《束縛》8
「ふっざけるなああああぁぁぁぁ!!!」
瞬間、綱光の力が暴走した。身体から大量溢れ出る鎖。先ほどの量よりもさらに増した量で排出する。
シロノスは鎖が飛び出てきた瞬間、大きく後ろへと下がってから初撃を何とか躱す。その後で綱光からも距離を取って巳虎兎の下へと急ぐ。
今もっとも危険な状態なのは巳虎兎である。肩の怪我で動けない状態である彼女はこの制御不可の大量の鎖には逃れるのは不可能だ。
後方へと下がるように跳んでは綱光の鎖から目を離さない恰好で移動したが、そこで驚くものを目にした。
部屋の中に置いてあった数少ない道具の数々。机、椅子、棚、壊れた精密機器、サンプル人形といった数々のもの、元は壊れていたものや、あるいは戦いの余波で巻き添いにあって破壊したもの。
それらが鎖に触れた途端、鎖は形を変えてそれらを拘束するのだった。
例えば、机は大きな箱に入れられて、椅子は杭で突き刺されて、棚はバンドを嵌められて、精密機器はテープを付けられて、サンプルのぬいぐるみは錠に捕まり、……などといった具合に。
溢れ出た鎖は何かに触れると変化して、拘束道具へと形を変えるのだ。
「何ソレ? 凄い!!」
一連の出来事を見ていたシロノスは相変わらず単純な感想を口に零していた。けれど先ほどまでとは違う性質を加えた危険な代物であると頭では理解している。今の鎖は全部、自分の両腕を封じた、あの鎖の輪と同じチカラを宿していると。
巳虎兎の下へと辿り着いた。巳虎兎は苦しそうな声で俯いて、負傷した右肩を痛みに耐えていたが、傍に何かが接近してきたことに気づき、顔を上げる。
「な、なごみちゃん」
「みこと大丈夫? 動ける?」
苦痛の涙まみれの顔はなごみの声と姿を見て少し安堵したものへと変わり、うんうんと首を横へと振った。
「みこと、お願い。あたしの首のヤツを引っ張って。そうすれ―――」
「うっ、きゃっ!!?」
「みこと!!」
シロノスが言い終える前に巳虎兎は暴走した鎖が当たり、瞬間鎖は大きな檻へと変わり、巳虎兎はその中に閉じ込められてしまった。
檻は鉄格子と金網の二重構造でできていて腕は通らずに指がギリギリ入るどうかくらいのもの、しかもこの檻には出入口のようなものは存在せず、捕らえられたらまず壊さなくては出る方法がない、まさに開かずの間。
「みこと、ふせて」
そう言うとシロノスは全力で檻へと蹴りを入れる。ガシャン! と大きな音立て金網が揺れたが、それだけで檻を壊すことはできなかった。
もう一度、蹴りのモーションに入るシロノスだったが、「なごみちゃん!」と巳虎兎から声を上げられてすぐさまその場を大きく飛んで立ち退いた。
『UuuuuuuOooooooooooーーーーーーー!!!』
それはまるで野生の獣のような荒々しい咆哮。
大きなうねりをみせるその咆哮を上げる正体は、鎖の束でできた大蛇だった。
鎖の大蛇は物凄い勢いでシロノスを狙った突進を繰り出したが、巳虎兎の一声のおかげで回避することに成功した。
突進攻撃を避けられた鎖の大蛇は勢いを止めきれずにそのままは壁をぶち抜いて別のフロアへと移動していった。
「ありゃ? かいぶつさんがいないね?」
大蛇が遠のいても鎖自体はまだいくつも残っており、シロノスは鎖の動きを見極めながら周囲を探っているといつの間にか綱光の姿がいないことに気づく。
もしかしたら今の鎖の大蛇がそうなのでは? と思い至るが、一先ずそれは置いておく。
鎖を避けながらも軽い足取りで巳虎兎の所へと戻っていく。
檻の中に閉じ込められていた巳虎兎は鎖の大蛇の衝撃に備えてか、それとも腕の痛みのせいか、うずくまった態勢でいた。「みこと」とシロノスが名前を呼ぶと辛そうな顔しながらも何とか応答する。
