私は婚約者にも家族にも親友にも捨てられた。なのでようやく好きな相手に嫁げます!
「ジョルジェット…すまない。他に好きな人が出来たのだ。婚約は白紙に戻したい」
「はい、かしこまりました」
「…そなたは」
「はい?」
「こんな時にすら泣いて追い縋ってもくれないのだな。はい、かしこまりました。そればかりだ」
それはそうよ。王太子殿下に常に従えと、王太子殿下を常に立てよと教育されてきたのだもの。貴方だって「結婚してもらえるのを有り難く思い、俺に尽くすように」なんて偉そうにほざいていたでしょう?
「…とにかく、用件はそれだけだ。さらばだ」
「はい、今までありがとうございました」
頭を下げて王太子殿下を見送る。何故か王太子殿下はいつまでもチラチラとこちらを振り返ってゆっくりと馬車に乗っていた。馬車がようやく出発して安心する。その直後、王太子殿下を追いかけてきたが間に合わなかった父が後ろから私の肩を掴んで言った。
「…ジョルジェット。王太子殿下の婚約者という立場を何故そんなにも簡単に捨てた。家の為に嫁ぐことこそお前の役目だと教育してきたはずだ」
「捨てられたのは私です」
「何故追い縋らない!」
「無駄ですもの」
父は頭に血が上ったのだろう。顔を真っ赤にした。
「…もう良い。出て行け」
「はい、かしこまりました」
「…お前は、親兄弟すらどうでも良いのだな」
それはそうよ。病に蝕まれた母にとって一番の悩みの種であった愛人を、母の葬儀の後すぐに後妻として連れてきたのはどこの誰?そんな人達の間に生まれた弟妹なんて知るわけない。
「さようなら、お父様」
「…待て。荷物は?自分のものくらい持って行って良い。お小遣いとして渡した金もあるだろう」
「何も要りません」
「意地を張らなくても良い、少しくらいは持っていけ」
「要りません、さようなら」
私はお金も何も持たず、着の身着のまま屋敷を出た。父は何故か真っ赤にしていた顔を青ざめさせていた。私はそのままの足で歩いて、近くにある奈落の森へ入ろうとした。この森は、一度入ると二度と出られないとされている。魔獣に確実に喰い殺されるからだ。つまりは自殺志願者の聖地である。そんな場所で、何故か待ち構えていたのは元親友。
「待って、ジョルジェット!」
「あら、タルト。王太子殿下のそばに居なくていいの?」
「お、王太子殿下の心を奪ってしまったのはごめんなさい。でも、私は今でも貴女を親友だと思っているの!」
「へえ」
思ったより冷たい声が出た。うん、私は正直家族や婚約者よりこいつにムカついているのかもしれない。私の生い立ちも、婚約者との仲に悩んでいるのも、全部信頼して相談したのに優しい顔をして平気で私を裏切った。…とはいえ、王太子殿下を奪ってくれたのにはむしろ感謝しなくてはいけないのだけど。
「普通、親友の悩みを相談されてそれを友達に言いふらす?貴女のおかげで王太子殿下から無駄に責められるし、弟妹たちから鬼ババアとか言われて躾だとかで鞭で打たれたのだけど?」
「そ、それは!」
「…もう、これ以上は無理!!!お母様を裏切って愛人を作って、お母様の葬儀後すぐに後妻にしたお父様も!私を虐げる継母も!継母の真似をして私を傷つける弟妹たちも!偉そうにしながら構って欲しがるツンデレを拗らせた王太子殿下も!親友のフリをして私を貶める友達モドキも!みんなみんな大っ嫌い!!!」
大声で叫べば、大人しい私しか知らないタルトは耳を押さえて驚いた表情。その隙に私は森へ逃げ込んだ。
「精霊王様!闇の精霊王様!!!」
森への侵入者を普段襲って食べている魔獣達は、私を出迎えるように整列してこうべを垂れる。闇の精霊達は、私を歓迎するように飛び回る。
「ジョルジェット、来たか」
「私が何もかもに捨てられた暁には結婚してくださるんですよね!結婚してください!」
「人として幸せに生きる道も示したというのに、お前はバカだな」
「私だって一応、人として幸せに生きる道とやらを模索しました!でも周りが全員クソだったんです!ちょっとどうしようもなかったです!」
