《束縛》7
光々しい輝きを抑えつけるかのように着せられた拘束着を身に纏う天使の姿となったなごみことシロノスが現れる。
『ようやく戦う気になったか、シロノス!!』
歓喜に叫ぶ綱光だったが、対面するなごみは否定した。
「違うわ。あなたを助けて、友達になるわ」
『だ~か~ら~、……変な世迷言、言ってんじゃあねえ!!』
複数の鎖で攻撃を繰り出してくる。動き自体は相変わらず、鋭く素早くはあるが単調なもの。シロノスは構え、鎖を手で振り払おうとする。
「!? …痛っ!!」
「なごみちゃん!」
けれど、事はシロノスの予想とは違った。手を振り払った瞬間、チャリ、と直進していたはずの鎖の軌道がその攻撃を避けるように切り替わったのだ。
払いの手は空振りに終わり、防御が出来ずシロノスは頭、左肩、胴体、右太ももと複数箇所の部位に鎖の攻撃が叩きこまれた。
膝をついたシロノスに巳虎兎は叫ぶ。大丈夫、と手を上げて返す。
『膝を着くのはまだ早いぞ!』
追い打ちに一気に畳みかけてこようとする鎖を放ってくる。
シロノスは立ち上がり、今度は受けずに距離を取って躱そうとするも、鎖は後を追ってきて、追撃を貰う。
アイタ! と悲痛の言葉を漏らすシロノス。その様子に巳虎兎は心配する。
(どうしよう。なんだか、昨日よりもなごみちゃん、攻撃もらっているよ)
昨日や先ほどはあれだけ鮮やかに鎖の攻撃を回避していたというのに、今日に限っては何度も喰らっている。変身する前もだいぶ加減させられていたのか。
それもそのはず、昨夜の純慈の特訓によってただ投げて、振り回す、飛ばす。といった単調さが消え、鎖の動きを自分の意識でコントロールすることが可能となったのだ。細かく狙いを調整し、振り払いにも避け、回避も追尾することが可能となったのだ。
これならばシロノスの並外れた身体能力と反射神経にも対応でき、前回のようには翻弄されない。
綱光は自身が優勢に立っていることに綱光は歓喜する。シロノスは攻撃から逃れるように回避を試みるが追尾を撒くことはできず、駆けては払われ、跳んでは叩かれ、転んでは打ってくる。
何度も攻撃を受けては地面に倒れるシロノスだが、すぐさま立ち上がり無慈悲に襲い掛かってくる鎖に立ち回わってみせようとする。
「あなた、凄いわね。昨日よりも強くなっているわ」
劣勢な立場でありながらもシロノスは自分が苦戦を強いられているとは感じてはおらず、素直な称賛の言葉を述べる。
『最高の褒め言葉だ!』
皮肉と受け取った綱光は鎖の数をさらに増やして畳みかけてくる。
「これ、なら!」
動き回っていたシロノスは避け切れないと判断したシロノスは立ち止まり、咄嗟に首輪のナンバーを『三・三・三』へ切り替える。両腕の拘束が解かれて、その手から時計の針のような紫の長剣と水色の短剣、大小の剣が出現する。
四方八方から来る鎖に双方の剣で切り払う。
チッ、と綱光は大きく舌打ちする。鎖の量が増やしたことで制御に雑さが表れ、先ほどよりも弾くことは容易かったのだ。そのことに気づき、苛立ちを覚える。
あらかた鎖を切り伏せたシロノスは、たあああ! と雄叫びを上げ綱光へと突っ込んでいく。そのまま本体を叩くつもりだ。
綱光は新たに二本の鎖を放つ。向かってくる鎖を弾こうと薙ぎ払ってみせるが鎖は剣の素振りに判断して、ジャリ、と軌道を変えて剣を躱す。
そして、それも、ただ空振りには終わらせるなどせず、鎖は剣を絡みつかせるように巻き付いて、両腕の剣を拘束する。
「ありゃ?」
捕まったのに呑気そうな声を漏らし、その場に立ち止まってしまう。その隙を逃さず、フン! との力んだ一声と共に思いっ切り真横へと鎖を引っ張り上げる。もう一度、ありゃ? と言葉を漏らすシロノスを抵抗などせずにされるがまま壁へと激突した。
バン! と衝撃で壁に少しの凹みとひび割れが奔り、地面へと倒れ伏せて、うぅ、と呻き声を上げているシロノス。もろに食らったダメージが大きかった。
『オラオラ、寝てんじゃあねえ!』
両手の拘束を一旦解いてそのまま鞭を振るうかのように叩きつけてくる。二度、三度背中、横腹と決まるがその痛みをきつけとして起き上がり、さらに振るってくる鎖を両腕の剣で攻撃を耐えつつ、隙を見つけてその猛威から抜け出した。
動きに反応した綱光は鎖を壁や地面に上手く当てて軌道を変えて、シロノスの後を追わせてみるも届かない。
綱光と距離を取り、向かい合って剣を構える。それに合わせて綱光も鎖を構えなおし両者睨み合いながら出方を疑う。
すると唐突にシロノスが、分かったわ! と何かに気づいたかのように大声を上げる。なんだと警戒し、シロノスの次の言葉を待つ。
「あなたのなわとび、二つタイプがあるのね。あたしを追ってくるのと今持っている、振るうだけのと、二つが」
『…………』
指差しでシロノスは気づいたことを指摘した。
シロノスが言っているのは鎖にはニパターンあることだ。一つは綱光の体に纏わりつく鎖は綱光の意思で操り、まるで生き物のように動きをみせるパターン。そしてもう一つは実際に手に持って純粋に鞭として扱うタイプの二種類だ。
(え、今更!?)
