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隣人がクズ男だった件

作者: 戌叉

ピンポーンッ



「ん……んぅー?」



明凜(あかり)はその音で浅い眠りから引き戻される。



ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!



時計を見ると短針はまだ十二時を過ぎていなかった。



「誰だよ、こんな時間に!」



ベットから降りて、上着を羽織る。この季節は流石にまだ寒い。



こんな時間に人様の部屋を訪ねるなんて、一言文句を言わないと気が済まない!



ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!



「はい! はい! はい! 今、出るから!」



私は苛立ちを込めてドアノブを回して玄関の扉を開ける。



「一体何時だと……結衣(ゆい)?」



扉を開けるとその先には友人の結衣が立っていた。



どうしてこんな時間に、いや、それよりも何で下着姿で部屋の外にでたのだろう。



「明凜……助けて!」

「ちょっ!?」



結衣は目を合わせるなりいきなり泣きついてきた。本当にどうしたんだろうか、体が震えている。



「取り敢えず……部屋に入って」



下着姿のままでは風邪を引いてしまう。まずは上着を着せよう。





▽▽▽▽▽

「それで、どうしたってこんな時間に? 何でそんな格好で?」



結衣の好きな温かいココアを差し出す。彼女の好きな飲み物でまずは心を落ち着かせる。



「ありがとう……ごめんね。こんな時間に」



ようやく落ち着きを取り戻したようだ。結衣にはいつまでも下着ではいさせられないから、私の部屋着を渡した。



「…………」



相変わらずその胸は強調が激しいな。私も無い訳じゃないんだけどな。



「……明凜?」

「あぁ、別にいいよ。それより何かあったの?」

「うん……実は私…………襲われたの」

「はっ!?」



襲われた! 襲われたって、まさか犯されたの!?



「まって、ごめんね。言葉が足りないよね……未遂なの」

「いや、そういう問題じゃないでしょ!?」



いくら事を起こしていないからって、若い女性の部屋に押し入って許される筈がない。早く犯人を捕まえないと。



「警察には連絡した?」



結衣は首を振る。一番の被害者なのにそんな悠長な。



「この事がパパに伝われば私、家に戻される」



結衣の言葉であることを思い出して頭を抱える。


そうだった、結衣の父親は警察官だ。娘に犯罪の手が伸びたと知ったら、拳銃を構えてやってくるだろう。


あの娘思いの馬鹿親ならやりかねない。



「でも、もしまた結衣を襲いにきたらどうするのさ?」

「……だから明凜、犯人捜しを手伝って!」

「え? ……えぇ!?」






▽▽▽▽▽

ピンポーン、ピンポーン…………



「はい? どちら様?」

「夜分遅くにすいません。隣人の明凜です」

「そ、そのまた隣人の結衣です!」



うわっ、イケメンだ。



近所付き合いはしてこなかったから、顔を会わせるのは始めてだ。こんなイケメンが隣に住んでいるなんて想像もしていなかった。



つり目で背が高く、程よく体格も良い。確か結衣はこんな感じの異性が好みだったと思う。



「それで、こんな時間に何?」

「実はこの子の部屋に誰かが不法侵入したうえ、強姦未遂まで犯して逃走したようなので、その犯人捜しです」

「そうなのか……でも、何で警察じゃなくて君が?」



まぁ、そうだよな。



「ちょっと諸事情がありまして」

「………あっそ、」



あんまり睨み付けないでほしい。隣で結衣がうっとりしているじゃないか。



「そう言えば、犯人は逃げたんだろ? 何でわざわざ俺に聞くんだ?」

「それは犯人がここの住人である可能性が高いからです」

「なに?」



そう、結衣の話によれば犯人は逃走する時に鍵を落としたそうだ。



「それが、これです」

「なるほどな、このアパートの鍵か」



このアパートの鍵には共通点がある。ここの住人しか持っていない物だ。



「鍵には必ず、狐のキーカバーがついています」

「犯人の手掛かりか」

「お願いします! 犯人探しを手伝ってください!」



結衣はイケメンの手を握る。その目を見て溜息が出た。恋する乙女は盲目なのだ。



「とりあえず貴方の鍵を見せてください」



男の目が結衣の胸元に向いているからって、軽蔑の目は抑えられているはずだ。



「あ、あぁ。これがこの部屋の鍵だ」

「一応、確認しますね」



男の鍵を受け取って鍵穴に差し込む。どうやら本物のようだ。



「ありがとうございます。貴方は犯人じゃないようですね」

「当然だ」



男の容疑が晴れたから、この部屋にもう用事はない。彼の鼻の下が伸びないうちにここを離れたい。



「……俺も犯人探しを手伝おうか?」

「良いんですか!」

(げぇ!)



