スターリング博士の真贋鑑定ー黄金の山羊は本物か、偽物か?ー
「どう伝えたものか……」
考古学者のスターリング博士がソファに座り、悩まし気に腕を組んでいる。
「博士どうしました?」
ちょうど紅茶を淹れたカップを持ってきた助手兼弟子の少年が尋ねる。
「あーこれですよ。真贋の鑑定を頼まれまして……」
博士の目の前の机に、金の山羊と思われる小さい像があった。
「こういうのは考古学者の仕事ではないんですが……」
「鑑定はしないんですか?」
「個人的な要望ではね」
スターリングが断れない理由は、頼んできたのが彼の勤める考古学研究所の大口の寄付者だからだ。
「でも真贋の見極めなら、専門家ですし簡単なんじゃ?」
弟子の素朴な疑問に博士は苦笑いした。
「それが、意外とそうでもないんです。学者は自分の学説に合う物は本物、合わない物は偽物。と、考えてしまいがちで。世界の博物館の倉庫には専門家も騙された偽物がゴロゴロしてますよ」
「そうなんですか」
少年は博士の言葉に目を丸くする。
「じゃ、これも真贋は分からないんですか?」
「いえ、これは偽物です」
「えぇっ?」
「ですが、贋作ではない」
博士はそう言って、少年の手にその山羊の像をのせた。素朴で味わいのある作風からは、これが偽物とは思われないものがあった。
「古びていて、形も洗練されているとは言い難い。一見すれば、本物と思われますが……右後ろ足を見て下さい」
少年が言われた通りそこを見ると、誰かの署名だろうか、小さな文字が刻まれている。
「それが偽物である証拠です。大昔の職人に署名するという概念はない。もし刻むなら依頼主の名ですが、職人は文字が読めないので文字の形がもっと歪なものになるはずです。ですが、これは綺麗過ぎる」
「でも、贋作では無いんですよね?」
「これは習作です。画家が画風の勉強のため、昔の名画を模写したりしますよね。これもその類だと思います。あまりにもこの作品には騙そうとする作為が感じられませんから」
「なるほど」
「現代の作家が本物を博物館なり貴族の邸宅なりで見て、訓練の為に作ったのでしょう。署名が綺麗なのもそれなら頷けます。ここに刻まれている名前はおそらく作家本人のもの。後からこれを見た美術商が、偽物として売り捌こうとしたと画策したと思います」
模倣ではあるが、贋作ではない。それがスターリング博士が出した結論だった。