巳虎兎は内心で突っ込んだ。
これまでずっとなごみと綱光の戦いを見てきたためにそのことについては何気なく気づいていた。傍から観ている自分も分かっているのだから当然なごみもそのことには気づいているのだろうと思っていた。
第三者の視線だからとか、巳虎兎が観察眼に優れているわけではない。見ていれば誰にでも分かること。
それに今気づき、この状況でわざわざ確認を取るように告げてくるとは……。
綱光は何も答えずに薙ぎ払いを繰り出してくる。放たれたのは手を持っている鎖、つまりは手動タイプで追跡効果はない。シロノスは大きく背を逸らして攻撃を躱そうとする。
「……え!?」
「ありゃ?」
巳虎兎の驚きとなごみの疑問の声が重なった。
綱光が手に持って、鞭のように振るっていたはずの鎖が、本来なら身体を逸らすことでギリギリ回避することが十分可能なものだった。巳虎兎となごみの予想ではこの攻撃ならば追尾能力はなく、なんの問題なくシロノスを通過するはず。
ならなかった。
鎖はシロノスを通過しようとした瞬間、ジャララ、と軌道線が切り替わり、シロノスの身体に巻き付いて縛り上げた。
「な、なんで!? だ、だって、今の攻撃って」
体を撒いている方じゃないのに、と巳虎兎は言葉を続けそうになったが、その思考を先読みしたように綱光が答える。
「別に、身体に纏っているヤツと手に持っているヤツで使い方が違うわけじゃあない。オンかオフを付けているだけ、だ!」
捕まえたシロノスをそのまま宙へと持ち上げて天井へと叩きつける。いや、叩きつけるどころの威力ではない。天井をぶち抜いて上の階へと到達したのだ。
「なごみちゃん!!」
巳虎兎が叫ぶ。上の階に行ってしまったために姿が見えず、安否が分からない。生死について不安感が駆り立てられる。
けれどすぐにその不安感は消えた。
「はーい、なあに」と呑気な一言と共に貫通した穴から現れた。拘束されていたはずの鎖がシロノスと共にバラバラになって降ってきた。何とか拘束から抜け出し、両手の剣で鎖を斬り裂いたのだ。
安堵の息を漏らす巳虎兎とは対比に綱光は舌打ちをする。厄介な剣だ、と。
シロノスの俊敏な動きには純慈との特訓による強化された鎖で十分通用できる。けれど、両手の剣で鎖は容易く斬り伏せられる。現状は五分と五分とみるべきか、いや剣を出された以上少しだけ綱光の方がやや不利か。
(…………アレを使うか)
熱くなった頭がクールダウンし、状況を鑑みて冷静に判断した。本来ならすぐにでも使おうと考えていた、奥の手。鎖がシロノスの動きに対応できなかった場合に即使う予定だったが結果としてはここまで攻勢できたのは嬉しい誤算。
それにより切り札を使うことでシロノスを一気に追い詰めることができると、勝利の確信を持つことができた。
綱光は持っていた鎖をブンブンと回し始める。それは非常に速く小さな回転だった。
「やっぱりなわとびなのね」
『違う』
綱光の動作をみて感想を漏らすが即座に否定する。相変わらずシリアスブレイカーぷりに綱光と巳虎兎の二人は頭を抱える。
だが、そのふざけた思考もここまでだ、と回していた鎖のスピードをどんどん加速させていく。ビュンビュンと空を切る鋭い音は増していく。
円を描いて加速していく鎖は、その回転に耐え切れなかったように金具の接合部が切れた。だが、不思議なことに切れたはずの鎖はただ分裂した訳ではなく、描いていた円の形を模るような鎖の輪になり、綱光の手元に浮いていた。
「何それ!? 凄いわ、手品!?」
『驚くのはまだ早え!』
子供のような反応で驚くシロノスに対し、鎖の輪になった鎖をシロノス目掛けて投げつける。