どうしてこうなるのか。明らかに男の顔が面白そうだと物語っている。



それに結衣は大賛成のようだ。



「はぁ、では犯人が現れた時に力を貸してください。えっと……」

玲雄(れお)だ」

「よろしくお願いしますね、玲雄さん!」



イケメンは名前まで格好良いのか。だが、男手があると何かと便利だ。ここはとことん利用しよう。



「何か失礼な事考えているだろ」

「そんな滅相もない」

「?」



男が見下ろしてくる。少し煙草の臭いがする。この臭いは苦手だ。



「ところで、ここのアパートの住人全員を尋ねるのか?」

「その必要はありません。犯人はここにどうやって来たと思いますか?」

「そりゃ、エレベーターだろ。この階に階段はないからな」

「そうです。でも、階の両端にあるエレベーターのうち片方は結衣の部屋の真横です。今、そこのエレベーターは修理中です」



犯人が逃げ出したのなら逆側のエレベーターかそこにある非常階段だけだろう。



「それにここは五階です。無事に着地していられる自信はありますか?」

「……無理だな」



手すりから下を覗く二人の顔が引き攣っている。私も高い所は苦手だ。



「犯人が逃げて結衣はすぐに私を尋ねに来ました。それなのに犯人の姿を見ていない」

「はい、私が外に出たときには誰もいませんでした」

「なるほど、部屋を出た直後に隠れられる場所といえば……」

「この階の部屋だけです」



玲雄は合点がいったようだ。



「ということは、容疑者は三人か」

「はい、一番近い部屋は犯人の可能性が高かったのですが」

「そうだな。……おい、俺が最も怪しいと思っていたってことか?」

「そんな滅相もない」



整った顔を近づけないでもらいたい。結衣の頬がリスみたいになっているじゃないか。



玲雄の疑う眼差しなど無視してさっさと次の部屋を訪れよう。






▽▽▽▽▽

「あらっ、玲雄君! どうしたのこんな時間に?」

「田中さん、遅い時間にすみません。ちょっと問題がありまして」



何故、彼が訪問して田中(たなか)と呼ばれている人妻とやり取りをしているのか。



それは私がインターホンを押して返事をしたら怒鳴り声が返って来たからだ。結衣は心配してくれていたが、この男はニヤニヤと笑っていた。



思わず結衣に見えないように肘を打ち込んでしまった。



「実は……………、ということがありまして」

「そんな怖いわぁー」



相手がイケメンになるとこうも対応が変わるものなのか。怖がる下手な演技がここまで見るに堪えないのも実感した。



「疑ってる訳じゃないんですが、田中さんの鍵が盗まれているかもしれないので。その確認にきました」

「あらぁー、ご苦労様ね。ちょっと待ってね……大丈夫よ、家の鍵はちゃんとあるわ」



鍵を玲雄に見せる。その誘惑するような顔とちらつかせる鍵をやめてもらいたい。



「鍵穴に差し込んでみても良いですか?」

「え? いいわよ、ほらっ」



大事な鍵をそんな適当に放り投げるなんて、よっぽど玲雄との雑談を楽しみたいらしい。



あの爽やかな笑顔は虚構だというのに。



「ありがとうございます」

「それではこれで失礼しますね」

「もういっちゃうの?」

「もう夜も遅いですからね、また今度時間のある時にでも」



