吸血鬼と約束
「いい、マーレイ? ちゃんとお留守番しているのよ」
豪華な部屋の中、フリルをぱたぱたとさせながら少女が歩き回る。背中の空いた黒いドレスを着たその少女は、フリルと一緒に細く伸びる蝙蝠のような翼を忙しなく動かしながら、あれこれと部屋中から物を集めて周っていた。
「お、オーラル。あんまり心配しないの……マーレイなら大丈夫だから」
その様子を椅子に座ったまま見ながら橙色のドレスを着た少女――マーマレードが声をかけると、吸血鬼少女であるオーラルがばっと振り返った。
その手には警棒やナイフ、少女が身を守る物にしてはやたらと物騒なものばかりが抱えられている。
「ごめんなさいね、ごめんなさいね。あなたのことが嫌いなわけじゃないの。ごめんなさいねぇ〜!」
この世の終わりか今生の別れかなにかというくらいに嘆き、オーラルは武器類を放り出してマーマレードを抱き寄せる。
その場に落ちたナイフの数々が床に傷をつけるのも、彼女自身の足元に落ちるのも気にせずにオーラルは夢中で頬ずりをし始めた。
「なんなの〜! オーラルぅ、買い物に行くだけなのー!」
「遠くの街に行かないといけないなんて〜! あなたに一日会えないだけでも最悪だわ!」
「でもこのお屋敷を留守にするのは良くないの」
「分かっているわよ〜! 高価な物もあるし、我ながら恐れと恨みを持たれているのは分かっているもの。屋敷が傷つけられたり、盗まれたりするかもしれないし……」
「だから維持と管理が必要なの!」
胸を張ってマーマレードが言うが、オーラルはますます彼女を抱きしめてその肩に顔を埋めた。
「その傷つけられるかもしれないものに貴女も入っているのよ!?」
「マーレイは大丈夫なの。オーラルのおかげで怪我もすぐ治るもん」
「そういう問題じゃないわ〜!」
ごねるオーラル。
そもそも今回遠くの街へ行くことになったのは。マーマレードがどうしても食べたいものがあると言ったからであった。それはとてもとても高価な物であり、彼女のいる街の行商人が仕入れている物でもなかった。
なので、正確にはオーラルがわざわざ出向く必要はない。それもこれもマーマレードの我儘をオーラルが叶えようとしているだけなのである。
「街の人にもお願いするの。前にマーレイに親切にしてくれたシスターさんがいるの。きっと協力してくれるよ!」
「そ、そうかしら……でも、私は吸血鬼だし、天敵じゃない……?」
「大丈夫なの!」
マーマレードからの説得により、オーラルが静かに耳を傾ける。
シスター。もちろん街には教会もある。ただカーミラの娘の吸血鬼という称号を持つ彼女に恐れて、なかなか強硬手段に出てこようとはしないだけだ。
そんな教会の人間が果たして彼女達に協力してくれるのだろうか?
不安に苛まれるオーラルを、同じくらいの身長であるマーマレードが優しく撫でて微笑んだ。
「大丈夫なの」
「分かった……わ」
とうとう折れたのはオーラルのほうであった。
街の教会へと赴き、話を通してくると言ったマーマレードを見送る。
マーマレードが悠々と教会の中へ入ることで、招かれなければ入れない吸血鬼ではないのだと印象づけることができるのである。
そうしてしばらく経ち……何事もなく教会のシスターと吸血鬼という、異色の組み合わせの話し合いが行われるのであった。
「ええ、ええ、マーマレードが人間のまま生きていることも分かりました。吸血鬼さんって案外優しい子だったんですねぇ」
「そ、そんなこと、ないわ……」
オーラルの身長に合わせてしゃがみ、微笑むシスターに彼女は照れながら顔を背ける。
「分かりました。あなたがこの子を預けて遠方へ行っている間は、わたくしどもがこの子の安全を保証しましょう」
「……よろしくお願いするわ。その子になにかしたら、私も黙ってはいられないから、頼むわよ」
「ええ、ええ。『約束』しますよ。あなたがこの子をわたくしどもに預けてくださったのなら、安全を保証します」
少々胡散臭い物を感じながらも、オーラルは頷く。
吸血鬼にとって約束は絶対である。吸血鬼との約束を反故にすることは、その相手の破滅を意味するのだ。
人外との契約や約束事は絶対というのは、その手の出来事に関わるシスターらにとっては周知の事実である。まさか約束を反故にされることはないだろうと、鋭い視線でオーラルがシスターを見つめた。
「約束しますよ」
「約束ね」
神聖なシスターと、悪魔である吸血鬼が握手を交わす。
こうしてここに「マーマレードの安全」を保証した約束事が成立したのだった。