輪投げのように真っ直ぐ飛んでくる輪は先ほどまでの鎖のスピードには数段劣るもの、飛んでくる鎖の輪を右手の剣で両断しようと振りかざす。また追尾されると厄介だと判断というよりも、飛んできたから弾くという反射的に近い行為。
鎖の輪はあっさりと斬り裂くことはできた。元より強度も下がっているともみれるほどの硬さ。
一瞬、これならば鎖の方がまだ断然武器として優れていると思える。硬く強い、鋭くて速い、自在に操れて制御が利く。鎖に比べるよりも数段劣るものだとなごみだけでなく、傍から観ていた巳虎兎も分かった。
そう、劣っているのは、劣ってしまうだけの何か別のものがあるからだ。
鎖の輪を両断したと同時に、瞬く間の小さな光と蛇が這うような鎖が両腕に絡みついて、そして、シロノスの両腕の剣が消え去ったのだ。
そのままだらりと力が入らなくなったように両腕がぶら下がった状態になる。
「ありゃ? おかしいわね、手が変だわ? 動かなくなっちゃった」
手を動かしたいのか、ん、ん、と両肩を上下に動かしたり上半身を左右に揺らし、あまやジャンプも試みてみるがシロノスの両腕は反動で揺れるだけで意識して動かすことができない。
どうしようかしら、と緊張感のない言葉を漏らすシロノスだが、流石に手が使えない状態になるとは只事ではないと危機感を覚えた巳虎兎はまだ色々と試しているシロノスから目を離して、綱光の方へと視線を移す。
「……な、何をしたんですか?」
勇気を出して思い切って綱光に聞いてみる。
綱光はシロノスの両手を封じることに成功したことに喜びを隠し切れない声で巳虎兎の質問に答えた。
『これがオレの能力《束縛》だ。鎖の輪に触れたら対象に封じることができるチカラだ。シロノス、これでお前の厄介な剣どころか手も使えない』
―――オレの勝ちだ。
自身の勝利宣言を告げた綱光は身体に巻き付いた鎖をもう一度解放し、無数の鎖を出現させる。これだけの量を出現させれば追跡や制御自体が難しくなるものの、綱光はそれに気には止めなかった。
最後は量で押し切れると確信しているからだ。
実際問題それは事実だった。
圧倒的な物量で放たれた鎖は荒ぶる波のようにしてシロノスを襲った。
躱そうと駆け出すもイマイチスピードにキレがない。腕が封じられているため上半身のバランスが取りにくく、初速ならともかく徐々に速さが薄れていく。
それでも小回り利かせて逃げようと工夫するも意味がなく、呆気なく捕まって後は一方的に。
殴られ、叩かれ、打たれ、絞められて、投げられ、回されて、嬲られる。
今まで明るく振舞っていたはずのシロノスも流石の怒涛の猛攻になす術も無く、「あだ」「うが」「だば」などの呻き声を、攻撃を受ける度に漏らすばかり。
『アハハ、ハハハハハハ、ハハハハハハハハ!! どうしたシロノス! オレと友達になるんじゃあなかったのか! それともこれでオレを楽しませることで友達になろうってのか? だとしたら最高に今に楽しいぞ!!』
シロノスが蹂躙される姿がたまらないといった調子で残酷に嗤っていた。
その姿を見て、巳虎兎は怖いと思った。殺人鬼やサイコパスといった元から狂っている人間とは違う。
常識のたかが外れた状態というべきか、その姿はまるで子供。初めておもちゃを買い与えられて、楽しさのあまり加減の知らず思うがまま振るい回すだけ振るい回して、最後は玩具をぶち壊して終わらせる。
今の綱光はそんな危うさを持ち合わせており、巳虎兎はそれが恐怖だった。
そして、みるみる痛々しい姿になっていくシロノス。巳虎兎は涙を浮かべた。
(私のせいだ、私が、なごみちゃんに助けて、ってお願いしたから……!)