シロノスは一旦飛ぶようにして数歩後ろへと下がり、その位置から助走をつけて飛び蹴りを檻にかました。
ゾオォォォン、金網と鉄格子の金属音が先ほどよりも響き揺れるも檻自体は壊れない。
えい、えい、えい! と気合とともにシロノスは何度も蹴りつける。「みこと、待ってて今出すから」と蹲っている巳虎兎を励ますように告げる。
それを耳にしながら巳虎兎は、ジンジンと痺れるような激痛に赤く腫れあがった腕、全身から溢れる嫌な汗が止まらない。ハァハァ、と呼吸も上手くできず苦しい。
助けようとしてガンガン、檻を叩いてくるシロノスの一撃一撃が頭にうるさく響き、同時にそれが恐怖にすら思う。
痛い、辛い、怖い、苦しい、うるさい、死んじゃう。
死の恐怖心が巳虎兎の心を凍えさせていた。
「………ぁ…………」
小さな声が零れた。聞き拾うには難しい、拾えたとしてもせいぜい吐息くらいの声が。虫の息の程の声が。
普段ならもうとっくに心が折れて、痛みに抗うなどせずに早く楽になりたくて、死を受け入れていたかもしれない。
だけど、彼女の心は折れなかった。
どんなに痛くても、辛くても、苦しくても、死にかけていても。こんな状況なら普段の巳虎兎なら弱い自分に負けていた。されるがまま流されて諦めていた。
だけど、そうはならなかった。
今の彼女には助けてくれる人がいるから。自分の助けを求めてくれる人がいるから。
動いて、動いて、動いて! と心の中で何度も自分に言い聞かせて、ゆっくりと手を伸ばして口を開いた。
「……な、……な…ごみちゃん……!」
巳虎兎の精一杯の声が届き、シロノスは檻を壊すのを一時停止させる。巳虎兎が何か言おうしていることを察して、静かに次の言葉を待つ。
息絶え絶えの巳虎兎は身体を引きずりながらゆっくりと進んでいき、檻の中で行けるギリギリの距離までシロノスへと接近する。檻を掴み、鉄網の隙間から指を通していく。
指がギリギリ通るほどの網の隙間に巳虎兎の指はきつく、肉が鉄に食い込んでいく。第一関節の所で一度止まってしまったが無理矢理入れ込む。薄皮が捲れて悲痛の声が漏れるが、それでも第二関節の所まで通すことに成功した。
「………なごみちゃん、……首のを……」
「! ええ、わかったわ」
巳虎兎の意図を理解し、シロノスは身体を屈めて巳虎兎の指の所まで首輪を近づけさせる。
首輪のナンバーは既にセット済み。あとはレバーを引くだけだ。
今の自分にできることはこれだけだ、となごみの言葉を信じて、そして自分を信じて巳虎兎は指に力を込めてレバーを引い―――
『UuuuuuOooooooooooーーーーーーー!!!』
獣じみた雄叫びと共に地面が大きく揺れて、割れた。そこから現れたのはもちろん鎖の大蛇になった綱光だった。鎖の大蛇が出現したのは丁度巳虎兎達の真下の所。二人の距離を裂くかのような登場。
二人は奇襲によって衝撃と浮遊感が襲われる。きゃあ、うわ、とそれぞれの悲鳴が響ぐが、二人はまだ離れない。巳虎兎の指がレバー部分を触れている。シロノスは体重を前へと檻に、巳虎兎から離れないようにする。
今にも汗や血で滑って離れてしまいそうなほどの指先。また先ほどみたく、あと一歩の所で首輪のレバーを引けないなんてことは許されない。
ここでできなかったら全てが終わる。もう二度とこのチャンスが巡ってくることはないだろう、と巳虎兎にはそんな予感があった。
そして、巳虎兎はシロノスの首輪のレバーを引いた。
瞬間、シロノスの身体は光に包まれた。そのバッグに幻影のような時計が出現し、その針は通常とは逆の回転を始める。
(……これは!)
