16)職人は選び、蔵は燃ゆ ~ 『麩のお味噌汁』を飲む貧乏神
いつのころからか味噌蔵に、小男が住みついた。貧乏神であった。味噌職人は、その貧しい境遇から抜け出そうとあがく。ある正月、彼はチャンスを得る。彼が選んだみ道は?そして、貧乏神を追い出した瞬間、おとずれた結末は・・・
いつのころからか味噌蔵に、小男が住みついた。
「まだ出ていかないのか?」
小男が、味噌汁をズズズとすする。
「出てはいかぬ…うむ、良い味じゃ」
貧乏神であった。
貧乏神が来てから、味噌職人は、金策に走る日が続いた。思えば、昨年も、彼は金に窮していた。寺社で無料で施される小麦ともち米を食べ、やっと年を越したのだ。
金が欲しい。彼は、唇を噛んだ。昨年同様、今年の年末も、小麦ともち米を施される。去年と違ったのは、麩作り始めたこと。
小麦粉に塩水を加え練った生地を、しみるような冷水中で揉む。手中に麩の素が残る。これに、もち米粉を加えて蒸す。軽く火で炙ると、麩の完成である。
売った所で、たいした金にはならないが、窮状の彼にとって干天の慈雨であった。
正月、彼は、初詣に出かけた。
賽銭を投げ、顔を上げると、小槌を持った老人が目に入った。
「おぬしに機会を与えよう。大小の箱がある。好きな方を選ぶがよい。」
福の神だ。
『小さい箱には「福」、大きな箱には「厄」が詰まっているに違いない。』
彼は、小さな箱を選んだ。箱の中から出てきたのは、みすぼらしい小男。男は、ズルズルと 音をたて『麩の味噌汁』を飲んだ。
「おぬし、なぜ大きな箱を選ばぬのじゃ。貧乏性じゃの」
小さな箱には、貧乏神が入っていたのだ。
悲しい気持ちで帰路についた彼に、易者が声をかけてきた。
「手相を見ましょう」
「手相より、見てほしいものがあるな。はは」
乾いた笑いで、答える。
「何かございましたかな?」
彼は、いきさつを易者に語った。
「ならば、こうなさりませ」
渡されたのは、1枚の呪符であった。
符に味噌を塗る。火を焚き炙る。味噌の香ばしい匂いが漂った。しばし待つ
…と、どうだろう。匂いに誘われ、蔵から貧乏神が抜け出してきたではないか。
その瞬間、すぽんっ音とともに、貧乏神が符に吸い込まれた。それを二つに折りたたむ。川辺に人はいない。水は冷たい。符を川に浸け、手を離すと、スルリと流れて行ってしまった。
「こんな簡単な方法で…」
苦しんだこの数年が、バカらしくなる。
「おぅ 兄さん。ご祝儀だ」
数歩歩くと、なじみの旦那に、新春の祝儀を渡された。
『いなくなった瞬間コレだ。運が向いてきた。』
足取りは軽く、子供が持つ羽子板ですら輝いて見えた。
その時である。叫び声が聞こえた。黒い煙が先に見える。
たどり着いた先で、燃える小さな蔵。彼の、目の前でその味噌蔵の屋根は崩れ落ち、炎が全てを飲み込んだ。
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こちらは『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』用、超短編として投稿済みの小説です。 掲載日:2021年 12月 04日
感想に、合本を希望されるものがございましたので、1つにまとめました




