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シロノス~真っ白な絵本~  作者: 夜ノ雨
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《束縛》2

 誰かと遊ぶのは久しぶりだった。


 なごみと子供達が遊んでいたのは公園の水場で水遊び、夏にふさわしいものだが巳虎兎の年齢的には若干羞恥を覚えるものの、また学校の制服のため巳虎兎にとっては濡れるのは勘弁願いたかった。


 誘ってもらっておきながら心苦しかったが別の遊びを提案してもらった。


 子供達が持っていた道具のうちボールがあったため、それを使って皆でボール遊びを始めた。シンプルにパスを回し、地面に落ちたら負けのゲーム。


 宙に上がるボールの落下地に先回りし、もう一度打ち上げて誰かにパスを回す。巳虎兎は何とかコントロールを付けて皆に行きわたるようにパスを回すが、子供達はただ打ち上げるので精一杯、それでもラリーを続く。


 なごみ、と名乗った白い少女は信じられないことにボール遊びが初めてらしく、最初は力加減を間違え、力一杯に弾かれたボールはあらぬ方向へと飛んでいく。


 どうしてボールが変な方向に行くのか、不思議そうな顔をするなごみに対して、皆笑いや呆れ、苦笑とそれぞれの表情を浮かべる。


(なんか、こういうのって久しぶりだな。ボール遊びなんて小学校の頃以来かも。中学じゃあ……体育って嫌いだな)


 学校の体育の授業ではバレーやバスケの時にパスを組む人間がおらず、先生や隣のクラスの余った人間と組む、と息苦しい地獄だった。先生と組めば少し目立つし、隣クラスの人間相手だと色々と気まずかった。


 だから今日のように何の気兼ねなく純粋に楽しむだけの遊ぶのは巳虎兎にとっては本当に楽しかった。


 ラリーが続く。なごみは運動神経そのものは良いらしく、最初こそ上手くボールコントロールができなかったものの、やっていく内に加減を覚えたようで、今では一番うまい。


(でも、うまいとか下手とか、そんなものはどうでもよくて、本当に、純粋に楽しそうだな)


 なごみの様子を見ながら巳虎兎は思う。


 心が弾み、笑い声が上がる、失敗しても恥じず、成功は喜ぶ。そんな素直で無邪気な姿に好感を持つ巳虎兎。そして、なごみの醸し出す雰囲気に当てられたのは巳虎兎だけでなく、子供達にも年上相手でも気兼ねなく接することができる馴染みやすさがあった。


 しかし、そんな楽しき一時は突然、終わる。


 ポン! と少し強めに上がりあらぬ方向へと飛んでいくボール。子供三人の一人、慧太という名前の少年が上げたボールだ。それを貰うはずであろう拓弥という名の少年が「どこ狙ってんだよ!」と文句を言い「ご、ごめん」と謝罪の言葉がかかる。


 ボールを拾いに行こうと駆け出した二人だったが、その足はすぐに止まった。


 二人だけではない、巳虎兎もなごみも、茉実という少女もそれを見て一瞬固まった。


 五人の視線が集まった先にいたのは、異常の姿をした存在、全身を縛り付けた鎖の怪物。胸元に割れたハートが特徴的だった。


 いきなり現れた鎖の怪物は身体に巻き付かれた鎖を一本解き放ち、宙から落ちてバウンドするボールをピュン! と一閃が奔りボールは裂かれる。


 パッシャー! とボールの割れ、空気があふれ出る音と共に止まっていたかのような刹那な時間が動き出し、四人の驚きの声が響いた。


「「「「う、うわああああ!!(キャアァァーーー!!)」」」」


 ―――な、何アレ!? ―――知らねえよ、怪物だ! ―――キャアァァーーー!!