その現象は一度見たことがあった。それは昨日、綱光から襲われて傷を負った巳虎兎となごみの友達である子供達の傷をシロノスが傷を癒したのと同じ現象だった。
光に包まれたのはシロノスだけではない。巳虎兎自身もその光を包まれて腕の怪我がみるみる癒えていく。いや、どちらかというと傷が治っていくというよりも怪我を負う前の状態へと時間が戻されていくような、不可思議な感覚が巳虎兎の身に襲い掛かってくる。
光が眩しく感じたのか、上へと向かっていたはずの鎖の大蛇はたまらず翻して壁をぶち破りあらぬ方向へと向かっていく。
投げ出される二人は地面に落ちる。衝撃が身体を伝わるが、それもすぐに止む。光の時計がそれすらも治してくれるのだ。
そして、時計の幻影と身を包んでいた光が消えると同時に、巳虎兎の腕の傷とシロノスの身体は回復した。
綱光の《束縛》のチカラによって動かなくなってしまったシロノスの両腕も、それも治ったようで今はグルグルと腕を回したり、グーパーと手を閉じたり開いたりと具合を確認している。
よし、と状態を確認するとくるりと身体を巳虎兎の方へと翻す。
「みこと、ありがとう。あなたのおかげよ。あなたがいてくれてあたし本当によかったわ」
感謝の言葉を述べてくれる。
巳虎兎はその言葉を聞き、何とも言えない感情が込み上げてきた。感極まるとはこういうことなのかと生まれて初めて理解できた。
何か言わないと口を開くが、続く言葉は出てこない。怪我を治してありがとう、と言うべきか、どういたしましてと答えるべきか。だけど、どちらも違うような気がしてならない。
なら他に何を言えば……。巳虎兎がシロノスにかける言葉を探すがその思考はすぐに止まってしまう。鎖の大蛇が戻ってきたのだ。
近距離で光を受けたことで目が眩んだようだったが回復は自体は早かった。
サッと、シロノスは巳虎兎の前へと立つようにして鎖の大蛇と向かい合う。
「みこと、今度はかいぶつさんを助けてくれるわ」
その言葉を聞いて、ようやく自分のかけるべき言葉が見つかった。お礼や謙遜などではない。それは今この時には必要なものではない。
自分以上に泣いて困って、助けを求めている人がいる。どうすればいいのか答えを探して見つけ出せずにいる人がいる。
そんな人へと手を差し伸べてあげられる強くて優しい彼女に対して言うべき言葉は決まっている。
「なごみちゃん、頑張って! お願い、あの人を助けて!」
「ええ、まかせなさい」
グッと、親指を立てていつもの明るい調子で応答する。
不安を感じさせない、安心と信頼できる優しい声色で放たれる言葉ほど、絶対の信用ができるものは、なごみの言葉以外に巳虎兎は他には知らなかった。
鎖の大蛇はシロノスを見つけるや否や突進を攻撃かましてくる。目測で体長はおおよそで七メートル近くはあろう、大蛇の突進は壁を幾度もぶち上げた威力はアクセル全開のトラックにも匹敵する。
突進を直撃する前にシロノスは動いた。巳虎兎を掲げ上げるように持ち上げて、壁蹴りの要領で鎖の大蛇が明けた上の階へと繋がる穴を抜けて移動する。
鎖の大蛇は突進を避けられて急ブレーキをかける、今度は壁に激突することはなかった。転回してシロノス達の後を追う。
上の階へと辿り着くと一旦巳虎兎を降ろして、下がるように指示を出すと、首輪のナンバーを切り替える。充てられる数字は『三・三・三』だ。
両腕の拘束が取れて再び時計の針のような紫の長剣と空色の短剣が出現する。
鎖の大蛇に斬りかかるつもりか、と巳虎兎は考えた。けれど、現状の鎖の大蛇の纏う鎖は異能の力を宿しているもの。シロノスの両腕を封じ、巳虎兎を檻に閉じ込めたようなチカラを持つ。
もちろん全身に纏う全てが全てその力を有しているわけではないと思うが、それでも迂闊に触れるのは危険であることに変わりない。