照れた様子で手を振る田中。できればもう関わりたくない。結衣もそのようだ。



玲雄と話す田中をずっと睨んでいた。本人は気づいていないようだが。



「次は……」

「次は遠藤(えんどう)さんですね」

「結衣ちゃん、知り合い?」

「あぁー、知り合いと言う訳では」

「振られたんですよ、結衣に」



次の部屋の住人もなかなか面倒そうだ。






▽▽▽▽▽

「ゆ、結衣さん! どうしたのこんな時間に?」

「すみません、遠藤さん。こんな時間に」

「「どうも」」

「貴方達は?」



諸々の説明を告げると遠藤の顔がどんどん青くなって、結衣に手を伸ばす。



「だ、大丈夫!?」

「きゃっ!」

「おっと、それはいけない」



玲雄は運動神経もいいようだ。遠藤の手から結衣を守ってくれた。



例え、好意を寄せてくれている相手でも異性の接触は望む相手でなければ拒絶したくなるものだ。



「玲雄さん! ありがとうございます!」

「……結衣さん、この方とは?」

「えっと……」



その恥ずかしがる表情は駄目だ。玲雄は当然のようにしているが、それが良くない。



「ま、まさかっ! 彼氏!?」

「そんな! 彼氏だなんて……うふふっ」



結衣は嬉しそうだ。遠藤は……言わずもがな。



玲雄もどうしようと言う顔でこっちを見ないで欲しい。



……しょうがない。



「そう、言う、こと、で! ふぅ」



男二人の間に割り込むのは結構大変だ。煙草の臭いをもっと強く感じた。遠藤も吸っているのだろうか。



「貴方の鍵を確認させてください」

「僕が犯人だって言うのか?」

「まぁ、可能性として」

「くっ! すぐ取ってくる!」



疲れた。結衣のためとは言え、さすがに眠くなってきた。残り一部屋で終わる、それまでの辛抱だ。



「ほらっ、これでいいだろ!」

「鍵穴に差し込んでみてください」

「これで……文句ないだろ」



確かに問題ない。これで遠藤も潔白だと証明できた。



「結衣さん、こんな軽薄そうな男のどこがいいんだい?」

「玲雄さんはそんな人じゃありません!」

「嫌われましたね」

「何も、してないんだけど?」



イケメンはそれだけで罪ということだ。世の恵まれない男性から批難殺到は宿命だ。



甘んじて受け入れてもらいたい。が、あんまり言われているのも可哀相だったりする。



だから、これは手伝ってもらったお詫びだ。



「遠藤さん、私、煙草が嫌いです」

「それがどうした?」

「だから、私にとって煙草を吸っているあなた方(・・・・)は苦手です」

「別に煙草自体は悪くないだろ! 君の勝手な価値観を押し付けるな!」



そうだ、これはあくまでも私の個人的な価値。押し付けるものじゃない。



「そうです。貴方の玲雄さんに対する軽薄だと思う価値観も同じですよ」

「うっ! でも、煙草は結衣さんが格好良いって言ったから始めたんだ」

「結衣のせいにすんな!」

「「「!?」」」



結衣に惚れたのも、煙草を始めたのも全部遠藤が決めたこと。それを結衣に責任転嫁するのはおかしい。



仮にも告白した相手に、そんなことが言えるなんて考えられない。



「貴方が結衣をどう思っていようが勝手ですけどね、もし結衣が嫌がる事をしたらただじゃ起きませんよ! それじゃあ!」

ガチャン!