 三人の子供達は怪物の存在に一気に気が動転。


 怪物の近くにいた拓弥と慧太の二人はすぐに怪物から離れようとする。が、恐怖のあまり慧太は腰を抜かして地に尻を着かせてしまった。あたふたと暴れ、逃げていた拓弥が慌てて戻り、慧太を無理矢理立たせようとするも身体は正直。こちらも思うように力が発揮できずにいた。


 巳虎兎もそれは同じ思いだった。突如現れた怪物に恐怖で身体が強張り動けず、状況に思考が追いついていかずにフリーズした状態。


 そしてなごみはというと。


「あら、あなたも一緒に遊びたいの?」


 一人だけ能天気に怪物の存在はあっさりと受け入れていた。


「でもあなたのパスでボールが割れちゃったわけね。力加減間違えちゃったのね。難しいわよね。あたしも最初は難しかったもの。それにしてもボールを割るって凄い力ね! あたしでも無理だわ」


 無邪気に鎖の怪物の力強さに称賛を送っていた。怖いって感情はないのか、と巳虎兎は変わらない態度のなごみの様子に驚き、思考が回復する。


 危ないよ、なごみちゃん! と声をかけようとするが、同じことを思ったのか、先に勇気を出した拓弥が叫んだ。


「バカ! ねーちゃん、そいつはどう見たって一緒に遊びたいってタイプじゃあねえだろ!」


「え、なんで? あたしたちと一緒に遊びたいからでてきたんじゃあないの?」


 拓弥の一言に首を傾げるなごみ。本気で鎖の怪物が一緒に遊びたいと思っている様子。その証拠に「名前はなんて言うの」などと、名前まで訊ねてしまっている。


 だが、なんら変わらないなごみの様子を見た巳虎兎たちは、もしや本当に怪物は見た目の怖さとは裏腹に自分達と遊びたいのか、絵本のようなことがあるのか? 半信半疑で二人の様子を疑う。


 怪物の方もまさか受け入れてくれるとは予想外だったのか、困惑している。


「ねえ、あなたの名前を教えて」


 優しく声色で語りかけながらなごみは手を差し伸べる。差し伸ばされた手をじっと見つめる怪物は、なごみの意図が何なのか思案している。


 やがて結論がまとまったのか、なごみの気持ちに応えるかのように、ゆっくり、恐る恐るといった具合に手を出す。ジャリン、と鉄と鉄がぶつかる金属音が響く。


 そのまま伸ばされた手と手は、握り交わすことはなく、怪物の手に縛られた鎖が三本伸びてはそのまま勢い良く薙ぎ払いが繰り出される。


 ピュン!! と金属が風を斬り裂く鋭い音が響く。


 ボールを裂いたのと同じ攻撃、しかも今度は三本。喰らえば、身体が四つに斬り裂かれることは目に見えていた。


 けれど、なごみは反射的に身体が動き、バク宙でその攻撃を回避する。


『何!?』


 攻撃を避けたことに今まで沈黙していた怪物が驚きの声を上げる。


「お、っと……。何それ!? 凄いわ! どうやったの? もしかしてそれがなわとびなの? あたし初めてやった!」


「バカ! 縄跳びはそんな危ないヤツじゃねえって!」


「やっぱり悪い奴だよ! 逃げようよ、食べられちゃうよ!」


「なごみちゃん! やっぱりソイツ危ないよ! 逃げようよ!!」


 目を輝かせながら的外れのことを言うなごみに三人の子供達はそれぞれ危険だと声を上げる。三人の反応を見て少し考えるようにして、なごみは気づいたように言う。


「あ、鬼ごっこ?」


「「「違う!!!」」」


 あくまでもマイペースに皆で遊ぶことを考えている緊張感がないなごみに突っ込む三人。


 巳虎兎も三人と同じ気持ちだったが、四人のように怪物に対して無邪気にいられたり、それに対して突っ込みを入れたりとそんな余裕はなかった。


 この中では最年長ともあり一番大人びていたが、だからこそこんな危機的で奇異な状況に対して冷静さが失っていた。いや、理性が抑制し過ぎているために動けないが正確か。反対に子供達は本能のままに動けるため、なるがまま、反射的に動いて叫んだりしている。


 なごみに関してはどちらでもないが。


 どうしようどうしよう、と迷っていた思考だったが動いた状況によって、慌ててすぐさま叫んだ!