剣での攻撃はやめた方がいいのでは、と思ったが、何かしらの考えがあるのではとも思う。だが、相手はなごみだ。どこか抜けている彼女、先ほど鎖の特性(実際は巳虎兎も勘違いしていたが)に気づいてなかったことからして今回もまた意気揚々と特攻しては鎖の束縛に遭うのでは、心配して止まない。
忠告かけようとするが、その前にシロノスは動いた。いや跳んだ。
大きく屈伸運動を使ったジャンプ。巳虎兎を抱えていた状態では厳しくてできず壁蹴りで登り上がったが、身体能力ならばジャンプすれば室内の天井くらいは届くどころか、飛び越えることも可能だろう。
シロノスは左右の剣を光らせてそのまま天井を斬り裂いた。
バターでも切るかのように容易く裂かれる天井、当然のことながらボロボロと崩れ落ちていく。遅れて後を追ってきた鎖の大蛇は岩雪崩にでも遭うかのようにそれを喰らう。
けれど、同時に幾つか鎖の肉体に触れたことで瓦礫らは異能の力《束縛》が発動する。縛られ、固定され、捕獲され、鎮められ、様々な束縛の形が出現する。
シロノスはその様子を静かに見つめていた。仮面で顔を覆いつくされていたが、その視線はまるで何かを探るようなものだった。
「そこね!!」
そして目当てのものを発見したように声を上げて、両腕の剣を奔らせた。狙うは鎖の大蛇の顎付近から口の下、そして腹の部分へと。
鎖の肉体に刃が通るも裂かれた部分から血が出ることなどなく、出てきたのは新たな鎖。それも飛び出てきてシロノスを襲いにかかることはなく、新たな鎖は剣で攻撃された部分を修復させていく。
恐れていた再びシロノスの両腕が封じられることはなかった。
なぜ異能の力が発動しなかったのか、と巳虎兎は疑問を抱いたがシロノスの行動を思い出して理解できた。
まず天井を裂いて瓦礫を落としたのは異能の力を宿しているのは鎖の部分で見分けるため。大蛇の肉体に直撃した瓦礫で《束縛》が発動した部分は肉体の頭や背中といった表面部分。口の裏や腹と言った裏面部分は異能の力を宿していない。
思えばそうだった。全身の鎖が異能の力が使える状態だというならば、常に地面に密接している腹の部分は常時発動していることとなる。そんな状態であれば地面に《束縛》によって自身の動きに制限がかかり、自分で自分の首を絞めることなる。
弱点は裏部分。判明できてしまえば怖いものはない、シロノスは両腕の剣で鎖の大蛇に斬りかかっていく。
身体をうねらせて仕掛けてくるシロノスを振り払おうと抵抗をみせる鎖の大蛇。背中からも鎖を出してシロノスをもう一度《束縛》しようと不意打ちを仕掛けてみる。
一つでも貰えばアウトの乱れ撃ちの鎖の攻撃をシロノスは掻い潜り、裏面へと果敢に斬り込んでいく。
やがて、鎖の大蛇は自身の態勢に不利と悟ったのか、起き上がらせていた上体を地面へと伏せて弱点の裏面を隠してみせる。地面を這う形へと。
動きはしない。その場にジッと留まっていてはその姿獲物を待つハンターのような静かさ。裏面を隠されたことでシロノスも動きが止まってしまう。迂闊に攻撃を仕掛けたら両腕が封じられてしまう危険を恐れてだ。
しかし膠着状態はそう長く続かず、すぐに戦況は動いた。
鎖の大蛇は身体の表面の至る所から鎖を放ち、シロノスへと攻撃を仕掛けてきたのだ。動かぬとも攻撃手段は存在する。いや、むしろ鎖を操作するならば自身が動き回りながらよりもはるか何倍も止まって制御に務めた方がいい。
また打つ手なく、シロノスが逃げ回るだけのパターンになるかと思われたが、それもそうはならなかった。
前方から向かってくる鎖に対してシロノスは後ろへと下がった瞬間、シロノスの姿消えて鎖は通りすぎていった。
何事だ、と鎖の大蛇と巳虎兎は目を剥いて驚いたが、その理由は単純だった。落ちたのだ。穴に。先ほどまで三人がいた下の階へと繋がる、ぶち抜いた穴へと。
鎖を穴へと向かわせようとするも、その前に「ええい!」と下の階から聞こえる可愛らしい気合の咆哮。その後に響き渡るのは鎖の大蛇の悲鳴だった。
『GYAaaaaaaaaaaa―――!!!!』