「…それはお気の毒に」
闇の精霊王様に手招きされて、近寄れば抱き寄せられる。
「今のお前からは、初めて会った時以上に濃い絶望の匂いがする。闇の精霊王である私にとっては落ち着くな。…そこまで絶望するほど周りに恵まれないとは、本当に可哀想に。だがおかげで私好みの女になった」
「闇の精霊王様の顔だけ見て好きになった私が言えることじゃないですけど、割と最低ですよね」
「否定はしない。なにせ絶望と憎しみを司る精霊王ゆえ」
「なんでこんな人好きなんだろう。でも顔が好みど真ん中なんだよなぁ…」
精霊王様との出会いは、幼い日。小さな私は継母に奈落の森へ入れと脅され、死を覚悟して継母への呪詛を吐きながら奥へ奥へと進んだ。しかし魔獣達は私を襲わず、闇の精霊達に歓迎されて、不思議に思いつつ先へ進めば闇の精霊王様に歓迎された。その顔は好みど真ん中で、子供だった私は気付けば逆プロポーズしていた。
『かっこいいお兄さん!結婚してください!』
『私は闇の精霊王だ。それでも良いのか?童。…ああ、だがここまで深い憎しみは初めて見た。もし人として幸せになれなければ、我が妻にするのも良いな』
『お嫁さんにしてくれるの!?』
『お前が全てから捨てられたなら、その時は拾ってやろう。ただし、人としての幸せを自ら捨てるのは許さない。幸せになる努力はしろ。その上で失敗したなら、いつでも逃げ込んでこい。それまでは森にも私にも近づくな』
これが闇の精霊王様との出会い。これっきり会っていないのに、私は闇の精霊王様に惹かれ続けていた。その美しい顔と声を忘れられなかった。それでもどうにか、人として幸せになる努力はしたけれど、まあ無駄だった。
「我が妻よ。我が真名はジャゾンだ」
「ジャゾン様」
「ジョルジェット。私に永遠の愛を誓うか?」
「誓います」
「ならば、誓いの口付けを。これよりお前は、精霊王の妃となる。人の肉体から解放され、精霊となり私の隣で永遠の愛を享受するのだ」
そして私は、人間としての生を終えた。新たに闇の精霊王様の妻としての生を受け、やっと幸せを手にしたのです。
「ジョルジェットが死んだ…?」
「はい、遺体が発見されました…」
ジョルジェットの父が辛そうな顔をする。だが、誰のせいだと思っている!
「何故ジョルジェットを捨てた!?家族であろう!?」
「ジョルジェットからは正式に婚約は白紙に戻されたと聞いていたので…その…」
「ジョルジェットには確かに婚約を白紙に戻したいとは言ったが、正式に手続きをしたなどとは言っていない!ましてやジョルジェットが私の言葉を聞き間違えたり嘘をついたりするはずはない!責任逃れの言い訳はやめろ!」
俺はジョルジェットの父を王太子の婚約者を間接的に殺した罪で牢に入れた。その連帯責任でジョルジェットの継母と弟妹たちも牢に入れた。
「タルト…」
「はい、王太子殿下!」
私の腕に絡みつく女を思いっきり振り解く。
「きゃっ…!」
「そなたとイチャイチャするところを見せつければジョルジェットが嫉妬してこちらを見てくれるというから!婚約を白紙に戻すといえばジョルジェットが縋り付いてくれるというからそなたと恋仲のフリをしたのに!そなたのせいだ!」
「お、王太子殿下!私の方があの子より王太子殿下にふさわしいです!」
「そんなことどうでもいい!俺はジョルジェット以外なんて要らない…」
「そんな…」
牢番に、タルトも牢に繋ぐように言う。
「三日後、そなたらの首を刎ねる。晒し首にしてくれる!だが安心しろ。そなたらの死を見届けたら俺もすぐ服毒して逝く。ジョルジェットを一番に不幸にしたのは、おそらく愚かな俺なのだから…」
三日後、宣言通り牢に繋いだジョルジェットの父、継母、弟妹、そして親友の首を刎ねた。晒し首にさせると、俺は父である国王に王太子の地位を返還することを告げて優秀な弟が王太子となった。その直後、俺は一人ひっそりと服毒して死んだ。