「な、なごみちゃ、なごみちゃん!! 逃げて!!」


 ブゥン、ブゥン、ブゥン!!!


 鋭く空斬る音。再び複数の鎖がなごみへと襲い掛かってくる。今度はより多く、そして速い攻撃。まるであちらこちらへと振り回す突風のような攻撃。


 だが、野生動物並みの身軽さと直感力でなごみはその鎖の突風を悉く回避してみせた。


 右からくれば飛び、後ろからくれば回り、左からくれば下がり、前からくれば逸らし、上からくれば流す。


 悪戯な風の精と戯れて踊っているかのような優雅な足運びに目を奪われる。


「す、凄い……!」


 あまりの巧みな体捌きに、素直な関心の一言を漏らした。巳虎兎だけではない、子供達も同じく口々に凄い、と一言を漏らしてなごみの姿を魅入っていた。


 一人、鎖の怪物だけが攻撃が当たらないことに苛立ちを募らせていた。


 何故、この少女はこんなにも容易く躱すことができるんだ、と驚きと焦り、そして怒りが滞り彼の心の余裕がなくなる。


「う~ん、楽しいけど、これ、当たれば凄く痛いわよね。これじゃあたくやたちもこの遊びには混ざられないわね」


 一方で鎖の怪物の猛攻を、あくまでもボール当ての延長で『鎖当て』や、あるいは縄跳びか何かの遊びだと思い込んでいるなごみも悩んでいた。自分一人は躱すことは造作もないが、けれどこれでは他の子たちは怪我してしまう、と。


「すごいよ! なごみお姉ちゃん! そのままやっつけちゃえ!!」


 慧太がなごみの方が優勢と見たのか、そんな声を上げる。子供らしい反応だった。彼の目にはなごみがテレビのヒーローのように悪役を圧倒しているように見えているのだろう。しかし状況は別になごみの方が有利という訳ではない。


 向かってくる攻撃を回避しているだけで、悪役を倒すときのように攻撃に転じているわけではなかった。


「……やっつけていいの?」


 慧太の一言を耳にして、なごみは疑問を漏らす。なごみに本人にとっては何気ない疑問だったが、だけど人によってはこうも解することができた。


 倒すことは造作もない、と。


 そしてこの中で一番その解釈ができ、一番頭にくるものは、その一言が鎖の怪物―――弐代綱光の怒りに火をつけた。


『おおおおおお!!!! うるさい!!』


「う、うわあ!?」


「け、慧太!! おわ!?」


 鎖の狙いがなごみから慧太へと変わった。向かってくる鎖に慧太にはなすすべはなく捕まってしまう。近くにいた拓弥は慧太を助けようとして手を伸ばすが別の鎖によって同じく捕まってしまった。


 放せ放せ、と二人は鎖から逃れようとジタバタ暴れて抵抗するが、残念ながら子供の非力な力では引き離すことはできない。例え、大人の力だったとしても難しかっただろう。


「おろしてよ! 怖いよ! たく君、お姉ちゃん! お母さん助けて!!」


「放せよバケモン! コラ!」


『うるさい! 喋るな! 黙れよ! それ(・・)を言うな! あ~~、イラつくんだよ!! お前たちのことが……煩わしいんだあ!!!』


 子供の言葉が癪に触り、苛立った声色のまま身体に巻き付かせた鎖をまるで駒を振るうような要領で投げ飛ばす。二人は悲鳴を上げ、それを見ていた茉実も二人の名前を叫ぶ。地面への激突は避けられない。


 ダ、とコンクリートの地面を蹴り出した音が一拍。同時に一筋の風が吹く。なごみだ。


 なごみが地面に激突しようとする二人を助けへと駆ける。投げ飛ばされた衝撃をできるだけ最小限に抑えた状態で受け止めようとしたが、けれど無理だった。結果的に二人に巻き込まれるような形で直撃した。


