海外セレブ、早川セレディーナの降臨
★★★三鷹守のターン★★★
大学進学のために『最果て荘』という縁起でもない名のシェアハウスに引っ越すことになった俺。ここで新たな隣人となったのは北川涼という同い年の青年。身長180センチを超える立派な体格の男でありながら、女装としか思えないファッションをしていたために、正直言って彼に対する不安しかなかった。しかし次の日になると「実は女だった」という驚愕の展開が待ち受けていた。
お陰で俺の一人暮らしは想像もしないものとなっていく。
彼……いや彼女曰く、エクアドル産のクレイジーな珈琲を飲んだせいで「珈琲を飲むと男になり紅茶を飲むと女に戻る」というマッドな体質になってしまったという。性別がコロコロ変わる隣人とどのように接するべきか悩むこともあったが、基本的には問題はない。何しろ本来の涼の姿は、俺が一目惚れしてしまうほどの美人なのだから。
彼女と1つ屋根の下で暮らすことになった俺は三国一の幸せ者。しかし奥ゆかしい性格が災いして、意中の乙女と何一つ進展していないと気づいてしまった今日この頃。
さて、一人暮らしも落ち着いてきた6月初旬のことである。大学からの帰り道、無性に甘いものを欲した俺は、涼の母親が経営しているという洋菓子店に入店してみた。
──久しぶりだけど、相変わらず繁盛してる。
前回俺が食したのはクレープなのであるが、その他にもスイーツやら何やら充実しており中々の人気ぶりである。高級レストランの如きシックな色合いの店内には数多くのテーブル席があり、そのどれもが女性客で埋まっている。正直、男1人で入店したことを後悔させる雰囲気なのだが、以前食べたクレープをもう一度食べてみたいという欲のが勝っていた。
「いらっしゃいませー」
お辞儀をして迎えてくれた凛々しいウェイターは、前にはいなかったように思う。人気店であるが故に新しいバイトを雇ったのだろう。黒いエプロンをつけ、髪を縛った長髪長身イケメソな彼に促され、俺はテーブル席に着く……。
──ってコイツは涼じゃないか!
思わず小声で尋ねた。
「何してんだよっ」
涼は「今気づいたの?」と呆れている。
「バイトよ。人手が足りない時はお母さんに呼ばれて店の手伝いさせられちゃうの」
「だからって男として働くか?」
「ここ女性客ばっかだから、男の格好の方がお客が入るの。忙しいから守の相手は後ね」
カウンターに戻った涼は、忙しそうに注文の品を銀のトレイに乗せて、3人の女子高生の待つテーブルへと向かう。涼が微笑んだだけで3人は何やら嬉しそうにキャッキャしているから驚きだ。
「お待たせしました。ご注文の品です」
「あ……あの〜店員さん。私達とLINE交換してくれませんか?」
「え。困りますお客さん」
「お願いしますっ。店員さん本当に格好良いんで!」
──むちゃくちゃ女にモテてんじゃん。
涼はそもそも美人であるから、考えてみれば不思議はないか。たまたま女装状態のアイツと知り合ったが故に印象がとっ散らかっているけれど。ウェイター姿で知り合った彼女達には、純粋な美少年として映ることだろう。
涼がカウンターに戻った後も女子高生達は嬉しそうにはしゃいでいる。
「やだぁ〜LINE交換して貰えなかった〜。やっぱモテる分だけガードも固いのね」
「まさにスイーツの王子様。何度か通えば私達も顔を覚えて貰えるかな」
「あの人、大学生らしいよ。噂になってるし」
本当は女だと知っているが故に内心複雑な気持ちになってきたが、惚の字なのはこの3人だけではない様子。どうも店にいる客の大半は涼を意識しているらしい。もしか客たちは涼を目当てに入店してるんじゃなかろうか?その気になったらディナーショーでも開催できそうだな。
異様な店内の空気に唖然としていると、やっと当の涼が注文を取りにくる。
「ご注文をどうぞー。お持ち帰りにした方が安いと思うけど〜」
「じゃチョコホイップを1つ」
「それだけ?守ってもう金欠なの?」
──いいだろっ。客を大事にしろよ。
理不尽なウェイターが戻ると同時に、白いコックコート姿の中年女性が俺のテーブル席傍に現れる。1つしか注文しなかったことで文句でも言われるのかと思ったが、何やら目を輝かせて俺を見つめていた。
「貴方が三鷹守さん!?」
「は……はぁ。そうです」
俺の名を知っているということはもしや……と思っていると、深々とお辞儀をされてしまった。
「初めまして北川涼の母です。あの子が世話になっております」
やはり涼の母親だったのか。しかも仕事中にご丁寧な挨拶を!慌てて俺もテーブルに額がつくほどに頭を下げる。
「いやいや。こちらこそ世話になっております」
顔を上げると、肩を掴まれスカウトされてしまった。
「貴方ここで働かない?ウェイターになったらお似合いよ」
「えっ」
どゆこと?困惑していると涼が恥ずかしそうな顔で戻ってくる。
