表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/40

第15話 助手のいない日

 北海道から帰って来た翌日の朝。

 ――ピンポーン、ピポピポピポピンポーン‼


「ま、じ、か、よ」


 湊は寝起きのガサガサした声音で、恨み節を吐くように言った。

 ぞんざいに布団を足元に投げ、ベッドから降りて、扉に向かって、天音が起立していることを確認して。


「……なんだ、今日も大学か?」


 しかし天音は暫く沈黙を自ら望んだように作り、じろりと湊を睨んだ。

 天音は女子大生らしからぬ大人びた格好で、その怒りの表情は鬼の形相と言っても過言ではないだろう。

 ……格好も表情も、年上に見られるのが、彼女のコンプレックスと言う。


「い、一体そんな怖い顔して、どうした? もしかして誰かに振られたのか?」

「違うわよ!」


 耳に響く恐々とした響きを持って、湊を打撃する。


「もしかして連絡無視してたから?」


 どうせ原稿の催促メールや広告メールだろうと、スマホの連絡アプリは全く目を通していなかったが、それが悪手になるとは。


「解かってるならさっさと弁解しなさいよ!」


 やはり、寝起きの耳にキンキン響く天音の甲高い声。


「いや、あのな……」


 ――真夏と一緒に北海道旅行に行っていたんだ、と言う訳にもいかないし。


「〆切に切羽詰まっててな。近くの店で缶詰してたんだ」

「なんだ、そういうことなの。それは、お疲れ」


 急に優しい態度に変化したので、湊はその幅に驚きつつも、「お、おう。どうも」と言って扉を全開にして彼女を招き入れる。


「ああ、そう言えば聞いた? 優作さんが皆で一緒にパーティーでもしようって」


 地面に座り、天音は開口一番に大事な情報を提供してくれた。


「あー、優作の奴、アニメ化決まったからな……」

「本当に凄いよねぇ。私なんて、本当にまだ何も出来ていないのに……」

「そうか? ……というか、すまんがちょっと寝させてくれ。時間になったら勝手に大学に行って構わないから」

「元々あんたの許可なんて要らないわよ」

「そうか」

「い、いや、今のは冗談と言うか、言葉の綾と言うか……ごめん」


 湊は天音の『本当は嫌っていないけれど、そういう態度を取っちゃうの』みたいなツンデレに薄笑いした。


「ぷはっ、謝るくらいなら、はなから言うな」

「煩いわね」

「へいへい」


 適当な返事に、天音は枕を投げつけるように、


「さっさと寝なさい!」

「……へい」


 湊は嘘のように一瞬で眠りにつき、天音は彼の部屋で一人になった。


「はぁ……」


 そして、溜息を洩らした。

 天音は今日もまた大学の授業がある。

 そして明日も。

 その次の日も。

 周囲の人たちは、こんなにも社会に出て、活躍しているというのに、一体自分は社会に出て、何が出来るのだろうか。

 ただ享受するだけの日々。

 だが、いきなり外へ出るのも怖い。

 天音は悩んでいた。

 横ではこうやって、目には濃いクマが出来て、頬がこけ、全身が瘦せてしまう程努力している人がいる。

 天音はそんな湊のことを、心から尊敬していた。

 彼は、時には辛い辛いと、泣いてしまう事があった。

 時には笑顔で良いものが書けたと喜んでいた時もあった。

 天音はそんな彼を近くで見て、感じて、だんだんと……


「さて」


 天音は台所に立った。

 今、自分が出来る事はこれくらいしか出来ないけれど、それでも何か役に立てればいいな。

 彼の為に料理の勉強を頑張ったなんて、口が裂けても言えない天音であった。



 ぱちりと目が覚めた。

 上体を起こすだけで、体の回復が顕著であることが解かる。

 それに――


「いい匂いだな……ったく、余計なことしやがって」


 湊が机の上に乗る料理を見て零した感想はそれだった。

 良い匂いというのは、どうやら味噌汁の香りだったらしい。

 それぞれの皿にラップが覆いかぶさったまま、早く食べてねと言ってくる。


「解かったよ」


 湊は傍に準備されていた箸を手に取って、


「いただきます」


 と、ラップを剥がして味噌汁を嚥下する。


「……む、やっぱりあいつ、料理上手だな。レトルトとはいえ……いや、今日は違うな、手作りだ! まじかぁ……」


 湊も料理については、相当な訓練を積んできたから、ちょっぴり悔しい。

 だからと言って、「料理に罪はないんだよな」と箸を進める。