「な、なごみちゃん!」


「拓弥! 慧太!」


 二人の少女が三人の安否が駆け寄ろうとする。


『黙れ、動くな! 次はお前たちだ!』


 しかし、怪物はそれを許さない。二人の前に立ちふさがり、ジャララと全身から複数の鎖が飛び出てはまるでメデューサの髪の蛇のような在り方だった。二人は恐怖に身を寄せ合う。


 茉実は巳虎兎の影に隠れて、お、おねえちゃん、と震えた声で巳虎兎を呼ぶ。誰かに縋りたいのは自分だって同じだとそんなことを思ったが、怯えている少女にそんなことは言えない。自分よりも年下の少女が頼れるのは巳虎兎しかいない。


 巳虎兎は今にも逃げ出したい衝動を抑えつけて、茉実の背中へと手を伸ばしできるだけ明るい声で「大丈夫だから」と怯える彼女を勇気づける。


 けれど、気の弱い巳虎兎は恐怖を完全に隠し切れず、震える足は少しずつ後退りしていた。


(に、逃げなきゃ!)


 内心では今すぐ茉実の手を引いて怪物から逃げ出したい、との思いで一杯だったが現実では足は少しずつ下がっていくだけで怪物との距離は全く引き離されていない。


 恐怖で足が思うように動かない、ということもあるが、同時に巳虎兎は倒れている三人のことが気がかりで思いっ切りの行動に踏み込めないでいた。


(なごみちゃん! ……三人は無事なの? 全然起き上がらないけど、死んでいないよね? 生きているよね? 大丈夫なら早く病院に! 救急車を呼ばなくちゃあ。あ、それなら警察にも連絡をしないと……!)


 心配と不安でごちゃごちゃとした思考の中でようやく警察に連絡、という救援を求めるという当たり前の考えに至った時だ、鎖の怪物の複数の鎖が二人を襲ってきたのは。


 向かってくる鎖が目に入り、反射的に茉実は庇うようにして身を屈めるが、横薙ぎの一撃がまともに喰らい、二人して吹っ飛ぶ。


 鎖の強力な一撃は茉実に当たらず庇った巳虎兎が受け持った。素早い鉄の攻撃はそれだけで、腫らし、裂き、抉る、えげつない威力。それをまともに喰らった上、受け身を取らず地面に叩きつけられた巳虎兎の身体には大変なダメージを及ぶ。


「ぅぅぅううう~~~、、、わ、わ、ああああぁぁぁ~~~!!!」


 泣き声というよりも悲鳴に近いもの。必死に耐えて口に出さないように努めようとしたが、想像以上の激痛に我慢などできず悲痛な叫びが押し出る。


 痛みが奔る胴体部分に手を当てる。服の上から、熱く、赤いものがじわじわと溢れ出ていた。


「痛い、痛いよ! う、うわああああああ~~~~!!!」

 血を見た途端に冷静さを失い、一気にパニックに陥った。痛みに伴い、血が出るほどの怪我を負ったのは一体何時以来だろうか。いや、ここまで傷を負うなんて巳虎兎にとっては生まれて初めてかもしれなかった。


 胸元からも、うぅ、と唸り声が聞こえてきた。茉実だった。守っていたつもりだったがやはり庇いきれず地面に叩きつけた時の衝撃で頭でも打ったのか気を失っていた。


「! そ、そんな! だ、駄目だよ? お願い! 起きて、死んじゃあ駄目! 目を覚まして!!」


 けれど、巳虎兎にとっては茉実の様子に不安を煽られた。気絶した茉実を死んだと思い込んだのだ。死んだ人間が唸り声など起きるはずもないことは分かっているが、現状の命の危機や自身の怪我の具合などの劣悪な状況によって気が動転している。


 何とか茉実を起こそうと体を揺さぶってみるが、茉実が目を覚ますことはない。


 それが巳虎兎の不安がますます煽られて叫ぶ。


 倒れていく子供達は目を覚まさない。自分ではどうすればいいのか分からない、といっぱいいっぱいの心中は耐えられずパニック心だけが荒ぶる。


 地獄は終わらない。そこへさらにとどめを刺すかのような存在が接近していた。


 ブゥン、ブゥン、ブゥン! 空を切る重音が耳に入り、恐る恐るといった調子でゆっくりと顔を上げる。視線の先にいたのは全身を鎖で巻きつかれた怪物が、右手で雑に鎖を振り回していた。


