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第14話 彼が作家を目指したワケ

 ――キッカケは自殺願望からだった。

 それは湊が高校一年生の頃。

 新たな人間関係や、少しずつ難しくなっていく勉強、更には全く趣味の持たない休日の持て余す時間。

 友達のいない現状、不仲の家族。

 机の隅に書かれた小さな悪口や陰口が、彼の心を少しずつ摩耗させていった。

 とうとう疲れてしまった湊は、死んだ魚のような目をして、


「死ぬか」


 そう思った湊は、とある建物の屋上に上がった。

 普通、禁止されている区画だが、怒られても別にどうでもいいという自暴自棄な心が、彼の行動力を生ませたのだ。

 ――辛い。生きるのが、辛い。

 自分で自分を追い込めて、周囲にも呑み込まれ……強い心の持ち主ならば、耐えることも、無関心で居続けることも出来ただろう。

 だが、湊にはそれが出来なかった。

 辛い。

 たった、それだけの理由で自殺を決めた。

 柵を越え、下を見下ろした。

 死のう。

 手汗でフェンスの掴む手が滑りそうになって、落ちそうになる。

 風がびゅんびゅん吹いて、彼の痩躯を揺らす。

 下を見た。

 眉を顰めた。

 だが、怖かったのだ。

 両手が震え、離そうしても、無意識に手は力強くフェンスを捕まえている。

 彼は痛みには我慢強い方である。

 包丁で指を切っても、タンスの角に足をぶつけても、無関心のまま状態維持を続けるのだ。

 そんな湊でさえ、地面と衝突してしまえば、「あ˝ぁ……」と言う呻き声と、ぶしゃり、という鈍い音が周りに響き渡るのだろう。

 それは、どうしても怖かった。


「……どう、して」


 湊はその場で涙を流した。

 久しぶりの、大量の涙だった。

 彼は毎日、寝る前に、必ず涙を流していた。

 枕を、毎日濡らしていた。

 辛いとか、悲しいとか、何も思っていないのに、勝手に涙が流れて来るのだ。

 可笑しなものだ。

 遠い地面に大粒の涙は垂れていく。

 解らないが、我慢してきたものが全部、全部、流れていくようだった。

 ――それから、湊は自殺を諦めた。

 その日の帰り道。

 まだ家に帰りたくなかった湊は帰り道にある古本を扱う店に立ち寄った。

 別に本が好きでもなければ、読みもしない。

 ただただ、時間を潰すのには飲食店では人と話す必要があるし、外は寒いし、お金が掛からずにぼうっといられる所と言ったら、ここしか考える事が出来なかったのだ。

 外は既に真っ暗で夜の九時を回ろうとしていた。

 それでも湊は家には帰りたくはなかった。

『あんたなんか、ほんっとうに生むんじゃなかった』

 まだ物心がついたばかりの頃の、母の言葉。

 それが何度も何度も頭の中で反芻するのだ。

 いつの日か、両親は離婚した。

 友達は愚か、家族の仲でさえままならない。

 嘆息して、湊は店内を歩きまわる。

 すると、とある作品が湊の目に留まった。


「…………ぶっ壊せ……?」


 そのタイトルは『ぶっ壊せ!』だった。

 ライトノベルで、全九巻が四千円でまとめ売りされていた。

 繰り返すが、湊は本が好きでもなければ、読みもしない。

 本は読んでも理解するのが難しい、というのもある。

 まあ、好きなのは本屋の匂いくらいだ。

 だと言うのに、そのタイトルが可笑しくて、そして気になって、堪らなかった。

 夜の十一時に差し掛かろうという頃になって、湊は帰ろうとした。

 ……その前に、彼は背負っていた鞄の中から財布を取り出して中身を確認した。

 そこには、五千円札が入っていた。

 そして……


「ありがとうございましたー」


 結果、湊は『ぶっ壊せ!』というライトノベルを購入した。

 家に帰り、父は就寝しているのか、中は真っ暗だった。

 湊は部屋で、早速袋に入ったライトノベルを手に取って、読んでみた。


「……なっ」


 彼は『ぶっ壊せ!』というライトノベルの一巻を読んだ。

 ……面白過ぎる‼

 感想はそれに尽きる。

 そう思うくらい、その世界に没入して、感情移入して、興奮させられた。

 手は止まらず、二巻、三巻、四巻、五巻…………九巻と、一日で全てを読んでしまった。

 湊は今でも一秒たりとも忘れたことは無い。

 あの感動を。

 涙を流し、鼻水を垂れ流し、乱れた呼吸を戻すのに、三十分くらいは掛かっただろう。

 様々な感情が胸中でせめぎ合って、湊の心はてんやわんやだった。

 彼ら、彼女らは、自分の意志を貫いた。

 好きな事を全力で好きと叫んで、全力で今を生きたのだ。

 しかも最後は『ぶっ壊せ!』だなんて、なんて傲慢なんだと思った。

 怒りさえ感じた。

 だって、湊には出来ないのだから。

 簡単に言うんじゃねぇ、と。

 湊には好きな事などこれぽっちもなかった。

 だから、好きな事のある人がとてもとても羨ましかった。 

 だが、湊は思う。

 ――死にたいという気持ちを忘れ、ここまで没頭出来たもののは過去にあっただろうか。

 ならば、ライトノベルというものが、湊の好きなものにあたるのではないか。

 涙を流しながら、湊はそう思った。

 そして。

 湊はその感情の滝を抑えると、次には自然と椅子に座って、昔、リサイクリングショップで買ったパソコンの電源を入れて、ワードを開いて、書き始めた。


 結果、湊は二年後プロ作家デビューが決まった。

 電話口で、湊は大泣きしてしまい、黒歴史にもなった。

 そのプロセスにはたくさんの事があった。

 途中、何度も新人賞に応募して、一次選考で落とされ、再び死のうかと思ったが、次には声優というものにドハマりして、その彼女の笑顔を見るだけで、頑張ろうと思えるほど好きになった時さえある。

 デビューした時には親の反対を押し切って、プロ作家になった。

 そして。

 湊の元を去った母親が、死んだという通知が届いた。

 湊は…………泣いた。

 滅茶苦茶に、泣いた。

 嫌いだったはずなのに、それでも湊は涙を流したのだ。

 それは、『家族』という見えない繋がりが心の底ではきちんと芽生えていたからかも知れない。

 が、親父はその後、直ぐにまた別の女性と結婚した。

 湊は心底軽蔑した。

 侮蔑の目線で、


「家を出る」


 そう言い放ったのだ。

 そして、大学を辞め、作家業に心機一転した。

 だが父親からは食っていけない作家などなるなと幾度となく通告された。

 結果、その言葉がより一層親子の溝を深めたのであった。

もし、続きが読みたい、面白いと思いましたら、高評価⭐︎⭐︎⭐︎お願いいたします。


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