マーマレードの誕生日
「ねえ、オーラル。今度はもっと上手くできた?」
くすんだ金髪はふわふわに変化し、素敵な少女へと姿を変えたかつての生贄――マーマレードがフリルたっぷりのドレスで尋ねた。
彼女の手には紅茶の入ったカップと黄金色の純度の高い蜂蜜の瓶が握られ、それらを席に座ったオーラルの元へと運んでくる。
あれから数週間と過ぎ去り、二人はすっかりと仲を深めていた。
薄汚かった少女が一人前のレディへと姿を変えるくらいには時間が経ち、町の人間達がそんな彼女のことを吸血鬼にされたのだと噂がされるくらいには、である。
「あらマーレイ。また上達したわね。もう私の腕を追い越しちゃったかしら? ちょっと悔しいわ」
「オーラルが教えてくれたからなの。もっともーっと上手になって、オーラルのとびきりの笑顔が見たいの!」
「うふふ、可愛いことを言ってくれるじゃない。私、あなたのこと世界で一番愛しているわ、マーレイ」
「オーラル、好き! えへへへ」
以前の怯えようはどこへやら、黒いドレスを着た吸血鬼へと擦り寄りながら少女は甘えた声を出し、喜びを表している。
やはりと言うべきか、自分を蔑ろにする人間よりも可愛がり着飾ってくれる相手のほうを慕うものだ。
「そうだわ、マーレイ。あなた誕生日はいつかしら?」
「えっとね、マーマレードね、ママもパパもいないから生まれた日は分からないの……」
しゅんとした彼女にオーラルは大袈裟に慌ててその背中を抱き寄せる。
「ごめんなさい、嫌なことを聞いてしまったかしら?」
「でもね、嫌ではないの。生まれた日を知っていてもなにも変わんないの」
きょとんとした瞳で断言するマーマレードに、彼女を抱き寄せて背中を撫でながらオーラルは考える。
元は良い所のお嬢様であった彼女にとって、誕生日とは社交界で可愛がられるための時間であった。両親からは愛され、プレゼントを渡される。そんなイメージがつきまとっているため、オーラルにとっては誕生日が特別なのだ。
吸血鬼カーミラに吸血鬼へと変えられた彼女も、長年生きているが誕生日を忘れたことはない。
故に誕生日が特別でないと言うマーマレードの気持ちを理解してやれないのである。
「でも、誕生日が分かっていたら私が祝ってあげられるわよ?」
「お祝い? 誕生日ってお祝いしてくれるものなの?」
「うっ」
オーラルは胸を押さえてますます少女を抱きしめる。
「するわ! あなたの誕生日があれば私は盛大にお祝いしてプレゼントだってあげるわよ!」
「そ、そうなの……? でもマーマレード、誕生日知らないの」
ますます落ち込んでしゅんとしてしまった彼女にオーラルは慌てた。
「ええと、ええと、そうねぇ。それなら、私とマーレイが会った日を誕生日にしておきましょう! そうしましょう!」
「でも、生まれた日じゃないの」
「あのとき、あなたは平民から私の可愛い可愛い愛子へと生まれ変わったわ。それなら誕生日と言ってもいいはずだわ」
「むー、むちゃくちゃなの」
「それでもいいのよ!」
強引に明るく、そして励ますように声をあげてオーラルはそう告げる。
かくして、彼女達が出会った日がマーマレードという少女の誕生日となったのだった。
◇
「知ってるか、マーマレードのやつ生きてるらしいってよ」
「吸血鬼様に食われてすぐに死ぬと思っていたのだけれど」
「もしかして、あの子も吸血鬼になったとか?」
「そんな……厄介者が増えるなんてたくさんよ」
「いや慌てるな。もう少し様子を見よう。そうだな、一年だ。一年くらい様子を見てからでも間に合うぜ」
「そうね、そうしましょう」
――吸血鬼ハンターへの連絡は、まだいい。
街中で行われた不穏な会話を、彼女達はまだ知らない。