 近づいてくる怪物は死を連想させる存在。


「た、助けてください」


 恐怖のあまり喉に何か詰まったかのような言葉を発しながらも命乞いを懇願する。


 怪物は歩みを止めない。


「…………い、……やだ! こ、来ないで……助けて!!」


 目尻に溜まって零れ落ちる涙と共に、せり上がり絞り出してできてきた声は、震え上がった言葉は、小さき願いは、拒絶の言葉だった。


 怪物の耳には届かない。確実にこちらへと近づいてくる。


 巳虎兎は自身の心に黒いものが縛りつけられていくのを感じた。それは今まで感じていた恐怖とは別種のもの。もっと恐ろしく、もっと深い、背筋が凍るような感覚と何もかもが無駄だと思ってしまうほどの絶望感。


 巳虎兎は己の死を連想していた。


「来ないで、お願い、来ないで!」 そう、弱弱しく怯えきった震えた声で怪物の接近を嫌がるが、怪物は止まらない。巳虎兎の目には命を刈り取る死神のように見えた。


 そして、鎖の怪物と巳虎兎の距離が十分なものになる。手に持って弄ぶようにして回輪していた鎖を一旦制止させ、構えなおす。次の一撃で屠るつもりだ。


 その意図に察することができた。


 ただ言葉で拒絶するのではなく、逃げようと自ら動かなければ助からないということ理解した。が、その行動に移すことはできない。足が、身体が、動かない。


 死がそこに迫ってきていると思えば思うほど。


「お願い、……誰か、…………誰か助けて!」


 涙を零し、もう駄目だ、と思いながらも最後に救いを願い、目を瞑った。


 その時だった。


「ああ~~~~!!!」


 絶叫が轟いた。


 怪物の手は途端に止まるが、振りかざした鎖は止まらない。鎖はブゥン、と空を切る音がなるがそれが巳虎兎に当たることはなかった。中途半端な動作が災いし、軌道がズレたのだ。


 声が発せられた場所へと振り返る。巳虎兎も怪物と同じくそちらへと視線がいく。視線の先にいたのは倒れていた三人の子供の姿。その中の一人が動いた。


 倒れていた態勢のまま両足を上げては、バッ、と勢いをつけて起き上がってきたのは、真っ白な少女ことなごみだった。


 立ち上がったなごみは鎖の怪物と目と目が合い、指をさしながら得意げな顔で言い放った。


「分かったわ! あなたは……悪い人なのね!」


『はあ?』


 本当に今更ながらの事を得意げに言ってくる。まるでミステリードラマで犯人が判明したのに後から「この人が犯人だ!」と数分前の出来事を見ていなかった、と突っ込まれる子供そのもの。鎖の怪物が呆れるのも当然。


 巳虎兎も同じ思いだった。


(こんな状況で何を言い出しているの、なごみちゃん!)


 だが、二人の心象など知る由もなくなごみは怪物へと言葉を続ける。


「駄目よ、人を傷つけたり、怖がせるようなことしたら。あなた、友達が出来ないわよ」


 なごみが放った言葉はまたしてもあまりにも幼稚過ぎるものだった。大人が小さな子供に言い聞かせる時に使うもの。


 だが、弐代綱光の心に響いた。


『いらねえよ! 友達なんて!! そんなもん…………オレには!!!』


 激昂した鎖の怪物はなごみ目掛けて強烈な鎖の一撃を放つ。


 曲を描いた、連鎖されたしなる鉄の攻撃。当たれば、腫らし、裂き、抉る、そんな一撃。その上その一撃は今日最高速の一撃とも言っていいほどの速度で繰り出される。


 だが、それよりも素早くなごみの手は動いた。自身の首輪へと鍵らしきものを差し込むと、カチャ、と起動音のような音が奏でては、首輪が表面の一部が開かれる。そのままカチカチ、と手で弄り回す、―――首輪の三つの数字のナンバーを切り替えたのだ。