「「…………」」



あ、やばい。



「明凜大好き!」



結衣は大喜びだ。私の胸が結衣に押し負ける。でも、これはこれで悪くない。



それよりも呆然としている玲雄だ。明らかに引いてる。



「ほんと、見かけによらないもんだな」



あぁ、もうどうにでもなれ。



「次、行きましょうか」






▽▽▽▽▽

「ここって……」

「はい、空き部屋です」

「鍵は……かかってますね」

「ってことは?」



犯人はこの階の住人ではないという事、もしくは別の方法で逃走した、そういうことだ。



「一体どうやって逃げ出したんだろうな?」

「さぁ、私にはわかりません」

「そんな! 玲雄さん私どうすれば!?」

「一番効果的なのは警察だけど」



それは駄目だと私は首を振る。あの娘馬鹿の相手なんてしたくない。



「あの、玲雄さん。何かあったときのために連絡先を交換してもらえませんか? 助けをすぐに呼べるように」

「あぁ、いいよ。俺でいいなら、だけど」

「もちろん! ありがとうございます!」



良かった、これで一件落着だ。



「良かったら、明凜ちゃんも」

「私もですか?」

「これも何かの縁だし、せっかくお隣りさんだからね」



まぁ、減るもんでもないしいいか。それにしても、明凜ちゃん呼びは勘弁してほしい。



「今日はもうお互いの部屋に戻ろう。結衣ちゃん、部屋まで送るよ」

「私も」

「……はい、ありがとうございます」



それから結衣を部屋に送って私と玲雄も互いの部屋に戻ろうとした。



「ちょっとまって、聞きたいことがあるんだ」

「ふぁーい……何でしょうか? 手短にお願いします、もう眠くて」

「あぁ、すぐ済むよ」



何で私の部屋の前に立つ? 邪魔なのだが。



「いつ言うつもりだった? 犯人がいないって」

「!?」

グイッ、ドン!



逃げられない。さっきまで玲雄が壁に背を向けていたのにいつの間にか自分が壁と彼に挟まれている。



まずい、非常にまずい!



「な、何をいってるんですか?」

「そうか、そっちがそのつもりなら順を追って説明しようか」



部屋の鍵はポケットの中。こっそりと出せば気づかれないだろう。



「最初から違和感はあった。犯人がどうやって結衣ちゃんの部屋に入れたのか、このアパートは規則で合鍵は作れない」

「ピッキングしたんでしょう」

「……それに、最初に何で俺の部屋を尋ねたのか」

「それは、可能性の話で」

「いや、違うな」



鍵を取り出した。あとは鍵穴に挿すだけだが、手汗で鍵が滑る。



「俺が必要だったんだろ。もっと言えば俺を尋ねるのが一番の目的、だったんだろ?」

「何で、私がそんなこと」

「いや、君じゃない。結衣ちゃんだよ」

「!?」

チャリン



鍵、落としちゃった。



「鍵を落としたってのも嘘だな。それに犯人は見つかるわけない。あの鍵は結衣ちゃんの部屋の鍵だからな」

「…………」

「あの子に頼まれたんだろ? 俺への恋路を手伝って欲しいって。俺、結構モテるから女性の視線とか、わりと肌で感じるんだよな」

「随分な自信ですね」

「今日は、少し傷つけられたけどな」



私はお前なんてどうだっていいからな。肘をお見舞いしたのは後悔してない。



「それに、俺も煙草は嫌いだ」

「!?」



あの台詞か。私はこいつが煙草を吸うと勘違いしていたらしい。



「………………」



それよりもこれを結衣に見られたら大変だ、早く解放してもらわないと。



プルル、プルル! プルル、プルル!