後悔と懺悔が胸の中に溢れてきて、両手で抑えつけて、祈るようなポーズを取り、神様お願い、助けて! 唱える。
と、その祈りが届いたかのように、突然、シロノスを投げつけたのだ。
地面に叩きついて転がるシロノスは「うぅ~、痛いわ」と嘆いていた。言葉の調子から無事そうに思えるがただの痩せ我慢だった。
起き上がろうとしないのは両手が使えないのと、今受けたダメージが大きく立ち上がれないのだ。余力があれば、手が使えなくとも腹筋や反動を使って起き上がれることは可能だった。
もはや虫の息であるシロノスをどうして手放したのか、と疑問に思った巳虎兎は綱光の方を見る。
ゼー、ハー、ゼー、ハー、と肩で息をしていたのだ。まるでフルマラソンでも完走したかのような消耗ぶりで明らかに疲労困憊の様子。大量の鎖の放出によるデメリットだ。元より綱光の体力の無さの原因だ。
互いに違う意味合いで満身創痍。けれど、やはり動きに制限がかかっているシロノスの方が分が悪い。綱光は体力の回復次第でシロノスへとどめを刺すことは明白。
「みこと~」
名前を呼ばれてハッとしたようにシロノスの方へと顔を向けた。身体をうつ伏せのまま顔だけこちらへと向けたシロノスこちらを見据えていた。
なごみちゃん、と慌てて傍へと駆け寄る。声を聞き取れやすいように顔を上げて膝枕の姿勢を取らせた。
「みこと、お願い。首のヤツ回して。いち、はち、よん、ってして」
あたしの手は動かないから、と。
巳虎兎は首と言われてシロノスの顔から視線を少し下げて、首元のナンバーロックの首輪に移し、これまでの事を思い出した。
そういえば、なごみがシロノスへと変身したり、両腕の剣を出す時は必ず首元のナンバーロックを切り替えて使い分けていた。首のこれが制御装置という事なのだろうか。
首輪に注目して考察する巳虎兎だったが、今はそれどころではないと考え直す。
改めてシロノスの身体を見直してみる。天使の神々しい白肌を拘束衣のようなもので包まれた身体は鎖の攻撃によって傷だらけでボロボロの状態。今までの変わりない様子にみえて案外強がりなのかもしれない。
「ねえ、聞いているのみこと、はやくして。首のヤツ回して」
「あ、ごめんね、いま―――」
「じゃないと、みこととかいぶつさんを助けられない」
「!!」
何時まで経っても首輪を回してくれないことをじれったく思い、回すことを急かしてくる。慌てて手を首元へと伸ばしかけた巳虎兎だが、シロノスの言葉に手が止まってしまう。
(この子は本当に強い)
シロノスは巳虎兎の願いを全力で叶えようとしている。
それに比べて自分は何をやっていた? 何も出来ない自分。都合のよく助けてくれる、ヒーローの存在という願望をなごみに押し付けただけだ。
強く輝いてみえた彼女を、どんな時も汚れの知らない白紙のキャンパスのような真っ白な笑顔でいた少女を、私を友達と、彼に友達になろうと言ってくれた優しいなごみちゃんを!
ボロボロになっても助けるために頑張る彼女に、自分も応えたい。
『何をしている!』
ようやく息が整え体力が回復できた綱光は視線を戻してみると、巳虎兎がシロノスに接近しては何かを話している姿を発見し怒鳴りつけた。
「みこと、はやく!」
見つかったことにシロノスは急かす。巳虎兎は勇気を振り絞って止まっていた手を伸ばし、首輪のナンバーロックへと。充てる数字はシロノスが告げた三桁のナンバー、一・八・四。現在の番号は三・三・三で充てられている。
『させねえよ!』
見かねた綱光は阻止すべく、巳虎兎目掛けて鎖を放つ。何しようとしているのか不明だったが、それでも現状をひっくり返されるようなことをしていると本能が察した行動。
ダイヤルはカウンターと同じで数が上がる方にしか回せない。三から一へと切り替えようとしても動かなかったことが巳虎兎を混乱させた。上へと切れば動くと判り、カチカチとの音を奏でる。
急ぐが慌てず、指定された数字を超えないよう慎重に、一を超えないよう、八を超えないよう、四を超えないように!