 充てられた数字のナンバーは『七・五・三』。


 すると、なごみの首元から血管が浮かび上がる、同時に全身にかけて何らかの術式のような幾何学模様が身体に現れる。明らかに異常な状態。けれどなごみは身体の変化に何の苦しみを感じた様子などなく、首輪に差し込んだ鍵らしきものを引っ張る。


 瞬間、眩い光が放たれ時計の幻影がなごみのバックに出現する。すると時間が早まったような、戻ったような、あるいは止まったような錯覚がなごみを中心とした周囲に陥る。そしてなごみの身体に変化が訪れた。


 ヒュー、と風を切る一閃、鎖の怪物が放った強力な鎖の一撃。それを元はなごみだった存在は弾き飛ばす。


『なっ!?』


 驚きの一声は弾かれたことに対してのものではない。変貌したなごみの姿に対してのものだった。


 現した姿は笑顔の眩しい真っ白な肌と髪の少女だった外見とは異なったもの。真っ白さだけはそのまま残し、元は百四十程だった身長は百七十程の身長へと成長を遂げており、成長過程において発展途上であろう胸もそれなりに身体に釣り合った豊かなものへと。と言えば子供から大人へと大きく成長したもの言えるかもしれないがそうではない。


 その外見は一言で言えば拘束された天使。


 肌のなのか服なのか一見したら判断のつかない白い外套、何やら描き込まれている水色のベルトは身体のあちらこちらを縛り付けられており、顔を覆い隠すマスクから覗かせる水色の大きな瞳。


 全身を拘束着で包まれたような格好であり、罪人のような姿だった。


 だが、罪人の一言で済ませるにはあまりにも神々しいもの感じさせる、純白さがあった。まるで悪人というよりかは、神秘的な天使。存在から放たれるあまりにも眩しき、光々しい輝きを抑えつけるための纏っている、拘束着と思わせるものであった。


 巳虎兎は二重の意味で目を奪われて言葉を失った。なごみの姿が突如として変貌したこと対して驚きと、目の前にいる純白な拘束着の罪人の美しさに対して羨望で。


「……なごみ、ちゃん?」


 漏れた言葉は本人に対して訊ねているというよりも、自身に対して確認するような一言だった。彼女は本当にあの真っ白な笑顔を振る撒いていた少女なのだろうか。


 戸惑いは巳虎兎だけではなく、鎖の怪物も同じことだった。


『お前……その姿! お前も劣等者なのか! お前もアイツからされたのか!?』


 鎖の怪物の頭の中に思い浮かべる、自分にこの力を与えてくれた、あの帽子の男。


「? あいつ? あなたが言っていることはよく分からないけど、あたしはなごみ。あなたの名前は?」


 対してなごみは鎖の怪物の質問の意図が分からず、とりあえず自分の名前を名乗り、そして相手の名前も訊ねてくる。


 見た目が変化しても中身はあまり変わっていない様子。


『そんなこと聞いてんじゃあねえ!』


 ジャラ、と鎖をもう一度鞭を振り回すようにして攻撃を仕掛ける。曲を描いた軌道線が不明な攻撃。普通の人間ならば翻弄されて一撃を受けてしまうものだが、なごみの反射神経と身体能力の高さなら躱せないものではなかった。


 けれど、今回のなごみは避けずことはせず右手で鎖を受け止めた。


『なんだと!?』


 あっさりと受け止められたことに驚愕する。これまで避けられていたこと自体は驚きよりも当たらないことに苛立ちを覚えていたが、だけど今度は明白に受け止めたのだ。怒りを込めた確かな一撃を。