「でたら、どうだ?」

「……はい、もしもし」

『あ、明凜! 今日はありがとね』

「……いいよ、別に」

『おかげで、玲雄さんの連絡先ゲットしちゃった』

「ん……良かったね」

『今度、お礼にデートにでも誘おうかな? ……明凜?』

「ごめん……流石にもう眠いから……明日にでも、また話そう」

『あっ! そうだよね。ごめんね、こんな遅くまで。お休み』

「お休み、っ!」



変な声は出していないはずだ。この男が首から耳元にかけて息を引きかけても平常心は保った、と思いたい。



「まだ、しらばっくれるか?」



どうやらもう誤魔化す事はできないようだ。






▽▽▽▽▽

遡ること、数十分前。



「犯人を探すって、何でわざわざ捜しにいくんだよ?」

「だって私、許せないもん!」



私の知っている結衣はそんな勇猛果敢な性格じゃない。



可愛い物が好きでホラーが苦手、女子高育ちで俗世に疎い。でも、勝負事には負けず嫌いで努力家な一面もある。



「今日は休もう。明日になったら、また考え直そう」

「駄目! 今すぐじゃないと駄目なの!」

「どうしたんだよ、結衣?」



いきなり声を荒げて驚いた。何でそんなに焦っているのか、意味がわからない。



「……ごめん、大声出して」

「ホントに大丈夫?」

「お願い、協力して」

「はぁ、……わかった、手伝う」

「本当! ありがとう、明凜!」



ここまで深刻な表情で悩むなんて、こんな親友の頼みは断れない。



「それで、何か手掛かりはある?」

「うん、これ」

「アパートの鍵?」



私も同じものを持っている、狐の鍵だ。



「まさか、犯人の鍵?」

「そう、落としていったの! でも、誰のものかわかんなくて」

「こんな物的証拠があれば、いっそ通報した方が早くない?」

「それは駄目! パパにばれちゃう!」



そうは言っても、こんな目に見えた証拠があればもう捕まえたも同然だ。探し回る必要なんてないのではないか?



「通報だけは駄目! 絶対!」

「わ、わかった」



仕方がない。あの親父さんもここまで嫌われていたら流石に同情する。今度会うときは優しく接してあげよう。



しかし、警察に頼るのは嫌でも犯人を探したいのか。結衣にもおかしな所があったんだな。



「犯人は鍵を落とした。なら、今頃は部屋に入れなくて困っているんじゃないか? あれ、そう言えば犯人は見たの?」

「私が外に出たときにはもういなかったよ」



結衣の返答に頭を抱える。



部屋に入れないのに姿が見えなかったなら、ここの階の人間じゃないということだ。



では、どうやって逃げたのか?



普通ならエレベーターや階段だ。でも、結衣の部屋の横にあるエレベーターは修理中で動かない。



残るは非常階段だが、それも結衣の部屋からは一番遠い。不可能ではないが、リスクが高すぎる。他の住人に見られては一貫の終わりだ。



「犯人が逃げて、私の部屋に結衣が来たのってすぐ?」

「うん。早く明凜に会いたくて」



可愛い奴。



しかし、これで更にわからなくなった。矛盾ばかりが増える。



寝起きで頭も働かない。ここは一度、体を動かすか。



「結衣の部屋を見てもいい?」

「もちろんいいよ」



そうして、私は結衣の部屋に向かった。



「久しぶりに入るかな」

「ふふっ、いらっしゃーい」

ガチャ



あれ? 何か、今少し違和感があったような? 気のせいかな。



「どうぞぉ、汚い部屋ですが」

「そんなことないよ、いつ来ても綺麗……でしょ?」

「どうしたの?」



いつ来ても綺麗。



そうだ、結衣は綺麗好きだ。それもドがつくほどの。



そんな子が知らない輩が入って来た部屋をそのままにするだろうか。



結衣が人を家に入れる時は、事前に訪れる許可を取る必要がある。それは、結衣が人を招くために徹底的に掃除をするからだ。



彼女が他人を部屋に入れる時はその準備が整っている証拠だ。



一体、誰を招き入れるつもりだったのか?



