異世界転生トラック運転手
私が交通刑務所に服役して1年が経過した。
妻とはあの事故から3か月も経たずに離婚をした。
私たちは愛し合っていたが、世間の冷たい目、そして最愛の一人娘が幼稚園でいじめられだしたことから、名字を旧姓に戻し、新たな土地で出直してもらうよう、俺から別れを切り出したのだ。
そして今日、数か月ぶりに娘から手紙が届いた。
嬉しさのあまり顔がほころぶ。
文面に目を通すと、たどたどしい字で書き殴られていた。
「ママがけっこんしました。あたらしいお父さんはきらいです。パパはやくかえってきて」
泣いた。泣きに泣いた。
娘の名前を叫び、泣きながら謝罪した。
あの事故のせいで、俺の勤めていた会社は倒産した。
大事な荷物をどうしても指定の時間までに届ける必要があった。
仲間とともに立ち上げた会社。ようやく大口顧客との契約が取れたと、社長から始めてボーナスを支給できると発表があり、皆で喜んでいた矢先の発注トラブル。
俺がトラックを運転し、納入先へと急ぐ---突然、猫が道路に飛び出してきた。俺は慌ててブレーキを踏むが間に合わない。
轢いてしまう!
その瞬間、猫を助けようとして少年が飛び出した。
そして、俺の運転するトラックは少年を撥ね飛ばした。
鳴り響くサイレン。救急車の音。
呆然と立ち尽くす俺。
少年よ。なぜ、飛び出した。
なぜ、交通ルールを守った俺が逮捕させるのだ。
会社は資金調達が凍結し、それからすぐに倒産した。
社員には彼女との結婚を考えていた者。子供の進学資金として勤めていた者。そして、出産を控えた妻を持つ者もいた。
彼らがどうしているのかはわからないが、俺を恨んでいるのは確実である。
終わりなき反省。
救いなき懺悔。
これが俺の残りの人生である。
服役完了後、少年の家に向かう。
彼は幸いにして死んではいない。
だが彼の体にはさまざまなチューブがつけれられたまま、あれから一度も目を覚ましていない。
母親から「あなたがしたことを、よく目に焼き付けてください」と言われた。
土下座で謝り続ける俺。
悪いのは俺だ。
加害者なのだから。
車は凶器。
凶器で未来ある若者を傷つけたのだから。
少ない給料のほとんどを、彼の家に届け続ける。
謝罪の手紙を書き続ける。
ある日、彼が通っていた学校の生徒や、近所の人たちから話を聞く機会があったのだ。
彼は、いわゆるニートだった。
恋人もおらず。親友もいない。
勉強も運動もダメ。才能がないのではなく、
趣味といえばアニメとゲーム。
近所ではロリコンと噂され、要注意人物としてマークされていたらしい。
俺の中で疑問が沸き上がった。
そのような人間である少年が、自身の危険を顧みず、猫を助けるという勇気ある行動を取れるものだろうか?
自分の生命と等しいほどのメリットが無ければ、そのような人間は動かないものだろう---
頭を振って、自分の不純な考えを消す。
彼は被害者。俺は加害者。
少年が目を覚ますよう、神社に祈るのが俺の日課であった。
それからさらに1年が経過した。
忌まわしき事故からすでに3年が経った。
俺は1日も欠かさず神社に通い続けた・
(少年が目を覚ましますように・・・)
その日は給料日であったため、神社で祈った後、少年の家に向かう。
すると家がどうも騒がしい。なにかが暴れているようだ。
「あの世界に戻せ!俺は勇者なんだ!」
「ゆうくん!落ち着いて!」
「黙れババア!女は美少女以外、俺に触れることは許されないと通達を出しただろう!」
「な、なにを言ってるの?」
もしかして、少年が目を覚ましたのだろうか。
俺は大急ぎで家に入ると、今で眠り続けていた少年が、口から唾を飛ばしながら訳の分からぬことを叫んでいた。
やれ、魔王すら一撃だとか、あらゆる神々から加護を受けただとか、エルフや獣人の女奴隷はどこに行っただとか、完全に頭がおかしくなっているようだ。
とりあえず落ち着かせるため、でっぷりと太っただらしない体をした少年に近づくと、彼は俺の顔を見るなりすがってきた。
「あ、あんたあのトラックの運転手だろ!?もう一度俺を轢いてくれよ!」
唖然とする俺に構わず、少年は続ける。
「トラックだったらなんでもよかった!でもおかげで異世界に行けたんだ!あんたなら間違いない!」
「・・・わざと飛び出してきたのか?」
「クソな現実からおさらばするためだ!ほら、はやく俺を戻してくれ!」
「そうか。そんなことのために、俺は・・・」
「そんなこととはなんだ!俺は勇者様だぞ!」
近所の人が呼んだ救急車の音が背中から聞こえてきた。
その後、少年は異常なしということで帰宅したが、訳の分からないことを言うだけで、働く気配すらなかった。
それから、引きこもり自立支援団体が無理やり連れされたのを最後に、少年の姿を見たものはいない。
彼の家族は支援団体への支払いのため、家を売り払った。
俺はというと、少年の妄言が気になり、俺と同じような境遇の人間を探し、昏睡状態の「被害者」が目覚めるように神に祈る。
不思議なことに、俺が祈ると全員目を覚ました。
俺たちは、「被害者」に復讐はしなかった。
彼ら被害者にとって、普通の現実こそが耐えがたい地獄であったから。