地面に伏せていた身体は跳ねるようにして大きく仰け反った。大蛇の腹の部分に見えるのは腹へと両腕の剣を深く突き刺したシロノスの姿が存在した。
そう、シロノスは下の階へと落ちた後、ただ元の穴から登り上がってくることはせずに大蛇の真下へと移動してそこから攻撃を仕掛けたのだと巳虎兎は察した。
狙って下の階へと落ちて大蛇の真下から攻撃を繰り出したのか、それとも攻撃を避けた時に偶然穴に落ちてしまい、戻る前に「そうだ、下からこうげきすればいいじゃあない」と気づいて攻撃したかどうかは不明。なごみの性格上後者の線が強いが、意外にも勘が鋭い所があるものだから前者も捨てきれず、巳虎兎が判断づけるの難しいもの。
実際の肉体ではない、鉄の身体のはずなのに大蛇はまるで本物の痛みを感じているかのような反応して暴れ回ってみせる。実際の所は痛みを感じているというよりも鎖の肉体に剣が刺さったことに違和感を覚えているのかもしれない。
壁や天井、地面にその身ごと叩きつけてシロノスを無理矢理引き離そうとする。シロノスは「う、わ、わ、わ!?」「ああっ!」「ままっ!!」と少し楽しげな声を上げながらもその剣は大蛇から離れない。
これじゃあ初めて馬を乗った時のような反応だ、と巳虎兎はこんな状況の中でそんな感想を抱いていた。もはや巳虎兎の中で心配や恐怖心といった負の感情はだいぶ薄れていた。
もちろん全くないという訳ではない。今だって恐れがあり、逃げ出してしまいたい気持ちは存在する。しかし、それ以上に巳虎兎の中になごみの存在が大きかった。
なごみを信じる気持ちが今の巳虎兎に力を与えてくれたのだ。
突き刺さった剣は大蛇の抵抗によって少しずつグラグラと揺れ動き、抜けかけそうな不安定な状態になっていた。その事実を肌で実感しているのかのように気づいた大蛇は同時にシロノスを倒すアイデアを思い浮かんだ。
大蛇は跳んだ。当然のように天井をぶち抜かれる。隣にはシロノスの斬り裂かれた箇所とはあったというのに新たな箇所に穴が出来上がるのだ。一階上がったくらいでは大蛇は止まらない、もう一段階層をぶち抜いていく。と、そこまで上がっていった結果大蛇がお目当ての場所へと辿り着くことできた。
そう、場所は屋上。
曇り一つない夏の青空と言うには相応しい晴天っぷり。時間帯も太陽が一番高く上がっているために上を向いていた大蛇はその日差しに一瞬眩んだが、特に問題はなかった。
太陽から背くようにして腹を―――シロノスが剣を突き刺している箇所を―――押し出した。抜けかけていた剣は反動によってついに、シュッ、と鎖の肉体から離れたのだ。
空へと放り出されるシロノス。その声は変わらず楽し気な悲鳴でテーマパークのアトラクションか何か一種であるかのようだ。
耳にして苛立ちを覚える大蛇―――綱光。
(ああ、ホントコイツはムカつくな。楽しそうで、笑えて、友達がいて、何にも縛られていない自由な奴)
身体の表面から幾つもの鎖を排出する。ジャララ、と大蛇に従える眷属の蛇のように立ち並ぶ鎖。
(昔から母さんの言いなりで、自分ってものがなかったオレとは対象的な存在。そんな奴から『友達になろう』なんて言われて手を伸ばされたなんて、惨めな奴だと馬鹿されているようで腹立たしい)
宙に鎖は巻き付いていき、一歩の槍のような形を模っていく。
(お前に何が分かる!? 俺の気持ちが、幸せ面して毎日毎日自由に遊び回って好きな事ばかりしているお前に、そんなこと言われたくねえんだよ!!)
槍は大きく、大きく、と綱光の気持ちとリンクしているかのように巨大なものになっていく。自身を纏っていた鎖が減っていき、鎖の大蛇だった姿は元の鎖の怪人こと《束縛》の劣等者の姿へと戻っていく。
(こいつも同じ目に遭えば分かるだろう、自由がないことがどれだけ自分の心に余裕がないということが! 笑う楽しい面白い喜び高ぶり感動といった喜の感情がどれだけ憎たらしく、渇望するものかを!!)