「…………私?」

「どうしたの?」

「!?」



何だか、結衣が怖く思えてきた。私を招くと決めていたなら、何か目的があったはず。それが何かはまだわからないが。



でも、これだけはわかった。



「ちょっと確認したいことがあるから、外に出ていい?」

「いいけど? それじゃあ、私も」

「結衣はそこにいて、直ぐに終わるから」



部屋を出て、閉じた扉を見る。正直、親友を疑う真似はしたくない。でも、これだけは確認しなければいけない。



……扉に鍵を差し込む。すんなりと入った。そして、



ガチャ

カチャ



「あーあ、ばれちゃった」



差し込んだ鍵は、犯人の物だ。



「犯人は、結衣?」

「ピンポーン! 大正解!」

「どうして?」



私の気持ちを置き去りにして結衣ははしゃぐ。何がそんなに嬉しいのか、私には理解できない。



「ねぇ、ねぇ、どうしてわかったの?」

「……犯人の逃走には矛盾が多すぎた。でも、無理矢理押し通せば納得はいった」

「うん! うん!」

「でも結衣は、部屋の鍵を開けたまま私の部屋に来ただろ。強姦されかけた人がそんな無警戒に部屋を開けるか?」



そう、自分の部屋の鍵を証拠品にするなら、それは実質的に他人の鍵になってしまう。



そんな鍵で自分の部屋を開けようものなら自白と同義だ。



だから、結衣は部屋の鍵を開けたままにする必要があった。



「あー、確かにね」

「決定的だったのは、結衣の潔癖さ。簡単に私を部屋に入れすぎた」

「流石、親友! 私のことよくわかってるね」



でも、肝心の動機がわからない。こんなまわりくどい真似をして、何故私を部屋に入れたかったのか想像がつかない。



「私に何をして欲しかったの?」

「本当はね、ここも過程だったんだぁ」

「はぁ?」



益々、意味がわからない。



私がクエスチョンマークを浮かべていると、結衣が急にもじもじし始めた。親友ではあるが、ちょっと気持ち悪いと思ってしまった。



「実はね、犯人探しを名目にある人の部屋を尋ねて欲しかったの」

「ある人の部屋?」

「うん、明凜の隣人。玲雄さんって言うの」



隣の人、そんな名前だったんだ。物語の主人公みたいな名前だな。



「その人がどうしたんだ?」

「…………れなの」

「何て?」

「一目惚れなの!」



一目惚れ? ひとめぼれ? ヒトメボレ?



それは一目でその人、玲雄が好きになったってことか?



「一目惚れなの!?」

「そう! もう、ドストライクなの!」



結衣の目にハートが浮かんでる気がするのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいだ。私は疲れているんだ、そういうことにしよう。



「まさか、私にその人との仲介をさせたいわけ?」

「お願い」

「やだ、もう帰る、寝る」

「お願い! お願い! お願い! 話す口実が欲しいだけなのよ!」



まったくふざけた話だ。心配して損した。……裾を掴むな!



「そういうのは自分から行け! 面倒臭い!」

「明ちゃん、ひどいぃ」



子供の頃のあだ名で呼ぶな。それ嫌いなんだよ、赤ちゃんって言われるから。



「一生のお願い! 今度、スイーツビュッフェご馳走するからぁー!」

「……本当?」

「絶対! 約束!」

「破ったら、おじさんに言うからな」



しょうがない、甘い物達に罪はない。ここは広い心で許してあげよう。



「ありがとう、明ちゃ、んっ!」

「そのあだ名で呼ぶな」



親友の悪ふざけも大概にして欲しい。罰として脳天チョップを喰らわせてやった。



「いたぁーいぃ」

「これでも優しい方だから、さっさと行くぞ」

「うん!」



回復が早いな。



「はぁー。それじゃ、準備はいい?」

「えと、えーと。うん! 大丈夫!」



身だしなみは整えなくても十分可愛いよ。とは、言ってやらない。



後で私も嫌がらせしようと思いながら、第一容疑者の部屋を尋ねた。






▽▽▽▽▽

こうして現在に至る。



「くっ、……そうです。結衣は貴方に気があるんです。良かったじゃないですか、あんな可愛い子に好いてもらえて」



人が電話しているときにあんなことをするなんて、この男こそ警察に突き出すべきだ。



「俺も好きになってもらえるのは嬉しいが、回りくどいのは嫌いだ。ほら、鍵」



鍵を拾って、開けてくれるのはありがたい。そのまま解放してもいたい。



「…………」



何でお前のポケットにしまう!?