 ふと、置時計を見ると午前九時だと知る。

 初稿は昨夜、家に帰って来てから仕上げ、担当の坂本に送った。

 本当ならば、新作の準備をしなければならないのだが……


「今は無理だ」


 完食した湊は食器を洗い、改めてスマホの画面をつけた。

 メッセージでは、確かに優作からパーティーをしようという旨のものが送られてきていた。

 その次に、五件もの電話を掛けてきた天音のメールを恐々と拝読し、湊は苦笑いで受け流した。


「まぁ、こんなもんか」


 湊はスマホをぽんと机の上に置いて、椅子に座って、パソコンを開く。


「まずいんだよなぁ……」


 ――新作のアイデアが全く思い浮かばない。


「まあなんとかなるか」


 そのまま湊はパソコンでネットサーフィンを楽しむのだった。



 ピンポーン・ピンポーン。


「……ん? 誰だ?」


 湊はパソコンを閉じて、玄関に向かう。

 誰かを確認すると、そこに立っていたのは猫子だった。

 湊は扉を開けて、


「猫子か」

「は~い! 来ちゃいましたよ! 先輩♪」

「おう」


 猫子を入れて、リビングへと向かう。


「ああ、そう言えば、ありがとな」

「何のことですか?」


 猫子はきょとんとした表情で首を傾げた。


「料理にラップ掛けてて冷蔵庫に入れてくれただろ?」

「あ、はい! 別にそれくらいは良いんですよ~。だって将来、私たちは家族になるのですから~♡」

「………………」


 湊は時計を見て、ネットサーフィンを始めてから三時間が経過していることに気付いた。

 流石に、もう止めようかと思い、猫子の隣に座って正面にあるテレビをつけた。


「なんだか新婚さんみたいですね~」

「変なこと言うな」


 べしっ。

 と、猫子の頭に優しくリモコンを乗っける。


「あぁ……猫子君や」

「なんです?」

「君の御蔭で最終巻が完成したよ」

「えっ⁉ 完成したんですか⁉ それなら早く読ませてくださいよっ‼」


 猫子の体勢が完全に湊の方へ向き、湊の左肩がぐいっと下に落下する。


「モ・チ・ロ・ンだ……だからその手を退いてくれ……!」

「あ~、すいません。つい……。それと……私の御蔭って、何がです?」

「いやな、君が現地に行って見ればいいと言うから俺も北海道に飛んだんだ。御蔭で作家人生で一番いい作品になったと思う」


 再び湊の肩がぐいっと垂れ下がる。

 猫子の手が力強く肩に乗っかる。


「それは楽しみですねっ!」

「あ、あぁ」


 そして湊はパソコンの原稿データを印刷して、最終巻を猫子に手渡した。

 ページ数は二百六十ページだ。


「わぁ~~~!」


 猫子は目をキラキラさせて、受け取った。

 受け取りざま直ぐに彼女の視線は紙に移り、一瞬で読書モードに移行したのか、ぴしゃりと静かになる。

 湊は鼻で笑い、自分も何か他の作品を読もうと、電子書籍のページを開いた。



「うっ……うぅ~! 最高過ぎます~~~‼」


 時は二時間が過ぎ……猫子は大粒の涙を垂れ流しながら、感想を口にした。


「本当に、これはもう終わっちゃうんですかぁ……?」

「ああ」

「悲しいです~‼」


 目をくしゃりと瞑り、猫子は本当に悲しそうに口を開いた。

 その反応は湊にとって、嬉しい限りの事だった。


「はは、ありがとな」

「いえいえ~」


 それにしても。

 しかし猫子はそう続けて言う。


「浮かない顔ですね」

「実は新作の企画が通らなくてな」

「そうなんですか…………あっ! それなら、私とどこか行きませんか?」


 ん~、と湊は唸る。

 別にそれも良いとは思うが、


「いや、今日は止めとくわ」

「そうですかー」

「そう言えば、明日のあの男の企画したパーティー行きますか?」

「ああ、勿論」

「じゃあ、私も行きますー。明日でしたよね?」

「だったな」


 そうして二人は夕方まで一緒にアニメを見て、時間を共に過ごし、そして猫子は帰って行った。 

 ――明日は優作の家で皆でゲームやら何やら楽しむという計画らしいからな、そこで何か、聞いてみるか。

 湊はそのままぼうっと過ごして、一日を終えようとしていた。


「真夏、今日は来なかったんだな……」


 湊はそう口にして、一日を締めくくった。

もし、続きが読みたい、面白いと思いましたら、高評価⭐︎⭐︎⭐︎お願いいたします。


作者の励みになります!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