『縛ラレロ、縛ラレロ、オ前ニ、自由ハ……モウナイ!!』
そんな怨念のような声と共に放たれる綱光の最大中の一撃必殺。
《鎖の槍》。
高速のスピードで打ち出されるそれは直撃すればたまらず人体は貫いて、真っ二つとなっては死に至るだろうことは見ただけでも十分は分かる。それほどの威力を秘めていることは間違いない。
だが、簡単に死には至れない。
貫かれた瞬間、異能の力《束縛》が発動して貫かれた箇所を無理矢理つなぎ合わせられる―――物にもよるがそれでも悲惨な状態で肉体を、例えば鉄の輪っかでホッチキスでも止められたような状態にされる(これでもまだいい方だ)―――傷口を無理矢理止める、と言えば、聞こえがいいかもしれないが、本当にただ止めているだけ。裂かれた肉と肉をくっつける乱暴な血止め程度。治療や回復といったものではないのだ。
そしてチカラはただシロノスの身体をくっつけるだけでは収まらない。
幾つもの鎖を複雑に絡み合ってできた《鎖の槍》のなのだ。発動する《束縛》も複数発動することも可能だ。
つまり、身体を乱暴に繋ぎ止めるだけでは飽き足らず、シロノスを檻へと閉じ込め、腕を鎖で縛り上げられ、足を杭で固定され、胴体をベルトで締められて、頭を押さえつけられて……、と抵抗という抵抗を一切封じられた状態にさせ、傷口からドロドロと流れる血と痛みを感じさせながらじわじわと殺そうというのだ。
まるで獲物をじっくりと時間をかけて絞め殺していく蛇の如く。
発射された《鎖の槍》はもう綱光でも止めることはできない。
シロノスの身体能力の高さを考えるならばギリギリで避けることも可能だったかもしれない。が、これに関してばかりは回避不可である。何故ならば現在、シロノスは空中にいる。
足場があるならばまだ身動きが取れて回避運動が取れた。しかし、空中では身動きが取れず躱すことはできない。
数分前のこと、シロノスではなく、なごみの姿で鎖を捕まえては曲芸の如く回避してみたが、それも今回は使えない。《鎖の槍》に触れただけで即アウトだ。束縛されてしまう。
ならば両腕の剣で《鎖の槍》を斬り裂くべきか? ―――否だ。それも一緒のこと。切ろうとした途端、刃先が《鎖の槍》に触れた途端、その瞬間《束縛》が発動して、一瞬で両腕を封じられてしまう。
シロノスは下からやってくる《鎖の槍》を静かに見つめていた。―――いや、違った。
「かいぶつさん」
見つめていたのは槍よりもさらに下にいた綱光を見ていた。息を大きく吸い込んで彼女は叫んだ。
「いつまでもいじはってからにこもってないで、一緒に遊びましょうよ! あなたならなわとびしょくにんになれるわ!!!!」
『縄跳びは関係ねえって言っているだろうがあぁぁ!!!』
綱光が絶叫する突っ込みが響いた。
彼女はブレなかった。空気を読めなかったともいうが。綱光にとって自分とは対象の存在で嫌悪するシロノスを自分と同じ目に遭わせたい、という負の感情を持つように、シロノス―――なごみとっては綱光と友達になりたいと純粋な想いでずっと接していた。
連れ違う思いを抱えた二人の気持ちは今まさに真正面からぶつかる。
空へと上がってくる《鎖の槍》がそこまで迫ってくると意識を切り替えたシロノスは動いた。正確に言うならば手を首輪へと伸ばしたのだ。
充てられていたナンバーを切り替えられる『三三三』から『五六四』へと。
途端に両腕の紫色の大剣と水色の小剣は消え去り、元の固定具が嵌められた腕へと変わると同時に右足に嵌められた固定具が外れた。
固定具から外されて出てきたのは光り輝く足。暗闇を裂いて照らすような温かな天の光と思わせるほどの輝き。固定具はこれを収めるために存在していたというに十分説明がつく。
「たああああああーーー!!!」
気合の咆哮と共にシロノスの光の右足と《鎖の槍》が激突する。
直撃した瞬間、貫かれると思われたシロノスの足だったが、貫かれることはなく、また異能の力である《束縛》の効果も発揮しない。
発動したのはまた違うチカラの存在。
激突している鎖の先端から徐々に一つ一つ消え去っていく。そう、消え去っていくのだ。崩れるわけでも壊れるわけでもなく、キックが決まった箇所から鎖は消えていくのだ。まるで元からそれは存在しなかった時間へと戻ったのかのような。
『なっ!? な、なんだそれは!!』
最大中の攻撃を放ったはずが相手のキックの方に威力でも異能の力でも押されている、その事実に驚かずにはいられない。
やがて《鎖の槍》打ち消した、シロノスのキックは真下にいた綱光に直撃した。