「返してください」

「気が変わった」

「はぁ? ちょっ!」



両手を頭上で押さえ付けられた。身長差もあって、きつい態勢を強いられる。



「俺は可愛いよりもどちらかと言えば、綺麗な子がタイプなんだ。性格もちょっと強いくらいが調度良い」

「わかりました。結衣に伝えておきます」



男女の筋力差でこの状況は覆せない。後は、ドアノブを回して入るだけだというのに。



「そうだな。でも、口で伝えるより体験した方が良いだろう?」

「何いって......! んっ!」



紡ぐ言葉は玲雄の唇で遮られた。煙草の匂いがすると思っていたが、カフェインとチョコの味がした。



口の中で甘いものが暴れ回る。



「ん……やっ、まっ……はぅん!」



深い夜に熱い吐息が広がる。まだ、皆が寝静まっていてよかった。誰にも見られることはない、特に親友には。



逃げようにもいつの間にか、頭を玲雄に支えられていた。それにしても……長い。



余りにも濃密過ぎて時間が永遠に感じた。



それからどのくらいたっただろう。ようやく満足したのか、繋がる唾液を堪能しながら離してくれた。



「んぅ、……はぁ……はぁ……はぁ」

「唇、乾燥してるぞ」

「……最低」



何だかさっきより唇が艶やかになっている。……お互い様か。



「そういうの嫌いじゃないぞ」

「……結衣も男を見る目がないな」



結衣はこんな男のどこが良いんだか。



「なら、ちゃんと確かめないとな。結衣ちゃんに相応しい相手かどうか」



目じりに浮かんだ涙を玲雄が優しく指で拭う。



「玲雄さんって、クズですね」

「よく言われる」



体に上手く力が入らない。



武骨な手が私の後頭部から離れて、長い指が背中を這う。



腰まで背筋をなぞられ、ゾクゾクと電流のようなものが流れる。



顔に熱が篭ってる気がした。今、玲雄を見上げている私の顔はどうなっているのだろうか。



「っ!…………その顔は、ずるいな……」

ガチャ

「あっ」

……パタン



その言葉を最後に、私は真夜中に自分の部屋へと軽薄な男の侵入を許してしまった。



鍵を取られていてどうしようもなかった。



それに、彼は男だから力には勝てない。



そんなどうしようもない言い訳を考えながら、私は渇望するように襲いかかる彼を拒めなかった。



せめてもの抵抗で虚無のような眼差しを向けてやった。



「俺を……拒まないでくれ」



でも、悲しそうな眼差しで見られては、それも長くは続かなかった。



「……随分と、寂しがり屋な獣ですね」



その後は、もうしばらく眠れない夜を過ごした。






▽▽▽▽▽

結衣への嫌がらせはこれで十分だろう。寧ろ、私の方が痛手だ。



「ん、んぅーー。ふぁ……おはよう」

「……おはようございます」



翌朝、あられもない姿で私達は目を覚ます。散々見た後だが、引き締まった筋肉はやはり眼福だ。



「よく眠れたかい?」

「いいえ」



嘘だ、本当は快眠だった。誰かの温もりの中で眠るのは意外と心地が良かった。でも、むかつくから認めてやらない。



「玲雄さん、煙草吸わないでしょ」

「あぁ。でも、近所で誰か吸っているみたいでね。干していると匂いが付くんだよ」



きっとそれは結衣だ。私に気を遣って隠していてくれたんだろう。本当にいい親友だ。



それなのに私はなんて事を! 



「ところで、俺達の事を結衣ちゃんには……」

「黙ってて下さい」

「いいよ。条件付きでな」



どうやら私が思っていた以上にこの男はクズ男みたいだ。とは言え、こちらに拒否権はない。



「はぁ、条件とは?」

「そう、嫌な顔するな。いくつか頼み事を聞いてほしいだけだ。って、どこに行くんだ?」



もう、全部見られたのだから今更羞恥はない。だから、玲雄の目線がお尻に釘付けでも気にしない。



……やっぱり、服着よう。



「朝食の用意です。食べますか?」

「いいのか? それじゃ、遠慮なく」



そこは遠慮して欲しかった。



「珈琲はブラックですよね?」

「そうだけど、どうしてわかった?」



余計なことを言ってしまった。説明も面倒だから、もう本題に入ってしまおう。



「それで、頼みとは何ですか?」

お読みいただきありがとうございます。


面白いと思っていただけたでしょうか?


気軽に感想も書いていただけたら嬉しいです。


評価次第では連載も考えています


この他に『異能な僕ら』という作品を連載していますので、興味があれば読んでみてください。


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― 新着の感想 ―
[良い点] たしかにクズ男かもしれませんねww 短い文章の中で場面展開がちゃんとあって、面白かったです。
[良い点] あらすじに主人公が犯人を見つけ出したとあったので、読みながら犯人探しをしていました。 当初の容疑者三人とは別かな……とは思いましたが、見つけきれなかったです。
[一言] 短編小説って設定がしっかりしているほど楽しいですよね!  私も息抜きとかに何か書いてみようかな♪
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