「ちょっとやめてよ母さん!守を巻き込まないで」
「だって格好良い店員さんが2人に増えれば、お店はさらに繁盛するのよっ」
まさか挨拶したばかりの娘の隣人を勧誘してくるとは……。冷徹な経営者としての一面が見えた気がするのは気のせいか。伊達に、涼に毒味させて男にしてしまったウッカリママじゃないな。
客達がざわつき始めたのはその時だった。大きなグラサンをかけた女が大勢の黒服SPを引き連れて入店してきたのである。モデルの如き抜群のスタイル。体全体から発散している異国のスターのようなオーラ。只者ではないのは明らかだった。
「なんだ?芸能人でも来店したのか」
彼女の正体にすぐに気づいた先程の女子高生3人組も、驚きを隠せないでいる。
「あ……あれは超有名セレブの早川セレディーナ様じゃない!」
「お美しいっ。まさかこの店で会えるなんて奇跡」
「テンション上がっちゃうっ」
早川セレディーナと言えば俺でも知っている有名人だった。とにかく大金持ちのご令嬢ということで、ちょくちょく情報番組で目にするのだ。
「な……なんだと。父親が米国人の石油王、母親が日本人女優という、あの大人気な早川セレディーナ18歳がやってきたのか。ハリウッド俳優とも付き合っているという噂があるという彼女が!」
とりあえず知っている情報を並べてみるが、涼が冷たい目で突っ込む。
「守が解説口調なのなんで?」
「いや。皆の調子に合わせて」
突然に降臨した海外セレブはサングラスを外し、黒服の男たちに命令した。
「貴方達は表に出て待ってなさい」
「イエス!ボス」
5人の屈強な黒服の男たちは店の前に並んで立つことになったが、完全に営業妨害ではなかろうか。
有名セレブを目の前にした涼の母親は、金に目が眩んだのか、母であることを放棄するが如き指令を出した。
「涼!これはチャンスよ。セレディーナを籠絡して逆玉婚しなさい」
「母さん、アタシの性別を忘れてない?」
「男でも女でもなんでもいいから。お店のためにセレディーナを誑かすのよ!」
「絶対に嫌なんですけど!」
涼の母親は、やはり経営に関してはかなりアグレッシブなようだ。娘を使ってセレブ御用達の店に成り上がろうとしているようだが、果たしてそれでいいのか。
しかし繁盛しているとは言え、この店に海外セレブが入店するのは不思議なことに思えた。しかしその理由はやはり涼にあったのだ。
「ハーイ!涼様」
涼を見つけるなり、いきなり笑顔でハグしてきた早川セレディーナ。そのグイグイぶりにかなり困惑している涼だったが、あくまでもウェイターとして接客を続ける。
「い……いらっしゃいませ」
──2人は知り合いなのか?
その推測は正しかった。
「これ涼様にプレゼント。私とお揃いのブルーダイヤモンドの指輪よ」
「え!」
とんでもなく高級な指輪の入ったリングケースを手渡されてしまったものの、涼は怒って固辞する。勿体ない!貰っておけよ!と思ってしまった俺はやはり金欠男か。
「そんな指輪いらないからっ!もうなんなんアンタ!」
しかし涼のフランクな口調からも、両者はただならぬ関係であるように思われる。
「OH!怒ってる涼様も素敵。プレゼントは大西洋の島の方が良かった?」
「そんなことより席について早く注文して!」
「これ私が泊まってるホテルの名前。スイートルームにいるからアメリカに帰る前に会いに来て」
その後も、色んなやり取りがあったのだが涼はバッサリと断り通してしまう。するとセレディーナが泣きはじめてしまったのでアイツも困惑してしまった。
「ちょっと泣かないでよセレディーナ。皆が見てるじゃないっ」
「しくしく。私を断固拒否するなんて……。涼様にはもうガールフレンドでもいるの?」
「え……」
涙目での質問され一瞬固まってしまう涼。しかし腕組みして考え込むと、突然にクレープ食べてる最中の俺の腕を引っ張りやがった。
「自分、この人と付き合ってますから!」
「何!?」
唐突な爆弾発言に店内が騒然となる。
「嘘!すごい」
「きゃあっ。素敵」
素敵とは思わないが……皆が驚くのは当然だろう。だってこれ男と男だぞ。そもそも付き合ってないし。
「お前、俺かよ!そこは適当に女の名前を出しとくところだろっ」
「いいじゃん。好き好き守」
「うわ軽っ。全く気持ちこもってないし」
男の低い声で言われても困惑するしかないので、せめて女に戻ってから言って欲しいものだ。周囲からは完全に誤解されてるし。涼の母親からなんか睨まれてるし。セレディーナだって愕然としているし。
「ま……まさか涼様がそっちの人だったとは……」
俺、ここにいるほぼ全員に思い切り誤解されてるけど、これどうすんだ。なんかお客達から写真まで取られてるぞオイ。やめてくんないかな。
「尊い!2人は尊すぎるわ!」
紅潮したセレディーナの手が、俺と涼の手を掴む。なんか世界的セレブさんの反応がおかしいんですけど大丈夫かコレ……。