カチ、セット完了。だが、何も起きない。
「横のでっぱりも引いて!」
鍵が差し込まれてできたレバーを差す。放たれた鎖は目と鼻の先にまで迫っていた。
なごみの言葉を聞き、巳虎兎はダイヤルから指先を横に移動させて、レバーの部分へと、―――同時に右肩部分に衝撃が奔った。
「みこと!?」
巳虎兎はまるで車に撥ねられたかのような威力。たまらずその場から数メートル吹っ飛んでいき地面へと転がっていく。腕には今まで感じたことのない痛み、もしかしたら折れたのではないのか、頭にそんな危険信号が鳴り響く。
あ˝ーーー!! あ˝あ˝あぁーーー!!! 喉が潰れるほど絞り出てくる声量の叫びを上げながら、左手で直撃した右肩を抑える。
止まらない痛みは意識が飛んでしまった方がどれだけ良かったことか、と思わせるほどの激痛に苦しむ。
『余計なことをするからだ。大人しくしておけば怪我を負わずにすんだんだ』
綱光は激痛にもがき苦しんでいる巳虎兎を冷たい眼を向けながら言い放つ。そのまま大人しく寝ていろ、と意識を巳虎兎から外してシロノスへと戻した。
シロノスは仮面を覆った顔でありながらもそこに浮かび上がっている表情は怒気が溢れているものだとわかるもの。
「かいぶつさん!! あなたねえぇ! 人にケガさせちゃあ、傷つけちゃあいけないって知らないの!!」
『知らねえよ』
これまで明るくて優しい元気な声をしていたシロノスの声も初めて怒りで荒げたものだった。
綱光は面倒くさそうに、そして同時にどこか悲しげな声で応答する。はあ~、と小さなため息を吐きながら目を瞑って、何か思い出すような顔をして告げるのだ。
『オレが知っているのは、他者は、敵は、邪魔する者は蹴落とすものだってことだ』
「かいぶつさぁん!!!」
雄叫びを上げ、足の反動を使い、負傷で動けなかった身体を無理矢理起こすとそのまま綱光へと突っ込んでいく。
綱光は咄嗟に四本の鎖を放って迎え撃とうとする。鎖はそれぞれ緩急ついて、軌道を読みにくく同時にシロノスの身体の複数の部位を狙い襲いかかる。
が、まるでその軌道は既に見たことがあると言わんばかりに四方からくる攻撃全てを躱して綱光へと接近してみせるシロノス。
な!? と驚きの声を上げる綱光の前にはもう目の前にシロノスはゼロ距離まで迫っていて、シロノスは腹部目掛けて膝蹴りを繰り出す。
まともに受けた綱光は後退りするもシロノスは逃さずローキックを二発叩きこむと、膝づいて蹲る。さらにとどめと言わんばかりに綱光の背中へと踵落としを落とす。
たまらず綱光は地面へと崩れ落ちる。
(なんだ今の? なんだこれは? 痛い? どうして? え、オレの方が優先だったのに、え、どうして、なんで……)
シロノスの怒涛の猛攻を受けたが、その痛みよりも疑問の方が綱光の頭の中を覆いつくしていた。。
両腕を封じ、鎖で追い詰めて、なぶり殺ししていて優勢だったはずの自分の立場が覆されていることに。
なぜ、なぜ、ナゼ、何故!? と繰り返される頭はあることに気づく。
そう、これまでシロノスは攻撃という攻撃は一度もしてこなかったことに。変身する前も、変身した後も、両腕の剣を出した時も、どれも綱光は攻撃する鎖を払いのけることしかしていない。
唯一、これまで攻撃したことがあるのは昨日、今日のうちで巳虎兎や一緒にいた子供達といったなごみの友達といった誰かが傷を負った時だけ。
(……つまり、コイツは今の今まで本気じゃあなかったってことか)
今のようにまともに戦おうと思えばシロノスはいつだって綱光を倒すことが可能ということか。両腕を封じた程度じゃあ訳もないってことなのか。与えてきた攻撃そのもの全く無効だったってことか。勉強だけのもやしっ子じゃあ勝てないってことか。友達もいて好きなことが出来て幸せなヤツにはどう足掻いたって敵わないってことか。
頭の中で埋め尽くすほどの思考は関係ないことですら、そうであると肯定してしまう暗示が自分に掛けられる。それが劣等感。
そして、直面してしまった真実に劣等感は爆発する。
ふ、
「ふっざけるなああああぁぁぁぁ!!!」