 動揺で怪物の動きが止まる。そこを狙うという訳ではなかったが、結果的にそれに合わせてなごみが動く。


「聞いているのはあたしのほ、う、よ!」


 区切りをつけて言い放ち、それに合わせて掴んだ鎖を両手で握り締め、綱引きの要領で力一杯に引っ張る。当然鎖を握っていた怪物は引き寄せられる。数メートルあった二人の距離はあっさりと縮まり、近づいた怪物の胴体へとなごみは拳を一発叩きこむ。


 全身を鎖で巻き付かれた硬い身体。けれど攻撃は通じたようで呻きながら後ずさる。


「たくやの分」


 ぽっつりと一言零し、なんだ? と殴られて痛む片手で腹を抑えながら正面むく。


「『人に暴力を振るう奴は自分が痛い思いをしたことない奴か、痛い思いを忘れている奴のどっちかだ』だって。『そんな奴には殴って教えるか、殴って思い出せるか』っていつかが言っていたわ。だから、あなたが傷つけたたくみの分とけいたの分、まみの分、みことの分、四人分殴るわ」


 拳を握り締めながら宣言され、怪物は顔を歪める。


 怪物化によって肉体が本来の人間の時よりも何倍も身体能力が向上しているが、元はがり勉中学生、精々体育くらいでしか運動をしたことないくらいのモヤシっ子ぷり。戦いどころか、元は運動も不得手の人間。


 そして初めて受けた攻撃の衝撃はかなり効いていた。


 これが痛いってことなのか。今までずっと味わってきた心の痛みなんかよりも、もっとハッキリしていて、苦しくて、我慢が効かないもの。その事実を身を持って実感する。


 だが、心の痛みの方が堪えられない。


 うおおお! と殴り掛かる鎖の怪物。怒りの感情に身を任せての直情的な行動。鎖の使ってもなごみには通用しない、とやけになっての殴り、蹴りを繰り出す。


 当たれば確実な威力のあるのは確かだった。けれど、やはり強化された肉体とはいえ、元は運動をあまり得意とはしえない者の行動。あっさりとなごみに攻撃は捌かれる。


「けいたの分!」


 攻撃を躱しカウンター気味のパンチを繰り出す。命中し、呻き声を上げて鎖の怪物は一歩後ろへ下がるも、痛みに堪えながら力を振り絞ってもう一度立ち向かう。


「まみの分!」


 すぐさま返り撃ちに合い今度はダウンする。


『ちくしょー! なんなんだ、なんなんだ!? なんだんだお前は!!』


 自分の攻撃が全く通じずないことに憤り、悔しさの怒高を吼える。


 自分は強くなったのではないのか? 怪物の姿になって、力を手に入れたはずの自分。もう何者にも命令されず、誰からも進むべき道を定められず、これからは己のやりたいように自由を謳歌するはずではなかったのか?


 違う、と強く否定する。


 勝てないのは、母親が自分の自由を縛ってきたから、母親が自分の時間を奪わなければもっと身体が動いていたはずだ。でなければ元は年下の少女に自分が負けるはずがない。そんな自尊心が綱光の心を支配する。


 全ては母が悪い!


 劣等心が募る。


『縛るな、縛るな、縛るなよ!! 俺を縛るなら、お前の自由はもうない!』


 頭の中に浮かんだイメージを吹き飛ばすかのような叫びを上げると、身体に纏っていた鎖が大量に飛び出てきては一斉になごみへと襲い掛かる。


「うわあ!? とっと、と! あ痛っ!」


 これまでに比べられない量の鎖になごみも驚き、躱そうとするが一歩遅れてしまう。しれに流石に数の多さもあって避けきれずに幾つも受けてしまう。


 鎖の乱れ打ちに喰らってバランスを崩すなごみに狙いをすませて、休む暇など与えないといわんばかりに綱光は畳かけてくる。


 優勢だったはずが一気になごみの劣勢へと変わる。これまで一度、二度単発だった攻撃が複数……量で押してくるものへと変わり、軌道も前からだけでなく、横から斜めから後ろ、視界外などいったあらゆる方向から狙って仕向けてくる。


