フィクション・ゾンビ
創作物としてゾンビと言う存在は最早誰もが知っている……認知されているフィクションとして描かれている時代。
化学兵器の恐ろしさと超化学的なファンタジーの存在は、とある映画とゲームによって全世界に知られた。
誰もが知っているからこそ、恐怖する。
誰もが科学を信仰するゆえに、この存在は信じられた。
だから……だからなのだろう。
それは――現れた。
「おぉオオオオッおお?!!」
「きゃああああああああああああああ!!」
白く血の気の無い肌と乾いた血を見せる爪とその歯。
滴る血液は他人を害した証で今まさに女性に襲い掛かる人は人でありながら理性を失っていた。
裂けた服は血にまみれ泥にまみれ。
醜い動きと垂らす涎は人を食らおうと食欲に呑まれた証で。
「ゾンビだ!!」
通行人の一人が叫んだ。
いつもの通学路……または通勤路での出来事であった。
ありきたりで古典的な物語の――絶望の始まりだ。
さてさて、こう言ったパニックホラーで語られる真実――原因と言うのは大体が大企業や国がその研究に関わり細菌をバラまいたと言うものだ。
かく言うさっきのゾンビも遠からず同じ理由……つまり研究によって生み出された物だ。
ただしそこには国の思惑も大企業による狂気的な研究も無く、しがない……小さな研究所で起こった事件だった。
白衣を着た……一人の博士が隔離された小さな研究室で呟いた。
「ああ、困ったぞ! 大変……困った……」
テレビ画面が光り世界規模でこのパニックは放送されていた。
各国は対策とその原因追及に精を出している。
そして注目されるのが、やはりワクチンづくりなのだが。
報道番組が現状を解説する。
『未だワクチンの開発に至っておりません』
『大国の合同研究が発表されて一カ月が経ちましたが……未だワクチンの開発の目途が立っていなく……』
ザザっとチャンネルが変わる。
専門家を交えた異なる番組。
『細菌研究第一人者の大田原さん……。つまり結論を言うと?』
『現代の科学ではこのような細菌を作ることなど不可能。宇宙から来た、もしくは突然変異によって生み出されたと考えられますが……』
ザザっとチャンネルが変わる。
違う番組で今度は胡散臭いスーツを着た……顔出しNGを訴える男。
『ワクチンは存在することには存在するのでしょう』
『と言うと?』
『どんな危険な兵器にもセーフティが付いているものです。計画した誰かの為にワクチンと言うのは作られて必然。そうでなくとも、私にはこの騒動に裏があるように思えます』
飛躍して語られるのは人類の選別、もしくはカルト集団によって引き起こされた邪悪によるため……神が与えた試練だと言うものも現れる。
転で的外れ、真実を知る博士は次のチャンネルへと変え――。
『これは信仰によってもたらされた物だ』
『信仰? それは一体何に対してでしょうか?』
『狂信的な科学者が想像し、不可能を可能だと信じたゆえに起きた事件だ。科学の根本とは数式でも科学的な変化でもなく――人が持つ無限の想像力なのだから』
それからゲストの男は科学の根本を語った。
人が空を飛びたいと想像したから空を飛べるようになったのだと。
宇宙に行きたいと誰もが想像したからこそロケットが出来たのだと。
誰もが想像したからこそ、不可能は可能になるのだと。
『想像力こそが科学の発展につながる。SFは存在しうる可能性を示した物語だ』
プツリとテレビ画面が消え、博士は再び研究室に戻った。
チカチカと点滅する非常灯とその下に照らされる書類は〈プラシーボ効果の限界〉についてであった。
机の上に置かれたそれを博士は見る。
「願わくば……彼の言葉が全世界の人間に届きますよう。そして、過ぎた想像に踊らされぬよう」
激しい思い込みによって起こったこの事件は博士の悪戯、暗示作用が悪さをして起きたのだ。
偽薬であり、ゾンビ効果など存在しない薬は確かに――人の思い込み、想像によって具現化されるのであった。
他に書いた”作者の凶器”もお勧めです。
この作品よりも短いですが、オチは保証します。
起承転結の単リズムの作品ですけど……うーん、私的には自信のある一作です。