意識が現実に引き戻された。


「そうじゃなくてね……いかがわしい事じゃないでしょうね?」

「助手の何処にいかがわしいことがあるんですか?」


 純粋無垢な表情で言われ、天音は忸怩たる思いに駆られて顔が赤くなる。


「あ、天姉さん! これは、これは最大の敵です!」

「「敵⁉」」


 もう、状況はてんやわんやだった。

 次から次へと言葉が言ったり来たりして、三人の脳内は混乱に陥った。


「……取敢えず、余った肉、焼くわね」

「……はい」

「そですね」



「へぇ~、天音さんは大学で心理学を専攻されてるんですね」

「凄いですよね~天姉さんは」


 しかし天音はそっと溜息を吐いて、


「超売れっ子作家に言われてもあんまりピント来ないわね……」

「いやいや、大学に行っているだけでも十分凄いですよ~」

「はいそうです!」

「いや、あんたたちね……」


 三人はあれからお互いについて話す女子会を始めた。

 女子会と言っても、一般的な女子会について知っているのはこの中で天音だけなので、少し空気は重たい。


「真夏ちゃんは何かやりたいことってあるの?」


 突然の天音からの質問に、真夏は「えっ?」と驚きを吐露する。

 にゃはは、と猫子は笑って、聞きたそうに座りなおした。


「えーっと……特には」

「ああ、いやそんな落ち込まないで。私もそうだから」

「え?」

「私もね、もう、自分で何がやりたいのか分からなくなっちゃって」

「天姉さんはそのままで十分ですけどね~」


 しかしその猫子の言葉は嬉しい筈なのに、嬉しくはなかった。

 天音からしてみれば、猫子は天才だ。

 僅か十八歳にして超売れっ子作家にまでなり、けれども自分は一般的な大学生。

 だから天音はそんな天才よりも、どこか、胸中に迷いのありそうな真夏に話を聞きたかったのだ。

 改めて、天音はそんなことを思ってしまう自分の心を酷く気持ち悪がった。

 ……やっぱり私は駄目だなぁ。


「で、でも! 私、意地張って生きるってことだけは絶対にやり遂げます」


 その言葉に、天音の心臓が重くドッシリと鼓動した。

 心が苦しかった。

 ――ああ。私、勘違いしていた。真夏ちゃんは、全然自分よりも何倍も何倍も強く生きている。劣っているのは私ばかりだ。

 なんだか、天音の心は荒んできた。

 だからか。


「っ!」


 普段飲まないようなビールをぐいっと喉に流し込む。

 こんな馬鹿な自分を律する為に。

 ――あぁ……私酔ってるのかな。


「「……‼」」


 猫子と真夏は目を丸くした。

 その二人に向けて、天音は語った。


「私ね、何もない自分が恥ずかしいの」

「……」

「周りはみんな活躍してて、私はただ受け身で授業を受けるだけ。そこに何かの価値を見出して、将来に繋げようともどうすればいいか、解らない」


 沈黙が続いた。 


「わ、私も」


 そこで、真夏が口を挟んだ。


「私も、今の世界情勢を見て、ロシア人だからって理由だけで学校では虐められて居場所がありません! ロシアになんて、精々十回くらいしか行ったことないのにですよ! 嫌になって、自暴自棄になった時もありました」

「……」

「そんな時に、湊先生の本が救ってくれたんです。生き甲斐を持たせてくれたんです。ちょっとずつですが、私も元の生活を取り戻しています」


 真夏は、まだある悩みを吐露させてしまおうかと思った。

 だが、それにはまだ、三人の関係は浅すぎた。 


「みなさん、多くの悩みを持っているのですね。ならば、定期的に三人でストレス発散会を作るのはどうでしょーか!」


 猫子の提案に、


「それいいわね」

「いいですね、それ」


 と、各々承知したところで連絡先を交換した。


「見てください、友達が今や八人にまでなりましたよ! にゃはは!」

「わ、私も増えました!」


 二人の視線に、天音も「私も百二十人に増えたわ」


「「……片付けしましょう」」


 その後、女子が率先して片付けをして、パーティーは終了する。

 真夏は湊を起こし、タクシーで帰宅。

 天音と猫子は歩いて帰宅。

 優作は……。

 皆、彼が傍の芝生で寝ている所を無視して帰ったのは、暗黙の了解となった。

 彼がお婆ちゃんに起こされ、くしゃみをしながら起きたのは、午後七時のことだった。

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