 捌くので手一杯、しかし、ピンチに陥ってもなごみはどこか楽しんでいるような様子。


 首輪のナンバーを切り替える。ナンバーは『三・三・三』


 瞬間、両腕の部分の拘束が解かれ両手からそれぞれ水晶のような輝きを魅せるまるで時計の針をイメージさせる大小の剣が出現する。右手に紫色に輝く大剣、左に空色の輝く小剣。


 両手の剣を振るい、襲い掛かってくる鎖を斬り払う。


『な、なんだそれは!?』


 拘束されたような外見で、武器一つ持ち合わせていなかった無手のなごみに突如と武器が出現。そして、自身の武器である鎖も容易く切り離されることに唖然とする。


 怪物の動揺とシンクロして鎖の動きが鈍くなる。つかさずなごみは二刀流で邪魔な鎖を蹴散らして、鎖の怪物までの一直線のルートを確保する。


 なごみは再び首輪のナンバーを切り替える。ナンバーは『五・六・四』


 瞬間、腕の拘束が戻り剣が消え去る。と同時に右足の拘束が解かれる。


 眩い黄色に光り輝く右足。不運に穢れた闇を消し去るほどの輝きを放った黄色の右足。


「最後がみことの分、ちゃんと反省してね」


 地面を蹴り出し、加速させていく。ぐんぐんと速度に乗っていき射程圏の位置まで到達すればそのまま鎖の怪物目掛けて飛び蹴り(キック)を繰り出した。


『うわあああ~~~!!!』


 自身の自慢である鎖を斬り裂かれ、優勢だったのをあっさり覆された綱光のショックは大きく、シロノスの必殺の一撃に対して避けるといった行動ができず、反射的な構えでとった防御の姿勢とも言えない中途半端な体制で情けない声を上げる。


 シロノスは止まらない。必殺の蹴り綱光に迫る。


 決まれば完全に勝負がつく、その一撃。避ける動作を取らない綱光に当たるのは当然。


 これで戦いは終わった。



「おいおい、なってねえな」



 そう、外野から邪魔される形で。


「あれ、逃げたの?」


 必殺の一撃の手応え自体はあった。だが、怪物がいた位置を確認するともう既に怪物の姿はなかった。もちろん必殺の蹴りで粉々になった訳でない。


 鎖の怪物に蹴りが直撃する瞬間、何らかの黒い影が奔ったのをなごみの目は捉えていた。それが鎖の怪物の庇い、何らかの手を使って逃がしたのだ


「誰かしら? かいぶつさんの友達?」


 首を傾げて少し考えたが、「ま、いいか」と首輪に差し込まれた鍵を取り出すと拘束された天使の姿から元の人間の姿、真っ白な少女の存在へと戻る。


「ねえ、大丈夫?」


 元の姿に戻ったなごみが振り返った先に訊ねた。そこには目の前の現実に置いて行かれて、ただ呆然とする巳虎兎がいた。


 何が起こったのか分からない。今あったのは本当に現実の事なんだろうか。


 呆気を取られて、なごみの言葉が自分に訊ねられているとは最初分からなかった。もう一度なごみから、みこと大丈夫なの、と言われ、ハッとしようやく自分へと向けられている言葉だと理解した。


「……なごみ、ちゃん……だよね?」


 不安そうな声で最初に口から出てきたのは問いかけるによる質疑応答ではなく、確認。本当はもっと他に言うべき事があったはずだった。だけど、聞きたいことが溢れるように出てきて混乱した思考が落ち着いていない。


 それでも何か言わなければ、との思いはあった。が何を聞けばいいのか分からない。


 言葉がまとまらない。気持ちばかり焦っていた。鎖の怪物と対面した時とは別種の不安と恐怖で巳虎兎の胸を締め付けられるような感覚が襲われる。グルグルとした気分の中からようやく絞り出てきた言葉がそれだった。


 巳虎兎の一言に不思議そうに首を傾げる、返答してくれた。


「? そうよ、私はなごみ」


 頷いて答えてくれたその時の笑顔は真っ白なほどに綺麗だった。


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